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アメリカン・スーパーヒーローの終焉 スーパーマンの新作映画『マン・オブ・スティール』が問いかけるもの

木村正人在英国際ジャーナリスト

1930年代のアメリカン・コミックから誕生したスーパーヒーロー、スーパーマンの新作映画『マン・オブ・スティール』が今年6月に公開される。

米報告書「世界潮流(グローバル・トレンド)2030」が今後10~20年の間に中国が経済力で米国を追い抜き、覇権国家なき世界が訪れると予測しているが、これまでは自明のスーパーヒーローだったスーパーマンも自らの存在意義を問い直す必要性に迫られている。

英日曜紙オブザーバーのポール・ハリス記者はニューヨークからのレポートで、「時代によってスーパーマンの性格付けも変化している」と分析している。

スーパーマンが誕生した1938年、大恐慌を引きずる米経済は再び後退し、失業率は14・3%から19%に跳ね上がった。米大衆が求めていたのは「真実と正義」を体現するスーパーヒーローだった。バットマンも翌1939年にアメリカン・コミックから生まれている。

第二次大戦で勝利した米国は戦争の荒廃から免れ、大量生産による経済成長を遂げた。しかし、共産主義国家・ソ連が台頭し、スーパーマンも「真実と正義」に加えて「アメリカ的価値観」を求められるようになる。

腕力があるアメリカの愛国心は決して間違わない、という信念があった。

しかし、1970年代後半からは「自己犠牲」の精神が強調されるようになり、対テロ戦争が遂行されたブッシュ前米政権下では、イスラム過激派を意識してか、「スーパーマンはキリストのように描かれている」とハリス記者は指摘している。

そんな中、6月に公開される『マン・オブ・スティール』はこれまでのスーパーマン像を一から再構築したもので、スーパーマンは、「空を見ろ!」「鳥だ!」「飛行機だ!」「いや、スーパーマンだ!」というキャッチフレーズに乗って活躍する自明のスーパーヒーローではない。『マン・オブ・スティール』では、自らの存在意義に苦悩して「自分探し」をするスーパーマンがシリアスに、そして情緒的に描かれている。

スーパーマン役も英俳優ヘンリー・カヴィル氏が務めた。米俳優の故ジョージ・リーヴス氏や故クリストファー・リーブ氏のような米国的キャラクターは、現代のスーパーマンにはそぐわなくなったのかもしれない。

唯一のスーパーパワーでなくなった米国でも、その他の国々でも、スーパーマンが自明のスーパーヒーローとしては受け入れられなくなっている現実を『マン・オブ・スティール』は如実に物語っている。

バットマンの苦悩を描いた映画『ダークナイト』の英出身映画プロデューサー、クリストファー・ノーラン氏が製作。米映画監督ザック・スナイダー氏が監督を務め、道徳的なジレンマ、「真実と正義」のシンボリズムを問い直している。

苦悩なきスーパーヒーローとしての米国は現実の世界でも、映画の世界でも、もはや存在しない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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