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英国・極右組織リーダー脱退の真意

木村正人在英国際ジャーナリスト

突然の脱退表明

在日韓国・朝鮮人が多い東京・新大久保や大阪・鶴橋で「朝鮮人を殺せ」などと連呼する極右団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)に相当するグループが、筆者が暮らす英国にもある。

イスラム過激派と激しく対立してきた極右過激団体「イングランド防衛同盟」(EDL)だ。在特会の桜井誠会長に相当するEDLのリーダー、トミー・ロビンソン氏(30)が8日突然、自分が設立した組織を脱退すると表明して波紋を広げた。

突然、脱退を表明したEDLリーダー、ロビンソン氏(本人のツイッターから)
突然、脱退を表明したEDLリーダー、ロビンソン氏(本人のツイッターから)

筆者も驚いた1人だ。共同設立者を含め指導部数人も一緒に脱退するという。

在特会の桜井氏と同じように、ロビンソン氏も本名ではなく、別の名前で活動している。ロビンソン氏の語り口の方が桜井氏より挑発的でエキセントリックな印象を受ける。

元ジハーディストの説得で改心

これまでイスラム差別をまき散らすシュプレヒコールや暴力主義で悪名高かったロビンソン氏は8日、イスラム過激主義対策を提言するシンクタンク、Quilliam財団の2人を伴って記者会見した。

Quilliam財団には筆者も何度か取材したことがある。かつてのジハーディスト(聖戦主義者)やイスラム原理主義の過激思想から解放された若いイスラム教徒がQuilliam財団の活動に参加している。

英国で生まれ育ったものの英国社会の一員とは自覚できない疎外感、イスラムが西洋に不当に弾圧されているという国際社会の矛盾。

移民2~3世のアイデンティティークライスとイスラムへの侵害を巧みに結びつける過激イマームの説教、暴力主義・テロの引き金になる個人体験。

筆者が会ったQuilliam財団の元イスラム原理主義者の話にも説得力があった。

「極右過激主義は制御不能」

ロビンソン氏の説明では、Quilliam財団の元ジハーディストやイスラムの普通の人々と接するうち、「イスラム過激・暴力主義と闘う方法を間違っていた。EDLの極右過激主義はすでに制御できなくなっている」と考えを改めたという。

これまでさんざん極右過激主義をあおってきた張本人の変節に、ツィッター上ではEDLの活動家から「こいつこそイスラムの優等生だ」という批判が飛び交った。

EDLのスポークスマンは「EDLは死んだわけではない。彼らが出て行っただけなのだ」と言い切った。

第二次大戦でファシズムと戦い、勝利したことを誇りとする英国でも戦中・戦後を通じて極右団体が存在したことはあったものの、大きなうねりにはならなかった。

英国の民主主義の強靭さというより、帝国主義時代にため込んだ莫大な遺産があったから世界大恐慌による経済的打撃をやわらげることができたという見方もある。

EDL設立

その英国でも2008年の世界金融危機を境に、次第に極右が勢力を広げている。

そもそものきっかけは01年の米中枢同時テロ。アフガニスタン・イラク戦争で米英両国はイスラム原理主義勢力や武装勢力と戦闘を行い、イスラム市民の巻き添え犠牲者も多数出た。

米英両軍の長期駐留に対して英国内のイスラム原理主義活動家がイラクから帰還した英軍の行進に抗議活動を行ったことにロビンソン氏らが反発、極右政党・英国民党(BNP)から分派する形で09年にEDLを設立した。

白人の肉体労働者、フーリガン、低所得者層、失業者が集まるEDLは昼間から酒を飲んでイスラム過激派と衝突、たびたび暴力沙汰を起こしてきた。

英軍兵士惨殺事件

イスラム過激派に殺害された英兵士リー・リグビー氏(筆者撮影)
イスラム過激派に殺害された英兵士リー・リグビー氏(筆者撮影)

緊張がピークに達したのは今年5月、ロンドン南東部ウーリッチで英軍兵士リー・リグビー氏=当時(25)=がイスラム過激派に殺害された事件だ。

非番だったリグビー氏はイスラム過激派2人に車ではねられた上、ナイフと肉切り包丁で殺害された。2人はリグビー氏の首を切断しようとし、通行人にビデオ撮影を頼んだ。

イスラム過激派の男は「英軍はイスラム教徒を殺戮している。だから、英軍兵士の1人を殺害した。目には目を、歯には歯を、だ」とビデオに向かって叫んだ。血まみれの手と凶器がTV放映され、戦慄と恐怖を拡散させた。

逮捕された容疑者のうち1人はイスラム過激派組織の指導者オマル・バクリ師の説教礼拝に定期的に出席。

男は国際テロ組織アルカイダ系イスラム過激派組織アルシャバブに参加するためソマリアに入ろうとしてケニアで拘束されていた。情報機関から肉体的・性的虐待を受けたことが男にテロへの最後の一線を越えさせたとみられている。

イスラム社会への攻撃

この事件では、地域に亀裂が入ることを恐れるイスラム系住民が「イスラム教徒として無辜の命を奪われたことを嘆き悲しんでいます。リグビー氏の命を奪った凶暴な攻撃を私たちは憎み、非難します」と書いた看板を現場に掲げた。

イスラム系団体「英国イスラム社会」は「私たちを分断する凶行を許しません。これは私たちの国、私たち全員に対する攻撃です」と表明した。

しかし、モスク(イスラム教の礼拝所)にナイフを持った男が押し入り、爆発物を放り込んだり、イスラムセンターが放火されたりするなど、英国各地でイスラム社会の施設に対する攻撃が相次いだ。

BNPのニック・グリフィン党首は「犯人にブタの皮をかぶせて、もう一度撃ってやるべきだ」とツィートし、EDLも「イスラム過激主義と英国は交戦状態にある」と過激な言葉を発し続けた。

鏡に写った憎悪の姿

イスラム系移民排斥を叫ぶ極右団体はイスラム過激・暴力主義者を否定しながら、その論理や行動は鏡に映したようにイスラム過激・暴力主義者とそっくりなのだ。

学校に子供を迎えに行った時にロビンソン氏に向けられる批判的な目は、まさにロビンソン氏がイスラム過激・暴力主義に向けた目と同じだった。「これは自分が訴えようとしていたことではない」

ロビンソン氏はいつの間にか自分自身がイスラム過激・暴力主義と同じ極右過激主義の囚われの身になっていたことに気づかされた。半年以上もの間、EDLを脱退しようと思い悩んだという。

リグビー氏が殺害された現場には花束が手向けられた(今年5月、筆者撮影)
リグビー氏が殺害された現場には花束が手向けられた(今年5月、筆者撮影)

しかし、ロビンソン氏の真意はこれからの行動を見てみないと分からない。EDLはカリスマ的なリーダーを失ったことで分裂し、行動がさらに過激にエスカレートする恐れがある。

憎悪は共振し、過激主義はさらに過激化する。ロビンソン氏のEDL脱退は朗報なのか、凶兆なのか。判断するのはまだ早い。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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