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現実がSFに追い着きつつある。映画『アーカイヴ』(ネタバレ)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
映画『アーカイヴ』の一場面

もし私の彼女が亡くなったとする。

で、嘆き悲しむ私は、彼女に何とか会いたいと思い、彼女との手紙、メール、チャット、会話録音、ビデオのすべてを渡して「チャットボット」(自動会話プログラム)を作ってくれ、と依頼する。

毎朝いつものように、私のスマホにおはようのチャットが届く。彼女は「ヒロ、おはよう!」とは言わない。2人だけの呼び名××を使って、「××、よく眠れた?」とある。絵文字の選択も使い方も、彼女の癖をよく再現してある。

私は彼女がもうこの世にいないことはわかっている。が、それでも興味にひかれて、聞いてみる。

「ねえ、去年の今日どこへ行ったか覚えている?」

「アルハンブラ宮殿に上ったっけ。寒かったよねぇ」

■チャットボットでなら故人との会話も可能?

チャットボットには文字情報だけでなく、スマホの位置情報も入っている。当日の天気もすぐわかる。お互いの年齢、職業などのプロフィール、検索履歴、購入履歴などから趣味嗜好や思想的傾向まで把握している。

誕生日にはもちろん、「おめでとう!」の祝福が届き、「でも、プレゼント嫌いでしょ。だから何もあげない!」なんて可愛く添えてある。毎年繰り返した会話。私のリアクションを先回りするくらいのことは朝飯前だ。

意地悪をして記憶にないことを質問してみる。すると「よく覚えてない。何だっけ?」ととぼけてくる。で、誘導尋問に乗って、「○○じゃないか」と言うと「ああそうか!」と返ってきて、「ところでさ、最近あのレストランのお寿司食べた?」と記憶部分へ再誘導されて、会話は続いていく……。

これくらいのことは近い将来できるのではないか?

『アーカイヴ』の一場面
『アーカイヴ』の一場面

■機械が嫉妬する?それは誤解なのだが

会話の精度と彼女の再現性は提供したデータの量次第だろう。

遠距離恋愛の期間が長かったので文字データはかなり残っている。これに、長電話もデータ化されているとして、それを加えるとかなりリアルなやり取りができそうだ。

数日連絡を取らないと、「もう嫌いになった?」なんて拗ねてもくるだろう。

ロボットが嫉妬しているわけでは、もちろんない。会話歴から、私からの連絡が途切れた時の典型的な会話を再現してみせているだけだ。

喧嘩に発展するのか、それとも「もう私はいないんだから、好きな人ができても仕方ないけど……」と返ってくるのかは、設定時に死を自覚させるのか否かによるだろう。

■倫理的な問題はもちろん、「ある」

これ、書いていて思ったが、相手が機械だとわかっていても、結構続けてしまうかもしれない。やり取りを続けるうちに、リアルに向こうにいる彼女を思い浮かべてしまうのではないか。

結局のところ、行間を読み、言葉足らずや沈黙を埋めるのは、私の想像や思い入れなのだ。良い方に良い方に解釈していくのは、恋愛時の法則である。

倫理的には、過去にすがりつくこと、虚構にしがみつくことは良くない、とは思う。が、それも、次の人生へ踏む出すために背中を押させる問答が入っていて、過去を吹っ切るために使うのであれば、問題ないのかもしれない。

■次はビデオチャット、というのは自然な流れ

チャットの次は顔を見たくなるだろう。

文字ではなく彼女の声で話し掛けてもらいたい、と願うのは自然なことだと思う。画面からはスマホやパソコンの前の彼女が心配そうだったり、笑っていたりするのが見える。ビデオチャットである。

音と映像は劇的にボットとの関係を変えそうだ。感情移入の具合がぐっと上がってしまいそうな気がする。そう認めながら私自身、ためらいがあるのは、顔が見えても相手は機械であり、会話と交流は本物らしくしてある偽物であるからで、そんな偽物の機械に思い入れしそうで怖いからだ。

そうして、文字チャット、ビデオチャットときたら、次はもう3次元しかない。モニター越しではなく彼女に実際に会うしかない!

■2次元の次は3次元。2つの方法

3Dには2つの方法がある。

一つはより簡単な方法、VR(バーチャル・リアリティ)を使うことだ。

韓国のテレビ局MBCは『君に会った』という「VRヒューマンドキュメンタリー」番組を制作している。これは家族の願いで亡くなった人を再現しVR空間で交流させて、きちんとお別れをさせよう、というものだ。

あるエピソードのプロモーション用にビデオが上がっているので見て欲しい。

今の技術でもここまで再現でき、交流できるのだ。

ただし、この番組では故人のリアクションには人工知能を使っておらず、動きも同じような背格好の実際の人の動きをトレースしたもの。シナリオを作り、そのシナリオに沿った映像をあらかじめ用意して、家族の反応に合わせて映像を挿入していく、という形を採っている。

つまり、機械任せではなく人間がかなりの部分介入しているわけだ。多分、人工知能の反応にも、ゴーグルをかぶって登場する家族の反応にも、コントロールし切れないものがあるからだろう(リハーサルするわけにはいかない)。

これをテレビ番組にしていいのか?という議論はあっていい。だけど、こんなふうに再現されれば私は泣いてしまうだろう。

もう一つの3Dの彼女に会う方法は……。その答えは、ぜひ映画『アーカイヴ』を見てほしい。

やっぱり彼女に触れたくなってしまう
やっぱり彼女に触れたくなってしまう

※残念ながら終わってしまったが、日本未公開作に鑑賞の機会を提供する貴重なイベント、『未体験ゾーンの映画たち』のホームページに『アーカイヴ』の予告編が上がっている。

※写真提供はシッチェス・ファンタスティック映画祭

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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