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見る見られる映画なら『裏窓』か『仕立て屋の恋』を。『ウォッチャー』の失望(ネタバレ)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
映像は綺麗。お話は「恐怖に立ち向かう」部分に無理があった

窓越しに見る、見られることでサスペンスやスリラーが生まれる。その好例が名作『裏窓』と『仕立て屋の恋』。似た設定の『ウォッチャー』なのだが、お話がご都合主義に過ぎた。

※この評には少しネタバレがあります。

『ウォッチャー』は最近よくあるスリラーやホラーのパターンを踏襲している。

●始まりは引っ越しから

仕事の都合か、家庭の事情か、単に気分一新をしたいなどの理由で、引っ越して来る。で、新居が幽霊屋敷だったり、隣人に変な人がいたりする。

●「男」は頼りにならない

主人公は女。夫や子供はいたり、いなかったりする。夫はいても不在。

警察は役に立たない。

訴えても「妄想なのでは?」などと信じてくれず、「事件が起きないと動けない」とか取り合ってくれない。夫も警察と同意見である。警察も広義の「男」で、女の敵ではないが味方でもない。

以上の2つのパターンに『ウォッチャー』ならではの特殊事情が加えられている。

●カーテンの無い巨大な窓

新居にはアパート全体を見渡せるほどの巨大な窓が付いている。しかもカーテンが無く、向かいのビルから丸見えだ。外からの視線から逃れる場所と言えば、トイレくらい。

この見え過ぎてしまう窓がトラブルの原因になるわけだが、窓は不自然なほど大きく、家具はもちろん食器まで付いているアパートなのに、カーテンだけが無い不思議――。

これはもしかすると、カーテンを閉められたらお話が始まらないからではないか。だとすると、あまりにご都合主義である。

●知らない異国

舞台は初めて訪れたルーマニア。主人公はルーマニア語をしゃべれない。より孤独感が強まる仕組みだ。

『ウォッチャー』の1シーン
『ウォッチャー』の1シーン

●女優という職業

主人公の職業に女優という、見られる職業を選んだのは偶然ではないのだろう。隣人もまた、見られる職業の人であることだし。

あと、女優の夢を捨てて夫について来たことにも何か意味があったのかもしれない(男は女の夢の阻害者?)。

だが、こうしたことはあまり物語に活かされていない。

●特に無能な警察

ご近所周りで(徒歩圏くらい)連続的に凶悪犯罪が起きているのに、捜査が甘々。変な男がいる、という最重要情報にも動かない怠慢さ。

ルーマニアってこうなのだろうか? いや、そんなわけがない。

お話は「そして、ついに孤独な女は独力で解決しようとする……」という方向へ誘導されるのだが、無理がある。強い女を描くために、夫をダメ人間にして、警察を間抜けにしたようにみえてしまうのだ。

『ウォッチャー』の1シーン
『ウォッチャー』の1シーン

異国で、女一人で、「男」に脅かされている主人公の恐怖はよく描けていた。

だが、恐怖に立ち向かうことを決めた主人公がやることは、ただただ、無謀で危なっかしい。あれで強い女も賢い女もない。

■恐怖を実感できる女性なら高評価か

「窓」から見たり、見られたりしたことで物語が始まる映画には名作がある。

『裏窓』(ヒッチコック)と『仕立て屋の恋』(パトリス・ルコント)である。

どちらもお話が良くできている。どんでん返しがあって緊張感は最後まで維持され、クライマックスですべての謎が鮮やかに解き明かされる。

『ウォッチャー』の1シーン
『ウォッチャー』の1シーン

対して『ウォッチャー』のお話はシンプル。「恐怖」と「恐怖に立ち向かう」の二本立てである。

ただこれ、女性視点で見ると、常に男の視線や暴力に脅かされている側からすると、「恐怖」の部分は共感できて身につまされるから、評価は変ってくるに違いない。

※写真提供はシッチェス・ファンタスティック映画祭

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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