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「極右の女王」「緊縮の女王」対決

木村正人在英国際ジャーナリスト

フランスの極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が9日、パリで英米メディアと会見、「欧州システムが爆発を起こすこと以外に何も期待していない」とぶち上げた。

欧州債務危機の最悪期を抜け出し、小康状態を保つ欧州単一通貨ユーロ圏(18カ国)にとって今年最大の難関は何と言っても、5月末に予定される欧州議会選だ。

緊縮財政と景気低迷、失業問題による反欧州連合(EU)・ユーロの逆風が吹き荒れるのは必至だ。投票率の低下も避けられそうにない。

マリーヌ氏は美しい金髪を輝かせながら、国民戦線が欧州議会選で主要政党の壁を突き破って大躍進すれば、欧州のさらなる統合を防ぐためにできる限りのことをやると高らかに宣言した。

世論調査は国民戦線がフランスで第1党になる可能性を示しているだけに、マリーヌ氏は自信をみなぎらせた。「ベルリンの壁が崩壊したように、われわれはブリュッセルの壁を壊さなければならない」

マリーヌ氏はEUを切り捨てた後、米国の間で進められている自由貿易協定(FTA)交渉をやり玉に挙げて「フランスにとって一体どんな利益があるのか、まったくわからない」とまで言い放った。

国民戦線は1972年に創設された民族右派で、移民排斥、EU・ユーロからの離脱、自国通貨フランの復活を唱えている。2002年仏大統領選で父親のジャンマリ・ルペン党首(当時)が第1回投票を2位で通過したことで名を馳せた。

三女のマリーヌ氏は弁護士出身で、極右イメージを和らげるため党首に抜てきされた。主張は父親譲りでバリバリの極右だが、テレビ受けする容姿が売りになって、12年大統領選第1回投票で3位につけた。

マリーヌ氏は欧州議会選に向けて、イスラム移民排斥で悪名高いオランダの極右政党・自由党のヘールト・ウィルダース党首と連携、英国独立党(UKIP)やオーストリア、スウェーデン、イタリアなどのEU懐疑派政党の結束を呼びかけている。

英誌エコノミストは米国の政治を硬直化させている草の根保守運動ティーパーティー(茶会党)に引っ掛けて「欧州にも茶会党登場」と警鐘を鳴らしている。

ユーロ圏の失業率は12.1%。若者の失業率はギリシャ54.8%、スペイン57.7%という惨状を呈している。インフレ率は0.8%まで下がり、デフレが目の前にちらつき始めた。

ギャラップ調査で「EUの指導者は十分な仕事をしたかどうか」と質問したところ、スペインでの支持率は債務危機前(08年)の59%から27%に急落していた。

アイルランドでも支持率は70%から47%に下がるなど、EU各加盟国でEU指導者の支持率は著しく低下していた。

支持率が50%を超えていたのはルクセンブルク67%、ドイツ59%、ベルギー56%のわずか3カ国だけ。

ユーロ安で世界最大の貿易黒字を積み重ねる独り勝ちのドイツでは支持率が3ポイントアップしていた。ルクセンブルクとベルギーは欧州統合の原点、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)からのメンバーだ。

ちなみにフランスはといえば、43%から38%に下がっていた。

9日、欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は主要政策金利を史上最低の0.25%に据え置いた上、ユーロ圏の経済について「回復しているのは事実だが、ぜい弱で、金融・経済・政治・地政学上のリスクによって簡単に損なわれてしまう恐れがある」との危機感を示した。

しかし、最悪の状態を脱したため、ドイツなどの抵抗で銀行の破綻処理の一元化など「銀行同盟」の構築は抜本的には進まなかった。

一方、ドイツのメルケル首相は社会民主党(SPD)との大連立を優先させるため、時給8.5ユーロの法定最低賃金を段階的に導入、条件を満たせば原則65歳の年金支給開始年齢の63歳に前倒しすることを認めた。

国内には甘く、ユーロ圏の南欧諸国などには徹底的に厳しくというメルケル流への不満が欧州全体にくすぶっているのはもはや否定のしようがない。

メルケルとルペン。メルケル首相はスイスでの休暇中に骨盤を骨折して約3週間の休養中だが、欧州の未来をかけてドイツの「緊縮の女王」、フランスの「極右の女王」の戦いはすでに始まっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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