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待たれる日本公開『The Cured』。ゾンビ“健康保菌者”の社会復帰はどうあるべきなのか?

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
病気だった頃の主人公。今は本当に甥っ子思いなのだが。写真はシッチェス映画祭提供

ゾンビがビールスによる病だとする。ビールスが源である限り、治療薬が作られる可能性がある。主人公の活躍によって治療薬が発見されれば、それでめでたしめでたし、だと思っていた。『ワールド・ウォーZ』はワクチン発見でハッピーエンドだったし、私もそう思っていた。

だが、ゾンビが治ればそれで万事OKなのか? いや、そんなに単純ではない。

治療によって生まれる、数十万人規模の“元ゾンビたち”の社会復帰をどうするのか? 社会は、家族を殺し友人や隣人を殺した元ゾンビたちとの共存という、新たな大問題に直面するのである。

元ゾンビたちに責任能力は問えない

元ゾンビたちを収監するわけにいかないのは、明らかだ。心神の完全な喪失状態にあった彼らに責任能力はなく、殺人罪や傷害罪は問えない。

よって、治療とリハビリが終わると彼らは家族を頼って地域社会に戻って行く。だが、感染時に最も身近な者を襲っている彼らの犠牲者は、必然的に家族であることが多い。人道的な見地から言って、社会は無罪の元ゾンビたちを両手を広げて受け入れるべきだろう。

だが、責任能力論や人道論の正しさは認めるが、実際問題として、例えばあなたの父親を殺した元ゾンビの弟に、あなたは自宅の扉を開くことができるだろうか? 元ゾンビの弟をあなたの息子と一緒に留守番させることができるだろうか?

元ゾンビたちに注がれる差別の視線

以上のような問いに対する多くの家族の答えは、あなたの想像通りノー。

家族が当てにできないとなると、政府は何らかの収容施設を用意しなければならなくなる。最初元ゾンビの受け入れを認めた家族であっても、近所や学校、勤め先で除け者にされたあげくに止むを得ず収容を依頼するケースもあるし、あるいはそんな家族を見かねて本人が収容を望むケースも出て来る。

行政は、家族に見捨てられた天涯孤独の者たちが路頭に迷うことのないようにと支援する一方で、自立をうながすために職業を斡旋する。だが、元ゾンビたちを雇用しようという心の広い者は少ない。感染前は高学歴、高収入、社会的地位の高い人物だったとしても感染後の職場復帰は不可能。ろくな仕事が回って来ず、社会復帰はまったく進まない。

気晴らしに外出しても、元ゾンビであったというだけで街頭でも誹謗中傷を受け、暴力の対象とされる。

念のために言っておくが、元ゾンビとはいっても外見的にも知性的にもまったく普通の人間と同じ。感染したのだって本人の落ち度ではなく、今流行の自己責任、自業自得などではまったくない。

健康になった元ゾンビ。この通り人間と同じである
健康になった元ゾンビ。この通り人間と同じである

ハイブリッドは通常は救世主だが…

一般のゾンビ映画では「人間VSゾンビ」という対立の構図だが、この映画では3つの関係がある。

「人間VS元ゾンビ」、「人間VS現ゾンビ(治療薬が効かない者も患者の25%はいて完全に隔離されている)」、そして「元ゾンビと現ゾンビ」。最後の2者は敵対関係にはない。現ゾンビは本能的な仲間意識があるのか、元ゾンビを襲わないからだ。

この事実からわかるのは、元ゾンビがいわゆる“健康保菌者”状態にあり、完治したわけではないということ。

100%人間ではない証拠に、元ゾンビ同士には共感し合える特殊能力が備わっているし、運動能力も普通の人間よりも優れているようだ。つまり、元ゾンビは殺人鬼としての既知の過去だけではなく、いつまた再発するかもわからないという未知の恐怖によっても排除されているわけだ。

ゾンビと人間のハイブリッドがワクチンの供給元であったり、特殊能力で問題解決の鍵を握るという設定は珍しくない。

バイオハザードシリーズがそうだし、去年シッチェスで見て今年日本で公開された『ディストピア パンドラの少女』もそう。だが、この『The Cured』では題名通りハイブリッド自体が問題であり、彼らが味方となるか敵となるかで人類の運命は大きく変わる。

ゾンビは比喩だが、立派なゾンビ映画

ここまでこの作品の舞台と設定を紹介してきたが、これ、ゾンビ映画でなくてもまったく良いことに気が付くだろう。

元ゾンビたちを、社会的に排除され疎外される別の人間集団(不当ではあるが、排除には心情的に一定の根拠がある)に置き換えても成立する。

そう、この作品のゾンビは比喩なのだ。それでいて、血の量をケチることはなく残酷シーンもふんだんで十分怖い。で、大いに葛藤させてくれる。私が家族だったらどうする? 私の隣人が元ゾンビだったらどうする? 私が元ゾンビだったらどうする?と。

『The Cured』は、2017年シッチェス国際ファンタスティック映画祭で見た42本のうちベスト1だった。日本での公開が待たれる。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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