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クジラめぐる「東西」激突 調査捕鯨裁判の論理

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本が南極海で行っている調査捕鯨は国際条約に違反するのかをめぐる口頭弁論が6月26日から、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)で始まった。反捕鯨国のオーストラリア政府が「日本の調査捕鯨は商業捕鯨にほかならず、即刻中止すべきだ」と日本政府を訴えた。

日本側の口頭弁論は7月2日に行われ、鶴岡公二外務審議官が「日本で許可されている科学的捕鯨に関する司法的な論証に基づくというよりも、オーストラリアに固有の価値に基づき、あらゆる捕鯨の禁止を課すための一方的な試みだ」と反論した。

口頭弁論は7月17日に終わり、早ければ今年中にも判決が出る見通しだ。

一部の専門家からは「裁判には前例がなく、オーストラリアが判事を納得させるのは困難ではないか」との見方も出ている。日本政府は裁判に負ければ「判決に従う」(日本側スポークスマンの英BBC放送でのコメント)という。

国際司法裁判所の軍配は、1頭たりともクジラを殺すべからずという「反捕鯨原理主義」を居丈高に振りかざすオーストラリアに上がるのか、それとも種の保存に配慮しながら持続可能な捕鯨を訴える日本に上がるのか。

中国の激しいプレッシャーにさらされる沖縄県・尖閣諸島についても、「紛争を避けるため国際司法裁判所で解決を」という声が欧米だけでなく日本からも上がっている。

それだけにクジラ訴訟で、日本の論理がどこまで国際司法裁判所に通じるのか、否が応でも関心は高まる。

「東西」はひと昔前まで共産主義圏と自由主義圏の対立を指したが、今では「西」はキリスト教文化圏、「東」はそれ以外の文化圏という色彩が濃くなっている。

国際捕鯨委員会(IWC)でも、捕獲制限を設けた上で沿岸捕鯨(商業捕鯨)を復活させる日本側の提案がオーストラリアなど反捕鯨国の反対で暗礁に乗り上げている。

このため、韓国も領海内での調査捕鯨再開を表明するなど、捕鯨支持国と反捕鯨国の2極対立はますます鮮明になっている。

日本には、先の大戦で勝者が敗者を裁いた東京裁判(極東国際軍事裁判)への批判が根強い。

果たして日本は勝訴できるのか。調査捕鯨裁判をめぐる欧米ディアの報道から「東西」の衝突についてメディアの論調を含め整理してみた。

――調査が目的ならクジラを殺す必要はない

オーストラリア側「日本は商業捕鯨を科学という隠れミノで隠そうとしている。科学調査をするのに毎年935頭も殺す必要はない。1頭も殺す必要さえない。日本の行為は明らかに営利目的で科学ではない。即刻中止しなければならない」

「国際捕鯨取締条約に関する日本の解釈によれば、いずれの加盟国も調査のための殺害を自らが自由に決定できることになる」

「クジラを殺害する代わりに日本は人口衛星を使った追跡や生体組織検査という方法がとれる。日本は毎年1千頭を超えるクジラを捕獲しており、科学調査だけが目的とはいえない。日本は鯨肉を確保するために捕鯨を続けている」

「日本の調査捕鯨は1946年の国際捕鯨取締条約と1986年の商業捕鯨モラトリアムに違反している。日本は86年以降、1万頭以上のクジラを殺している」

マンゲル・カリフォルニア大学サンタクルズ校教授「科学とみなされるためには具体的な科学的問いが必要である。意味のある問いがあって初めて死を伴う捕獲が意味を持つ。鯨の年齢を計測する方法は耳垢栓を必要とするため致死的だ」

日本側「毎年冬の935頭のミンククジラや約50頭のナガスクジラの捕獲はクジラの繁殖、季節による移動、その他の習性を研究する上で重要だ。ミンクとナガスの捕鯨は、国際捕鯨取締条約並びにIWCで認められている」

「国際捕鯨取締条約の前文は『クジラの適切な種の保全』を唱えている。南極地域には50万頭以上のミンククジラが生息しており、1年815頭の日本の調査は持続可能だ。クジラが自国の漁業に与える影響やクジラ乱獲からの回復状況を把握するためにデータが必要」

