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安倍首相と「ぼくいち」世代 あなたが未来を託せるのは

木村正人在英国際ジャーナリスト

安倍晋三首相は6日の衆院予算委員会で、朝日新聞が慰安婦報道の一部を取り消した問題について「日韓関係に大きな影響や打撃を与えた。国際社会における日本人の名誉を著しく傷つけたことは事実だ」と述べた。

そのうえで「誤報を認めたのだから、記事によって傷つけられた日本の名誉を回復するためにも努力していただきたい。このやりとりが朝日新聞で報道されるかどうかが注目される」と強調してみせた。

3日の衆院予算委でも、安倍首相は「誤報で多くの人々が傷つき、悲しみ、苦しみ、怒りを覚えたのは事実だ。日本のイメージは大きく傷ついた」との見解を示している。

「これまで以上に戦略的な対外発信を強化していかなければならない」とも語ったが、いったい何を戦略的に対外発信していくというのだろう。安倍首相と国家観を共有する稲田朋美政調会長は産経新聞のインタビューに次のように語っている。

「朝日新聞は自社の報道がもたらした結果なのだから、謝罪するだけでなく、必死になって名誉回復の措置をとるべきだ。われわれも与野党関係なく、言論人も経済人もみんなで国民運動として動かないと、いったん地に落ちた名誉を回復するのは難しい」

安倍首相は慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官談話について継承する考えを示しているが、稲田政調会長がいう「国民運動」と戦略的な対外発信をリンクさせるとなると日本外交にとって取り返しのつかないことになる。

一国の最高指導者が国会という国権の最高機関で、日本の歴史に何があったかではなく、朝鮮半島下における従軍慰安婦の強制連行を証言した吉田清治氏のウソと、「慰安婦」と「挺身隊(ていしんたい)」の混同に焦点を当て、「誤報」を繰り返した朝日新聞という一報道機関を徹底的に指弾し続けるさまは、どう見ても異常である。

こうした安倍首相の一言一句は在京大使館経由でそれぞれ本国の外務省の日本デスクに打電されている。「結局、安倍首相は日本の構造改革より戦前の軍国日本の正当化にご執心だ」「万一、日本と中国の間で突発的な軍事衝突が起きても、慎重に立場を決めなければ」という意見に傾いていることを筆者は強く憂慮する。

米国も欧州も中国など新興国の台頭に突き上げられ、それぞれの民主主義、経済と財政、社会保障のシステムを徹底的に検証し、建て直している。民主主義のない中国の国家資本主義は共産主義の装いをした「帝国」のシステムである。自由主義と民主主義に負けは許されない。ロンドンでの国際議論に耳を傾けていると、そんな真剣さがひしひしと伝わってくる。

これに対して、日本の政治もメディアも進化することをあきらめ、退化しているように思える。国内総生産(GDP)の245%もの政府債務を抱えて、未来を考える知力を失い、変えようのない過去ばかりを掘り返している。そして同じ罵りの言葉を何千回、何万回と繰り返し、そこに未来の可能性を埋めてしまうのだ。

ドキュメンタリー映画「希望を求めてFile.1『僕らの』世代の政治と学校 学生NPO『ぼくいち』と高校生たち」(Ours製作)の大学1年生監督、松本祐輝さんに質問してみて、安倍首相と松本さんのいったい、どちらが日本とアジアの未来を考えているのか、と自問せざるを得なかった。

慶応大学2年生、青木大和さん(20)が立ち上げた高校生の団体「僕らの一歩が日本を変える。(ぼくいち)」。松本さんの制作したドキュメンタリー映画は青木さんを中心に政治参加に目覚めていく若者たちの姿を丹念に追いかけている。

――まず、「ぼくいち」のドキュメンタリー映画についておうかがいできますか

松本さん「学生運動も遠い昔となり、政治について高校生が語る機会が少なくなった現在、ぼくいちと青木さんは政治的中立を掲げつつ政治を語るという新たな高校生の政治運動の形を牽引してきました」

