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2014年どう出る中国「尖閣事変」は起こるのか 米国の脅威報告書

木村正人在英国際ジャーナリスト

クラッパー米国家情報長官は29日、上院情報特別委員会に「世界の脅威に関する評価報告書」を提出した。

この中で、中国について、「2014年、中国の指導者は地域で拡大する影響力を行使する一方で、国内の優先課題に集中するよう努めるだろう」と予測している。

習近平国家主席の野心的な政策課題として(1)経済改革の促進(2)統治の効率化と説明責任の増進(3)中国共産党の原則強化――の3つを挙げる。

「中国は尖閣問題で日本に対して強硬なスタンスを取ることを含め、(東シナ海や南シナ海の)領有権争いについて、おそらく先手を打つアプローチを拡大し続けるだろう」と分析する。

「中国は自信をつけ、新たな能力を身につけている。中国の利益や安全保障にとって課題が出てくると思われることから、中国当局はより活発な外交政策をとるようになる」という。

「地域の領有権争い、競合するナショナリストの熱情のエスカレートがリスクを増やし、地域の協力を妨げる。主権問題やよみがえる歴史的な怒りが摩擦を生み、東シナ海や南シナ海で偶発的な事件(occasional incidents)を起こすだろう。そして、領土問題を解決しようとする2国間、多国間の努力を遅らせ、立ち往生させるだろう」と警鐘を鳴らしている。

「incident」には「偶発事件」「小事件」という意味から重大事を招く「事変」「紛争」「軍事衝突」という意味まである。

「中国は米国に『新しい大国関係』を求めることを強調しているが、同時に、少なくとも間接的に米国の影響力に対抗しようと動いている。東アジアで中国は米国のリバランス(アジア回帰)政策による安定、地域の同盟国やパートナーを支援する米国の意思への猜疑心に火をつけようとしている」と総括している。

中国の軍事力については、「中国は21世紀の戦争に勝利できるよう長期的で包括的な軍の近代化を進めている」と指摘、(1)核抑止力と戦略的攻撃の選択肢の強化(3)地域で危機(台湾ミサイル危機などを想定)が起きた場合、外国の軍事介入への対抗(4)限定的だが、拡大する前方展開――に軍事投資している。

2013年、人民解放軍(PLA)は国産大型輸送機Y-20の初飛行に成功。さらに、複数の弾道ミサイル、巡航ミサイルの開発を継続している。

「人民解放軍の能力向上は領土問題を超えて中国の利益を確保する作戦の拡大を支援している。例えば、中国はインド洋の沿岸国とより効果的な兵站構築を追い求めている」

「中国は2013年秋、陸海空軍、戦略的ミサイル部隊が参加して演習を実施した。演習には大規模な2つの上陸作戦、長距離の海空軍の海上合同訓練が含まれていた」という。

これらの指摘が何を意味しているのかは言わずもがなだ。東シナ海や南シナ海で中国の圧力がエスカレートするのは避けられない。クラッパー長官の「世界の脅威に関する評価報告書」が予測する通り、今年、尖閣をめぐって日中間で偶発的な事件が起きることはあり得るのか。

29日、英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で海軍・海洋安全保障を専門にするクリスチャン・レミュア氏に「日中間の武力衝突を懸念する声が強まっていますが、どう見ますか」と質問をぶつけた。

わかりやすく言えば「天才的な国際海軍オタク」のレミュア氏は筆者の懸念を払拭するように、「確かに中国による防空識別圏(ADIZ)の設定、安倍晋三首相の靖国神社参拝で地域の緊張は高まった。中国の言いぶりもエスカレートしている。しかし、いざ尖閣を侵略するとなると、その軍事作戦は極めて難しい。中国側も日本側も今のところ海軍や海上自衛隊が前面には出ていない。公安辺防海警総隊や海上保安庁が出ている。武力衝突が起きる可能性は低いとみている」と分析する。

日本国内では安倍首相の靖国参拝について、「これからも参拝すればいい」「中国や韓国のことは気にしなくていい」「日本には日本のやり方で戦没者を追悼する権利がある」という声が根強い。

新聞の世論調査でも靖国参拝について「評価する」「評価しない」が4割台でほぼ拮抗(読売新聞の世論調査では「評価する」45%、「評価しない」47%)している。

米国がなぜ安倍首相の靖国参拝に「失望」を表明したのか、元米国務次官補代理でIISSのマーク・フィッツパトリック氏に尋ねた。

フィッツパトリック氏いわく

「米政府は明確に安倍首相の靖国参拝について『失望』を表明した。靖国参拝は日韓関係をさらに悪化させるからだ。東アジアの安全保障の要となる日米韓のトライアングルのうち日韓の一辺がまったく見えなくなっている。靖国参拝で関係改善の見込みが一段と薄くなった。安倍首相には靖国に参拝する法的な権利が当然ある。しかし、これは法的な権利の問題ではなく、国際関係の問題だ。靖国参拝は国際関係にはマイナスにしか働かず、必要のないことだ」

これに対し、安倍首相の靖国参拝について「これを機会に年中行事にしてほしい」「今回の『失望感』の表明は、日米関係だけでなく、日中、日韓の関係悪化に拍車をかけるだけで、その改善に何ら役立たない。(略)その意味で今回の米国のコメントは米外交のfaux pas(踏み誤ったステップ)であった」(元駐タイ日本大使・岡崎久彦氏)という声すらある。

しかし、こんな意見がロンドンのような国際都市で繰り広げられる国際議論に通用するのだろうか。東アジアの力学から米国は日米同盟に依存せざるを得ず、靖国参拝には何も口出ししなくなるというような考え方は安倍首相の信条・心情や日本の国内感情を代弁してはいても、国際情勢を冷静に分析したものとは筆者にはとても思えない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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