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【安倍首相の欧州歴訪】歴史問題封印でイメージ回復の兆し

木村正人在英国際ジャーナリスト

安倍晋三首相の欧州6カ国歴訪が30日始まった。皮切りはドイツのメルケル首相との首脳会談である。

中国の習近平国家主席が3月から4月にかけ就任後初の欧州歴訪を行ったあとだけに、どこまでアベノミクスの成功と日本経済の復活をアピールできるか、がカギとなる。

中国は米国と欧州の離間を誘うため国家主席と首相が足繁く欧州に足を運んでいる。世界金融危機で中国の輸出を警戒して貿易の保護主義が広がるのを防ぐ狙いもあった。

米中欧の「G3」構想を描く欧州にとっても、中国の接近は渡りに船。債務危機の際には、中国に重債務国の国債まで買ってもらった恩義がある。

これに対して、日本は欧州を「軽視」しがちだった。米国や中国、韓国などアジア・太平洋外交が重視されていたからだ。

「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げる安倍首相になってから、日本は昨年6月に英・北アイルランドで開かれたG8ロック・アーン・サミット、今年3月にオランダ・ハーグでの核セキュリティ・サミットを利用して、積極的に欧州での首脳外交を展開している。

昨年、ロンドンでの安倍首相の講演を聞いたが、「これだけわかりやすいメッセージを自ら語った日本の首相は初めて」「日本経済を良くしたいという強い決意が感じられた」と評判も上々だった。

安倍首相のイメージは日本の一部メディア、さらには欧米メディアを通じてかなり歪められている。靖国神社参拝や従軍慰安婦をめぐる河野談話見直しの動き、NHK会長や経営委員の人事など、安倍首相が自分で種をまいてきた面は否めない。

しかし、「軍国主義者」というレッテル貼りは、やはり行きすぎだ。今回の欧州歴訪でメディアのバイアスを通さず、安倍首相自身が自分の考えを伝える意義は大きい。

1月のスイス・ダボス会議で安倍首相は、日本の首相として初めてオープニング・セッションで基調講演を行った。第一次大戦前夜を例に引き現在の日中関係を語ったことが波紋を広げたが、日本経済の復活や安全保障にかける安倍首相の意気込みが世界に発信されたのは間違いない。

英誌エコノミストが最新号で「東京の春?」と題して、「安倍首相個人は日本に対する歴史的な評価を修正したいという思いを抱いているナショナリストだ。しかし、首相としては、個人的な思いが必ずしも日本の国益にならないことを理解している現実的な国際主義者だ」と分析している。

北京・香港特派員、東京支局長も務めた同誌アジア編集長、ドミニク・ジーグラー氏の講演を聞いたことがあるが、とても公平で客観的な人だ。

日米同盟の将来について個人的に質問すると、「沖縄・尖閣諸島をめぐって非常にトリッキーな状況に陥るとまずくなる恐れはあるが、それをうまく回避すれば大丈夫だ」との見方を示した。

先の日米首脳会談でオバマ米大統領が尖閣諸島について日米安保条約に基づく「防衛義務」を明言、日米共同声明にも明記されたことは、日本だけでなくアジア、引いては世界の安全保障に貢献する。

ウクライナにおけるロシアのクリミア編入は、「安全保障の空白」は軍事力を背景にした現状変更を誘発する現実を見せつけた。尖閣をめぐる「グレーゾーン」がなくなったことは欧州にとっては安心材料になる。

欧州もロシアの脅威を封じ込めるには米国の関与がまだ必要だ。オバマ大統領にはアジア・太平洋関係だけでなく、従来通り大西洋関係にも軸足を置いてほしいと考えている。

中国や韓国との関係が改善する兆しが見え始めた中、歴史問題を自分から蒸し返すのは賢明ではない。記者会見の質疑応答で靖国参拝に関する質問が出ても、「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、まったくない」と恒久平和への誓いを込めたことを繰り返すだけにとどめるべきだ。

他国の犠牲の上に自国の繁栄を築こうとした過去の帝国主義を肯定する国はどこにも存在しない。帝国主義は間違った考えだったのだ。

そして、必要以上に「中国の脅威」を喧伝するのも得策ではないだろう。歴史上、経済力をつけた国家が軍事力を増強するのは必然だ。一番の問題は、アジア・太平洋の安全保障上、中国の軍備増強にいかに対応するかにある。

そのためには日中間の安全保障対話を再び軌道にのせる必要がある。「尖閣防衛義務」を明記した日米共同声明を背景に、日本は中国との緊張緩和に動く姿勢を明確に示す必要がある。

欧州も米国同様、中国に対して「封じ込め」戦略をとるつもりはさらさらない。中国の成長力をできるだけ欧州経済浮揚に生かそうという考えだ。日本経済にとっても中国との関係改善は最優先課題である。

今回の日程には北大西洋条約機構(NATO)理事会での演説も含まれている。NATOが主導する国際治安支援部隊(ISAF)は今年末までにアフガニスタンからの撤退を予定している。

今は息をひそめているイスラム原理主義武装勢力タリバンが欧米の関与が弱まるのを待って、再び活動を活発化させるのではという懸念がくすぶる。「積極的平和主義」を唱える安倍首相が2015年以降のアフガン支援にどんな形でかかわるのかについても欧州は注目している。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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