「青木さんは若者世代の政治のオピニオンリーダーと見られることが増えるとともに、彼らの活動は国会議員や大手メディアも巻き込みながら有名になってきています」

「そんな日本の学生運動ですが、そこに携わる高校生たちの多くは所属する学校に対して、過ごしにくさを感じています」

「彼らが過ごしにくさを感じているのは、政治について気軽に話せない、ボランティアや学生運動みたいな部活でも勉強でもない活動をしていると肩身が狭いという学校の空気です」

「その空気は突き詰めれば高校のみならず、日本全体に広がっているものと同じです。ぼくいちに集まる高校生たちはそれぞれ空気との葛藤を続けています」

「今回の映画はそんな2010年代の高校生の学生運動と政治の関わりについて取り上げたおそらく日本最初のドキュメンタリー映画です」

「2010年代という時代を反映しながら、国会といった政治のみならず教育現場にも確実に影響を与えつつある高校生たち自身の活動について是非知っていただければと思います」

――香港の民主化デモについてどう思いますか

「香港のデモは個人的にも大きな関心事でした。日中関係に関することでは、香港でのデモで、改めて中国は一枚岩の国ではないということを感じたことがあります」

「自分が中国を勉強する、あるいは中国と関わると言ったとき、その視点は北京へ向きがちです。今回、広東語という北京とは大きく違う言葉を話しながら自由主義のために戦う香港という土地を再認識することとなりました」

「ですがそれ以上に関心を持ったのはこの運動が自分たちと同世代の学生によって行われているということです。自由に向かって、整然と立ち上がる彼らの勢いは、自分が追っていた日本の学生運動や原発デモとは一線を画するものです」

「彼らの戦っている自由への圧力という問題に関して、日本の学生に対して、なぜ日本の自由を奪う中国に対して立ち上がらないのかという批判をしてくる人や、あるいは、なぜ市民の自由を奪いつつある日本政府に対して立ち上がらないのかと言ってくる人がいるかもしれません」

「確かにその視点は、特に後者の意見は必ずしも間違ったものではないかもしれません。ですが日本の抱えている問題はその相反する二つの問題を抱えていることにあると思います」

「どちらかだけを正しいと考えては動けない。さらに(日本は)国としての勢いの減速もある。結局どのような立場を取ったらいいのかが分からない、という人が多いのではないかと思います」

「そして日本の学生もまた空気という自分たちの自由を奪っているものへの抵抗をしているという点では香港と同じと言えるかもしれません」

「それでも日本の社会は(香港の)民主主義への熱意を見習うべきだとも思います。今の香港において、日本では空気が自由に圧力をかけているという言葉は通用しないと思うからです」

「少なくとも今の香港では空気の問題など、とうに超えてデモが起きています。また、自分の実感では、その相手となっている中国でも政治への関心は高いです。政治に限らず、やはり日本は既存の空気を自分たちの手で変えられるとは考えずに甘えているなと感じます」

――松本さんは日中間の学生交流にも関わられているそうですね

「自分は今年9月に中日友好協会が主催した日中友好学生訪中団の学生代表として訪中してきました。中国政府の招待という公式の場面で代表という立場を務められたことは、自分にとってとても意義深いことでした」

「また帰国後、日本の学生主体の交流の場や、東京北京フォーラムといったイベントを取材していく中でその中で新たに感じたこともありました」

「まず、中国の学生は、外交、政治面に対して日本への反感は強いものの、文化面への親しみは深く、心から日本を嫌っている人は少ないように感じました」

「その反面、日本の学生の中にある反感は政治だけでなく社会問題も含めた中国という国全体への印象論で判断しがちな所があります。特に学生世代の場合、同じ悪印象でも日中ではその内実が違うということです」

「中国の学生に日本について聞くと、日本の政治家や歴史問題に懸念を示している人であっても日本の文化は好き、という例が多くみられます」

「日本のドラマやアニメの人気が高いこと、日本という国自体に発展した先進国だというイメージを持っていることがあり、政治の問題とそれ以外の文化や経済といった側面を別個に捉える人の多い傾向があるからです」

