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『デヴィッド・リンチ:アートライフ』。変な映画を作るも…、極めてまっとうな芸術家人生(ネタバレあり)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
映画監督が芸術を撮っているのではなく、芸術家が映画を撮っていることがよくわかる(写真:Shutterstock/アフロ)

友人に勧められて10月から11月にかけて『ツイン・ピークス』シリーズ全48話をまとめて見た。その感想を彼らと話そうとしたら、みんなシーズン3の途中で見事に挫折していた。梅干しみたいな顔の木とか、目が縫われた裸の女とか、突然踊り出すオードリーとか……。「話がちんぷんかんぷんでよくわからない」と。

そんな変な作品を作るデヴィッド・リンチの人生を追うドキュメンタリーとなると、やはり注目は、なぜ変な人間になったのか?という点だろう。創作の方向性を常人と異なるものに捻じ曲げたトラウマとか、幼少・青年時代の恐るべき経験といったものが明らかになる、と期待するのが自然である。

だが、そんなものは『デヴィッド・リンチ:アートライフ』には出て来ない。

アートな良き人生

変な作品を作る人は変な人ではなく、極めて健全に生きてきた人間に過ぎない。

芸術的センスというのは生まれや育ちとは関係なく存在するものらしく、グロテスクなモチーフが詰まっているはずの頭と心が、普通の生活を送るのに支障になっている様子はない。タバコが好きなようだが子供の前では吸わないし、アルコールやドラッグに溺れてもいない。若い時にマリファナ程度はたしなんだようだが、酔って交通事故を起こしかけて懲りた、なんて常識的なエピソードもある。

作風に見合った破滅的な生き方を期待していたのだが、まるで仕事をするようにアトリエに籠って勤勉に作品を作り続け、そのかたわら子供をあやす優しいおじいちゃん。まさにアートライフ。芸術に捧げた日々、良き人生である。

裕福な家庭、優しい両親

幼少期の姿がカラー映像に残っているほど家庭は裕福で、仲の良い父母の愛情をたっぷりと受けて健やかに育った。

ハンサムな上に健全な肉体の持ち主でもあった彼は、ボーイスカウトで賞なんてもらっている。その一方で、もちろん芸術的な才能にも恵まれており、「クリエイティブさを阻害するから」と母親はデヴィッド少年にだけ塗り絵を禁じていたらしい。ネズミや小鳥の死体や腐乱した果物を用いた作品作りに没頭した時期も確かにあった。だが、それは一時の過ちのように見える。

リベラルな両親は、芸術の道に進みたいと言う息子に理解を示し、本人は数々の賞を勝ち取って自ら道を切り開いていく。ビデオと出会って映像を表現方法に加え、自主映画『イレイザーヘッド』が成功し、長編映画のオファーが舞い込む……。

彼の歩みに小さな挫折はあっても大きな挫折はない。変な作品を作るのも才能ではあるが、それ以上に、変な衝動を抑え込む才能というか、常識と非常識のバランス感覚が優れているように思う。

芸術家というもののあり方、デヴィッド・リンチというイメージと実像の違いが楽しめる。映画監督が芸術を撮っているのではなく、芸術家が映画を撮っていることがよくわかる。『ツイン・ピークス』シリーズ3で挫折した人にもぜひ見てほしい。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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