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ベネチアでの旅行者殺しを正当化すべきか? 映画『ベネシアフレニア』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
もともとベネチアは仮面だけで奇怪であり、ホラーの舞台に向いているが

旅行者は少数であれば無害で、むしろ歓迎すべき存在だが、大量に訪れると公害になる。前回、民泊について書いたが、民泊は観光公害のいちファクターに過ぎない。

本当は怖い民泊、映画『スーパーホスト』

キャパを超えた数の旅行者がもたらすのは、住民向けアパート不足、家賃と地価の高騰だけではないのだ。

■旅の恥はかき捨てツアーもあり

騒音、私有地への不法侵入、ゴミのポイ捨て、落書き、器物損壊、立小便、公での破廉恥な行為……。最後の2つは日本ではあまり聞かないかもしれないが、欧州では普通にある。

例えば、スペインのビーチへは金のない若者が酔っ払って破廉恥な行為をするためだけの、旅の恥はかき捨て週末弾丸格安ツアーというのがあり、バルセロナ、マジョルカ、バレンシア、マラガ、カディスあたりでは大きな問題になっている。

こうした観光公害の都にして、アンチツーリズム(反観光)運動の聖地となっているのが、イタリアのベネチアだ。

■京都とは比較にならないベネチア

観光公害と言えば、日本では京都が有名だが、その害悪は比べものにならない。数字で見てみよう。

京都市:人口147万人、面積830平方キロメートル、年間観光客5000万人

ベネチア(島しょ部):人口5万人、面積8平方キロメートル、年間観光客2500万人

ベネチアと言えば運河で、観光エリアは干潟の上に作られた狭い島々のみ。結果、京都の100分の1ほどのエリアに、1年で人口の500倍の観光客が殺到する異常事態となっている。京都に観光公害があるとすれば、ベネチアのそれはとんでもないことになっているのだ。

2012年に作られた観光公害を告発するドキュメンタリー『ザ・ベニス・シンドローム』の予告編はここ

■巨大クルーズ船への規制は成功するか?

特に敵視されているのが、巨大クルーズ船である。

1隻あたり3000人の観光客を満載して入港。数時間から数日の滞在中、観光客はサン・マルコ広場やリアルト橋などを忙しく駆け巡り、大渋滞をもたらす。それでいて、食事付き、宿泊付きなので地元にほとんどお金を落とさない。

しかも、船の方も大気汚染、海洋汚染元凶だとされる。

そんなクルーズ船が2018年には1日あたり2隻、ベネチアを訪れていた。

映画『ベネシアフレニア』の予告編↓

今年から巨大クルーズ船の入港が禁止され、観光客にも入場料を課すことで、観光客数を適正化しようとしている。

これまで何度も制限令が出されたが実行されずじまいだった。政界と経済界が一体となったお金儲け側と、被害者である住民側では力の差があり過ぎるからだ。

ベネチアの動向を、外国人観光客の数で世界2位のスペイン(12位の日本の2.6倍)も見守っている。

■↓ここから少しネタバレ注意

映画には「旅行者、それは今世紀の害虫である」というセリフがある。フィクションだから旅行者殺しのシーンもある。

だが、観光公害→アンチツーリズム→観光客(特に外国人観光客)殺し、という流れに持っていくのは、アレックス・デ・ラ・イグレシア監督もためらいがあったようだ。

アンチツーリズムまでは正当化できても虐殺の正当化はできない。舞台や設定がフィクションの世界ではなく現実の社会問題であるからこそ生まれる迷いである。

よって、唐突に秘密結社をでっち上げている。普通の人ではなく、秘密結社のせいである、と。

アンチツーリズムの流れに乗った物語ながら、最後のところでアンチツーリズムを切り離している。アンチツーリズムを悪者にしない、というのは監督の誠意だと思うが、結末のスッキリ感を阻害してしまっている。

社会問題をホラー化することの難しさである。

アレックス・デ・ラ・イグレシア監督(C)Chus Garcia
アレックス・デ・ラ・イグレシア監督(C)Chus Garcia

※写真はシッチェス映画祭提供。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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