「一方で日本に流れている中国批判は政治面に留まらず、中国の経済、社会問題にも及びます。それらの問題は確かに事実ではあるのでしょう」

「しかし、その一方で文化面や社会面で、現代中国の良さについて知る機会はほとんどありません。そのため日本人にとっての中国は『危険な国』という印象でまとめられがちな傾向があります」

「今年に発表された言論NPOの印象調査でもその内実が明らかになっていて、中国では政治的対立が去年に比べて落ち着いた今年は前年よりも日本への印象が『悪い』と答えた人の割合が下がってる一方、日本側は過去最低を更新し続けています」

「次に、日中の学生の意気投合は決して難しい話ではないということです。今回の訪中団では3都市の4大学の学生と交流をしましたが、それぞれの大学での交流時間が半日しかなかったにも関わらず、お互いの文化などの話題を使いながら、ほぼ全員が意気投合できたということです」

「また、日本国内においても現状の学生間の交流や関係はむしろ円熟味を増しています。例えば日本の多くの大学にはアジア圏との交流サークルが存在し、留学生や現地の学生との交流が行われています」

「また、幾つか有力な団体間の横の繋がりも深いようです。学生の場合、興味を持った時に交流を助けてくれる仕組みはすでにあります」

「一方で、交流活動から本当の対話までの距離も感じました。文化や楽しむことを中心とした交流はできても、政治や歴史の問題を含む対話になると深い話ができないということが多いからです」

「これは学生に限らず政治家間でももちろん言えることで、例えば北京東京フォーラムで行われた政治分科会でもやはり対立した意見の譲歩というものはまったくありませんでした。それは単に知識量の問題ではありませんでした」

「だからこそ、今の学生には時間があり、失敗できるからこその議論の深化と、共同事業による社会への発信が求められていると感じています」

「まず議論の深化ですが、政治家をはじめとする大人の議論の場では、立場の問題もあり感情的になりやすい問題は議論しづらい、あるいは失敗ができないという問題がありますが、学生の場合はある程度そのようなリスクが避けられます」

「また、ここで言う議論の深化とは相手の心の奥にある考え方を思いやれるようになれるまでの経験を得ることだと思います。文化理解のない対話では、相手を論破することができても説得はできないからです」

「学生団体の間には2週間という長い期間、合同の交流合宿を行うところもありますが、そのような交流の中で学べることは知識以上のものがあると思っています」

「またもう一つの共同事業による社会への発信も、ある程度交流が行われている学生だからこそできることです。話をするだけの交流からより深い理解にステップアップするためには実際に創造することが有効です」

「共同事業をするべきという論調は北京東京フォーラムでも出てきましたが、それを学生が先行することは社会的にも影響を与えることにつながります」

「それは、他の世代に比べて相互交流が進んでいる学生世代だからこそできる発信でもあります。日中関係が硬化している何よりの原因である世論を動かせるのは何も政治家だけではないからです」

「自分はこれらの問題、特に共同事業について自分の興味分野である出版と映像の観点から、日中共同出版の雑誌の創刊や放送局の創設といった形でこれから挑戦していきたいと考えています」

「お互いの国の現代文化について、より親しむこと、その活動をそれぞれの国が推し進めるのではなく、両国の学生が協力して進めていきたいと考えています」

松本祐輝(まつもと・ゆうき) 東京外国語大学中国語専攻1年生。

映画製作を志す若者が集まる映画集団Oursの発起人の一人。現在もOursのマネジメントの中核を担う。2014年7月にドキュメンタリー映画「希望を求めてFile.1 『僕らの』世代の政治と学校 学生NPO『ぼくいち』と高校生たち」を完成させた。社会問題を扱う連作ドキュメンタリー制作の傍ら、福島県広野町での中学生の教育支援、在日外国人生徒の日本語支援に関わり、中国建国65周年記念訪中団では学生代表として大使館や中国各都市でスピーチをするなど多方面に活動している。8月末からHuffington Post Japan のブロガーとしても活動をしている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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