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習一極化で加速する「中華帝国」建設 日本は「常在戦場」の心構えを忘れるな

木村正人在英国際ジャーナリスト

「中国の世界銀行を設立する」

中国が3月発表したアジア諸国のインフラ建設を支援する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」について、資本規模を当初予定の500億ドルを2倍に増額し1千億ドル(約10兆1900億円)にすると英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)が報じている。

FT紙の報道によると、AIIBは年内の発足を目指しており、すでに10カ国が覚書に署名しているという。日本の中尾武彦氏が総裁を務めるアジア開発銀行(ADB、67カ国)の資本規模は1650億ドル(約16兆8100億円)だから、AIIBはADBの60%規模で発足することになる。

成長著しいアジアでは毎年8千億ドル(約81兆5200億円)のインフラ投資が必要で、AIIBの資本規模拡大は大歓迎なのだが、そのあからさまな狙いはアジアから米国と同盟国である日本の経済的影響力を排除することにある。

日本と米国のADBへの出資比率はそれぞれ15.7%と15.6%で、中国の5.5%を圧倒している。中国はADBだけでなく、世界銀行や国際通貨基金(IMF)の主導権が欧米諸国によって握られていることを苦々しく思っており、フラストレーションは限界に達したようだ。

FT紙は「中国は自らコントロールできる『世界銀行』をセットアップすることを欲している」という内部関係者のコメントを引用している。AIIBの総裁には中国の金立群ADB元副総裁が指名されている。

シルクロード経済ベルト

中国の習近平国家主席は中央アジアについて、安全保障協力が中心だった上海協力機構を経済連合の「シルクロード経済ベルト」に格上げしようとしている。

北京とイラク・バグダッドを結ぶ鉄道建設など、中国はシルクロード復活のためのインフラ整備にAIIBをフル活用する考えだ。

米国のオバマ大統領が「アジア回帰政策」を掲げ、日米同盟を強化しているのに対して、中国は背後のロシアと中央アジアとの関係強化に努めている。

24日、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で「新しい皇帝たち 中国における権力と太子党」と題して講演した元英外交官の中国専門家ケリー・ブラウン氏に李克強首相の訪英と習近平氏の関係を質問してみた。

筆者「李首相の訪英に絡んで、エリザベス女王との面会を要求したり、人民日報の国際版『環球時報』が英国を『年老いた衰退国家』と表現したり、歓迎のレッドカーペットの長さにまで注文をつけたりしていたことが報道された。これは国内向けの政治的なジャスチャーに過ぎないのか」

「もともと習近平氏が国家安全保障、李克強氏は経済という役割分担があったが、最近、共産党中央財経指導小組を習近平氏が主宰していると報じられた。習近平氏と李克強氏の関係をどう見るか」

ブラウン氏「もともと外交にはエンターテイメントの要素がある。合意の中身が大切だ。英国にとって金融面では非常に大きな前進があった。李克強氏は習近平氏に逆らうことはできない。足並みがそろわなかった胡錦濤・温家宝体制に比べて、習近平・李克強体制は強固だ」

習近平一極体制

講演会の最後に司会の中国専門家ジョナサン・フェンビー氏が付け加えた。「習近平氏は8つのポストに就いている」。習近平氏の一極体制が進むにつれ、中国は「中華民族の偉大な復興」というスローガンに酔い、19世紀以前の偉大な栄光を取り戻そうという「中国の夢」に突き進んでいる。

中国はトウ小平時代から集団指導体制に移ったが、習近平国家主席になり、トウ小平氏の遺訓「韜光養晦(とうこうようかい、時が来るまで力を蓄える)」の平和台頭路線とともに、集団指導体制の伝統も変更してしまったようだ。

習近平氏が握るポストは

・国家主席

・共産党総書記

・中央軍事委員会

・中央国家安全委員会

・全面深化改革指導小組

・中央財経指導小組(小組は党の中央組織で、事実上の最高意思決定機関)

・中央インターネット安全指導グループ

などだ(日経新聞による)。

中国はトウ小平氏の改革で、集団指導体制をとり、10年で指導者を入れ替えることで権力の腐敗を防止しようとしてきた。それが今までは何とか機能してきた。

しかし、ケリー氏は「中国では歴代共産党エリート(太子党)の150家族が大きな影響力を誇り、中国共産党の最高意思決定機関・中央政治局常務委員会のメンバー7人のうち4人が太子党とつながっている」と指摘している。

今のところ、中国は米国との軍事衝突は避けるという見方で専門家は一致しているが、「強兵路線」を打ち出す習近平氏は「米国と日本・フィリピン・ベトナムの関係を試すため」(ケリー氏)、東シナ海や南シナ海で圧力を強めている。

ようやく自公で一致した集団的自衛権の解釈

一方、日本では自民、公明両党の安全保障法制協議会が24日、集団的自衛権行使を可能とする閣議決定案の大枠でようやく実質合意した。日米同盟に基づき、沖縄・尖閣諸島をめぐる有事に備えて日米間の緊急事態対処計画の策定を急いでほしい。

しかし、中国が切れるカードは尖閣だけではない。日中間に横たわる歴史問題、経済、資源、海上輸送、宇宙空間、サイバーなどいくらでもある。日本が不測の事態に冷静に対処していくためには、感情が優先する自民族中心主義的なナショナリズムを排除していくことが大切だ。

今、日本が警戒しなければならないのは中国や韓国を挑発する日本国内の自民族中心主義的な突出した言動である。こうした言動は一見、勇ましく一部の国内世論には受けても、実際には日本の国益を大きく損なっている。

冒頭に紹介したAIIBのニュースを見てもわかるように、習近平氏の中国は「中華圏」と「非中華圏」を隔てる道を進み始めている。習近平氏への権力集中で、中国が協調的な穏健路線に戻ると予想するのは今のところ難しい状況になっている。

筆者は、自公が実質合意した内容は極めて妥当なものと考える。一部メディアの批判はまったく当たらない。

日本が思い出さなければならないのは聖徳太子のエピソードだ。中国は589年、隋によって約370年ぶりに統一された。日本は600年、使節を隋に送り、聖徳太子は604年、日本最古の成文法である十七条憲法を制定した。

大和朝廷の官僚や豪族の守るべき道徳的戒律を漢文で記したもので、今の憲法とは異なるが、統一という中国の変化が日本の近代化を進めた。聖徳太子は607年、小野妹子を遣隋使として遣わし、「日出ずる処の天子」で始まる国書を皇帝・煬帝(ようだい)に渡している。

翻って現代では、習近平氏の中国モデルと、安倍晋三首相が進める日本モデル、オバマ大統領の米国モデルの激烈な競争が始まっている。

安全保障だけでなく、外交・経済・財政・人権・男女の機会均等・エネルギーなどすべての面で日本は「常在戦場」の心構えを持ち、改革に取り組んでいく必要がある。

そうでなければ習近平氏の中国に呑み込まれてしまう恐れを払拭できない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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