Yahoo!ニュース

メルケル独首相の「ひし型」効果 22日にドイツ総選挙

木村正人在英国際ジャーナリスト

3選確実

欧州の未来を大きく左右する9月22日のドイツ連邦議会選(総選挙)が近づいてきた。米国経済の回復もあって、目の前の危機が遠のいた単一通貨ユーロ圏では緊縮財政より成長戦略を求める声が強くなってきた。メルケル独首相の3選は確実だが、現在の自由民主党(FDP)との連立を維持できるか、それとも社会民主党(SPD)と再び大連立を組むことになるのかは微妙な情勢だ。

南部バイエルン州で15日、州議会選挙の投開票が行われ、メルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)の姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)が得票率47.7%(前回より4.3%増)で議席を9つ増やした。しかし、連邦政府で連立を組むFDPは得票率3.3%(同4.7%減)と振るわず、議席を獲得できる最低ラインの5%を突破できなかった。

単独で州政府を担う方針のゼーホーファーCSU党首は高らかに勝利宣言したものの、メルケルの胸中は複雑だ。前回総選挙で得票率が14.6%に達したFDPの支持率は最近、5%ラインで浮いたり沈んだりしている。22日の総選挙でFDPの得票率が5%を下回れば、CDU/CSU-FDPの「黒・黄」連立は終止符を打つ。

10年前の州議会選挙ではCSUの得票率は60%を超えており、今回の州議会選挙で追い風が吹いたとまでは言えないのが現状だ。

メルケルにとって次に有力な選択肢は05~09年の間続いたSPDとの「黒・赤」大連立復活だ。そのほか、CDU/CSUと90年連合・緑の党の「黒・緑」連立、SPDと緑の党、旧東ドイツ独裁政党の流れを組む左派党による「赤・緑・赤」連立が考えられる。

どんな色の連立になるのか、事前に予想するのは難しい。英紙フィナンシャル・タイムズの元欧州担当編集長デービッド・マーシュ氏は「現在の連立政権が継続する可能性がおそらく60%。大連立が復活する可能性は30%だが、可能性は徐々に膨らんでいる」と予測し、独誌シュピーゲルのクリストフ・ショイエルマン・ロンドン特派員も「黒・黄の現連立が継続すると思う。ドイツの有権者はどっちつかずの大連立よりはっきりした方向性を求めている」と分析する。

弱い政府

メルケルが現在の連立政権を維持できたとしても、連邦参議院(上院)は与党15議席、野党36議席、中立18議席と下院と勢力が逆転している。連邦参議院の権限は基本法(憲法に相当)、州に関連する法案を審議することだが、それでも野党への配慮は欠かせない。

大連立が復活しても、次をうかがうSPDの揺さぶりが強まる恐れがある。いずれにせよメルケルの3期目は「弱い政府」になりそうだ。

緊縮財政を強いられるギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアといった南欧諸国ではメルケルは「強面」で通っているが、ドイツ国内では慈愛に満ちた「ママ」のイメージが定着している。

市場経済を重視すると言っていたメルケルの政策は「砂糖をまぶした社会民主主義だ」と評される。SPDとの明確な違いは中高所得者層を狙った増税を掲げていないことだ。SPDの首相候補シュタインブリュック前財務相が最低賃金の導入を主張すれば、メルケルも非正規雇用の処遇改善を訴えるといった具合だ。

1日に行われたメルケルとシュタインブリュックのテレビ討論。メルケルは次期政権の課題について聞かれると、どうなるかわからない連立の枠組みを気にしてか歯切れが悪かった。90分間の討論はシュタインブリュックが優勢だった。

南欧諸国が高い失業率に苦しむ中、輸出が好調なドイツの失業率は5.3%まで下がっている。こうした実績を強調し、政策論争にはあまり踏み込まないのがメルケルの選挙戦略といわれている。論争が盛り上がって投票率が上がるより、投票率が低い方が有利になるとメルケル陣営は読んでいるようだ。

メルケルがそこにいるから

メルケル首相のひし型ポーズ(CDUのHPから)
メルケル首相のひし型ポーズ(CDUのHPから)

選挙ポスターもメルケルが両手の指先を合わせて「ひし形」をつくるポーズの写真があしらわれた。ベルリン中央駅前にも「手」だけを強調した巨大ポスターが登場した。「メルケルのひし形」が何を意味しているのかはわからない。このポーズが国民に安心感を与えているのだろうか。

メルケルへの支持率は65%。前出のフィナンシャル・タイムズ紙元欧州担当編集長のマーシュ氏は「エベレスト初登頂に成功した登山家ヒラリーがどうして山に登るのかと聞かれて、『山があるからだ』と答えたように、ドイツ国民がメルケルを支持する理由は『メルケルがいるからだ』というところでしょう」と語る。

根強いメルケル人気に対抗しようとしたのか、シュタインブリュックは南ドイツ新聞(中立系)が発行する週刊誌の表紙に中指を突き立てた挑発的なポーズで登場した。公の場では禁止されている「F*** you」のジェスチャーである。

質問に対して言葉ではなくボディー・ランゲージで答えるという企画で、「エンコしたペール(シュタインブリュックの名前)、問題を抱えたペール、ペールスコーニ(ベルルスコーニと引っ掛けた)。あなたはひどいニックネームをつけられることを悩む必要がないね、そうじゃない」と聞かれ、下品なポーズで応じたのだ。

陣営の報道官は出版を差し控えるよう求めたが、シュタインブリュック本人が出版を了承した。勝つ見込みのない選挙を戦わなければならない苛立ちのようにも受け止められる。

ドイツ連邦議会の基本定数598。任期は4年。小選挙区と比例代表の併用制で、有権者は小選挙区と比例代表に計2票を投じる。原則的に議席は比例の得票割合で配分される。得票率46.5%が過半数の分水嶺といわれる。

FDPが沈んでメルケルがSPDと大連立を組んだ場合、南欧諸国に対するメルケルの緊縮路線が微妙に軌道修正される可能性もある。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事