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“私はスター”で“夢は叶う”はずなのに…。シッチェス映画祭(2022)最高作『パール』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
作り笑顔は、私たちが語る嘘物語の象徴。C:Christopher Moss

「私はスターよ!」。号泣する主人公の叫びである。世の中にあふれる甘い誘惑。まともに信じたらどうなるか? パールになるかも。

『パール』(Pearl)は、昨年のシッチェス・ファンタスティック映画祭で見た三十数本の中で個人的にはナンバー1だ。スプラッター的にも良いけども、今の世の中のパロディになっている点が素晴らしい。

■夢を売る大人が反省したくなるお話

『パール』の1シーン。C:Christopher Moss
『パール』の1シーン。C:Christopher Moss

私たちは知っている。

誰もがスターになれるわけではない。才能は平等に与えられるわけではない。夢は常に叶うわけではなく、むしろ叶わないことが多い。

だから、地に足をつけて生きよう、と。

私がメッシに憧れたら、メッシになれるだろうか? なれるわけがない。たとえ、朝から晩までボールを蹴り続けても。

「天才」、つまり才能は天から授けられる。で、その授け方は残念ながら平等ではない。メッシは天才だけで作られたわけではないが、天才がなければメッシには絶対になれない。

パールはスターになれると信じた。

「望めば何でもできるさ」とか「夢を誰にも邪魔させるな」とか「人生は自分だけのもの」とかの甘い言葉にもたぶらかされて。

■肥大した自意識がモンスター化する

パールが客観的に自分を見る目を持っていれば、早々に断念していただろう。

「私の容姿じゃ駄目だな……」と、別のもっと現実的な目標に変更していただろう。それが「大人になる」ということである。

スターじゃなくて、スターを支えるショービジネス界を目指すとかね。

だが、世の中の甘言が、無責任なアドバイスが、そして何よりも「肥大した自意識」が、それを許さなかった。

『パール』の1シーン。C:Christopher Moss
『パール』の1シーン。C:Christopher Moss

「私は特別なの」。パールがそう断言するシーンがある。

「特別」、これが重要キーワードである。

特別だからスターになれる、と思う分にはまだあまり害がないのだが、普通の人たちの普通の(小さな)幸せを軽蔑し始めたり、並みの人とは違う私にこんな生活は似合わない、と家族を憎んだり、家出をくわだてたりし始めると「有害」になっていく。

自分の人生だけでなく、周りにも害を与えるようになっていく。

「大人が止めろよ」と私は思うのだが、最近は子供(のメンタリティ)に“理解がある大人”が多いのと、子供と親に夢を売ることが商売になっているので、ブレーキが利きにくくなっている。

■エンドロールで喝采。文句無しの主演女優賞

『パール』で最初に目を引くのは、色と音楽だろう。

クレジットの字体や場面転換のやり方も含め、様式美は昔の良き映画のスタイルを踏襲している。

『パール』の1シーン。C:Christopher Moss
『パール』の1シーン。C:Christopher Moss

登場人物は善人ばかりで、悪人は勧善懲悪のためにのみ登場し、家族の絆と愛が大切にされ、楽観的で、必ずハッピーエンドに終わる、というお話である。

つまり、自意識肥大のモンスター、パールは現代社会のパロディで、作品の見せ方はクラッシックのパロディだと言える。

で、両方の笑いに共通するメッセージは、“現実はお花畑ではない”である。

『パール』の1シーン。C:Christopher Moss
『パール』の1シーン。C:Christopher Moss

パール役のミア・ゴスはシッチェスで主演女優賞を受賞したが、これは文句なし、満場一致だったろう、と想像する。

私が見た回では、エンドロール中も演技を続ける彼女に対し、足を止めたお客さんから自然に拍手が起こっていた。

ファンタジーの世界では、ディズニーのアニメの女性主人公のように振る舞うパールが、現実世界ではモンスターに変化していく。それを表情の変化、声の変化、口調の変化だけで表現し切るところが素晴らしい。

この作品は彼女無くして存在し得なかった。

『パール』の1シーン。C:Christopher Moss
『パール』の1シーン。C:Christopher Moss

ちなみに、『パール』の後日談と知らずに『X エックス』を見たが、私には『パール』の方がはるかに面白かった。なので、『X エックス』を楽しめた人はもちろん、楽しめなかった人もぜひ『パール』を見てほしい。

↓『X エックス』の予告編

※写真提供はシッチェス・ファンタスティック映画祭

ポスターも昔の良き映画風
ポスターも昔の良き映画風

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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