アベノミクス効果?英国への投資フローが史上最高に
ロンドンの通天閣
「ロンドンの通天閣」こと、ザ・シャード(高さ310メートル)に昇ってきた。欧州で一番高いガラス張りの近代ビルは昨年1月にオープンした。
大阪の下町で育った筆者は子供の頃から、何度も通天閣(高さ100メートル)に昇った。新聞記者になってからも何度も取材に訪れた。展望台としてのザ・シャードの造りは通天閣そのものだ。
初代通天閣(高さ75メートル)は1912年、内国勧業博覧会の会場跡地に遊園地ルナパークとともに建設された。パリの凱旋門にエッフェル塔の上半分を乗せたような形で、当時は東洋一の高さを誇った。
通天閣はルナパークとロープ・ウェーで結ばれ、当時の写真を見ると、まるで月世界のようだ。現在の通天閣は二代目で戦後の56年に再建された。
大阪はその後、関西国際空港に未来を託したが、思惑は外れ、通天閣から見下ろす風景にも寂しさが漂う。これに対してザ・シャードから展望するロンドンの街並みは活気にあふれている。
大阪が活気を失ったのはヒトも企業もカネも東京に流れてしまったからで、ロンドンが1980年代以降、輝きを取り戻したのは、ヒトとカネを呼び込んだからだ。
活気を呈す英国への投資
筆者は、昔の大阪を思い出すようで、ロンドン暮らしを気に入っている。最近、会った弁護士から「日系企業の案件が相次ぎ、ホリデーがとれない。これまでにない忙しさだ」と聞かされ、調べてみた。
英国への日本の対外直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)をグラフにしてみる。
円換算にすると、昨年の対英投資フローは1兆3084億円と過去最高(前年比38%増)を記録。国・地域別では、米国への4兆2933億円に次いで第2位になったそうだ。
驚くべきことに対中の8855億円を上回っている。
昨年末時点で、日本から英国への投資残高は7兆1379億円。英国から日本への投資残高は1兆3819億円。英国に進出している日系企業は約1千社、雇用者数は約16万人。
なぜ、日系企業は英国を目指すのか。答えは簡単。日系企業が英国を拠点に世界市場に活路を見出そうとしているからである。
英国では量的緩和と住宅政策で不動産バブルの懸念が膨らんでいるものの、経済は好調で6四半期連続でプラス成長を記録。今年、第2四半期は前期比で0.8%成長となった。
英国経済を浮揚させる保守党のオズボーン財務相と、財務相が白羽の矢を立てたイングランド銀行(英中銀)のカーニー総裁の手腕は相当なものである。
相次ぐ日系企業の投資
12年から13年にかけてニュースになった日系企業の動きを列挙してみよう。
【自動車】英国製自動車の半数以上は日系3社製
日産:サンダーランド工場で年間生産台数が12年に初めて過去最高の50万台超え。英国製の3台に1台が日産車
トヨタ:新型「オ―リス」生産のため、バーナストン工場にさらに1億ポンドを追加投資。1500人の新規雇用を発表
【鉄道】
日立:英国政府と車両供給契約を締結
【再生可能エネルギー】
三洋電機:ブラックフライヤーズ駅の屋根に太陽光モジュールを設置
【その他】
塩野義製薬:欧州の開発拠点としてロンドンに100%出資の子会社を設立
三井住友銀行:住友商事などと共同で航空機リース事業を買収
三井不動産:カナダの年金基金などと共同でBBCテレビセンターを買収
日立:ホライズン社(原子力発電事業関連会社)を買収
東芝:英原発事業会社NuGenの全株式の6割を買収
他にも案件はたくさんある。前出の弁護士は「今年は昨年より忙しい」と話していたので、英国への投資フローはさらに最高記録を更新するかもしれない。
ロンドンの魅力とは
英国では投資を呼びこむため、法人税を段階的に引き下げており、来年度には20%になる。経済特区の新設、起業支援融資、研究開発部門の税控除が取り入れられ、規制緩和が進められている。
ウソのようでホントの話だが、英国のインフラは19世紀後半に建設されたものが多く、老朽化が進んでいる。このため、2020年までに3100億ポンドのインフラ投資を計画している。エネルギーと交通の2分野に重点が置かれている。
世界言語の英語が母国語、アジアと北米の中間に位置する時間帯、地理的に欧州、アフリカ、中東に近いという長所がある。ヒトとカネの出入りがオープンなことがロンドン最大の強みだ。
対日直接投資残高をみると、12年末は17.8兆円(国内総生産比約3.7%)で、08年をピークに横ばいになっている。このため、安倍晋三首相は20年の対日直接投資残高を35兆円に倍増する目標を掲げている。
安倍首相の経済政策アベノミクスはしかし、英国への日本の投資フローを円換算で過去最高に押し上げた。グローバリゼーションの時代、ヒトとカネは居心地の良い場所を求めて、自由に行き来するからだ。排外的なナショナリズムはグローバリゼーションのブレーキになる。
民主主義3.0革命
英北部スコットランドの独立を問う住民投票のバタバタが今後、英国の国力を削ぐという見方もあるが、筆者はそうした考えはとらない。住民投票の結果は、民族自決型のナショナリズムは結局、問題解決にはならないという意思を明確に示しているからだ。
保守党のキャメロン首相も、自由民主党のクレッグ副首相も、労働党のミリバンド党首も、スコットランド自治政府のサモンド首相も同意した上で、英国は21世紀に適合する「国のかたち」をこれからつくろうとしている。
民主主義の「弱さ」なのか。それとも「強さ」なのか。
スコットランドの人口のうちスコットランド生まれは01年の87%から11年には83%に下がっている。スコットランドもグローバリゼーションがもたらすヒト・モノ・カネ・サービスの自由移動と無縁ではいられない。
英国の民主主義をウォッチして7年余になる筆者はこう考える。
ファシズムに勝利した米国と英国の民主主義1.0は西側諸国に浸透し、冷戦終結で民主主義2.0に進化した。しかし、グローバリゼーションへの反発と新興国の台頭で、地政学が再び頭をもたげ、民主主義2.0は1.0に逆戻りするリスクが膨らみ始めた。
民主主義がもはや経済的な繁栄を保証するシステムではなくなったからだ。
そうした流れに逆行するように、英国は国家という枠組みの中で「リージョナル・アイデンティティー」を最大限認める民主主義3.0を目指そうとしている。民主主義3.0における権力構造は「垂直」ではなく「水平」なのだ。
もし、英国の「民主主義3.0革命」がうまくいけば、ロンドンやスコットランドへの投資は今後さらに増えるのではないか。
(おわり)