「日本の調査捕鯨の数は限定されており、全体の0.3%にも満たない。日本の科学調査は南極海のクジラの個体数について環境をよりよく理解するために行われている」

ワロー・オスロ大学名誉教授「日本の調査捕鯨は国際捕鯨取締条約の下で合法だ。調査は南極海の生態系について極めて重要な情報を提供している。殺害したクジラから遺伝子サンプルを採るほうが生体組織検査よりも簡単で効率的である。成長率や年齢、性的成熟度、死亡率を判断するためにクジラの年齢を知ることは必須である」

――調査捕鯨は商業捕鯨にほかならない

オーストラリア側「日本のプログラムに科学的根拠は一切ない。調査捕鯨の目的は5万人の生活を支える鯨肉産業を維持することである。鯨肉を販売する共同船舶と日本鯨類研究所の関係は密接だ。日本の鯨肉産業では天下り人事が頻繁に行われている」

ペトロチェンコIWCオーストラリア代表「(アイスランドからの輸入鯨肉が日本でドッグフードに加工されているといわれていることについて)どのように日本に対する鯨肉売買停止をアイスランドに求めていくか世界のパートナーと協議中だ。同様の考え方を持つ国々と取りうる最善策について協議している」

日本側「国際捕鯨取締条約の内容を遵守している。鯨肉を消費しているのはプログラムの資金源を確保するためだ」

――反捕鯨は文化の押し付けか

オーストラリア側「非致死的方法がとれないときに初めて致死的実験を選ぶのが科学だ。感情や文化、血が流れることへの嫌悪などで語られるべきものではない」

英BBCラジオ5「ライヴ」のアンカーマン、キャンベル氏「クジラは、複雑な社会構造と家族集団をもつ非常に知的で知覚も有する驚くべき美しい動物だ。どうして日本は多くのクジラを屠殺したいのか」

ニュージーランドのドミニオン・ポスト紙(電子版)社説「日本の捕鯨計画は、ナショナリズムによる見当違いの行いだ。日本は外部からの圧力に屈したと思われたくないように見える。真の戦いは国際司法裁判所ではなく、世論によって裁かれることを日本は認識すべきだ。その戦いに日本はすでに敗北している」

日本側「オーストラリア政府の立場は、クジラは特別で神聖かつカリスマ性のある哺乳類であり、決して殺すべき対象ではないという信条に基づいている」

「オーストラリは国際捕鯨取締条約をあたかも反捕鯨条約であるかのように適用しようとしている」

「オーストラリアはIWCの目的に反して、全ての捕鯨を禁止するために利用する政策を追求してきた。日本にオーストラリアの価値観を強要するために科学を政治化してきた」

日本側アカバン弁護士「多様な文明と伝統が存在する世界において、国際法は他を犠牲にしてある文化的選好を強要する道具となることはない。科学の政治化によって結果的に多くの国がIWCから脱退するのであれば、捕鯨を取り締まる規制がなくなってしまう」

日本代表スポークスマンの四方敬之在英国日本大使館公使「宗教や文化が異なれば動物に対する見方も異なる。例えばヒンズー教の人々にとって牛は聖なる動物。日本人はワニやカンガルーを食さない。この問題に関して感情的な背景があることは理解できるが、法的・科学的な立場にどのように置き換えられるのかは理解できない。国際司法裁判所に持ち込まれるような法的問題であるとは考えていない」

――国際司法裁判所に裁判権はあるのか

ロスウェル・オーストラリア国立大学教授(国際法)「日本が国際司法裁判所の裁判権に異議を唱えるのは特別なことではなく、審理においては通常、裁判権の根拠が争われる」

鶴岡審議官「オーストラリアが権利を主張する南極海における事案であり、国際司法裁判所の管轄外の可能性がある」

――オーストラリアの訴えは有効か

ロスウェル教授「オーストラリアが行っている主張は、いかなる国際裁判所でも争われたことがなく、判例もない」

ボイル・エジンバラ大学教授「クジラ資源の保全とは科学的な目的のための利用を含めた鯨の持続可能な利用をこれまで一貫して前提としている。オーストラリアは判事の前で説得力や信憑性のある主張をできなかった。オーストラリアによるこの訴訟は信用できない。非論理的で現代の国際法とはかけ離れたものである」

編集後記:

新興・途上国の台頭が著しい中、これまで価値と規範を確立してきた先進国の論理は大きく揺らぎ始めている。戦後に比べ日本が鯨肉をそれほど必要としているとは思わないが、オーストラリアの主張は食文化と価値の押し付けで科学的・法的根拠を欠いているのは明らかなように思う。(木村)

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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