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「韓国サッカーよりも日本のほうが上」は正しい?現地記者が教えてくれた“本当の実情”とは

金明昱スポーツライター
代表の各カテゴリーで日本に敗戦が続いている韓国(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

「サッカーにおいては、韓国よりも日本のほうが上なのか」――。

 日韓両国のレベルを比較する報道はよく目にするが、昨年のカタール・ワールドカップ後、特に韓国側から実力の低下や環境面での危機感を煽るようなニュースが飛び込んでくるようになった。

 だが、それは事実なのか。それがどうしても引っかかっていた。

 サッカーにおいて、アジアでは韓国と日本は常にライバル国として、比較対象になることが多い。昨年のカタール・ワールドカップ(W杯)でも日韓ともにベスト16入りを果たしたが、最終的な順位では日本が9位、韓国が16位。グループリーグで韓国はポルトガルに勝利したが、日本は優勝候補と言われたドイツとスペインに勝利する快挙で話題をかっさらった。

 大会を終え、仁川空港で取材に応じた韓国代表DFキム・ミンジェ(ナポリ)が、欧州でプレーする選手が韓国よりも日本のほうが多い現状について語った言葉は、個人的にはとても衝撃だった。

「韓国では欧州進出が難しい。クラブで解決すべき問題が多い。移籍金も高い。Kリーグの選手たちもW杯で活躍した。あえて一言つけ加えるなら欧州クラブからオファーがあれば、気持ちよく送ってほしい。(こうした側面では)日本がうらやましい。日本には欧州組が多く、競争力がある。実際、比較できるものではない」

 さらに韓国代表MFファン・インボム(オリンピアコス)もカタールW杯後に「日本と同じ成績を残したとはいえ、日本ほどの環境が整っているとは思わない。それに日本の選手はどの欧州リーグに行ってもたくさんプレーしている。韓国では選手たちに『なぜ欧州に進出しないのか』『夢がないのか』『お金ばかり追っている』というような声を昔からよく耳にする。しかし、これは選手だけの問題ではないと思う。これからたくさんのことが変わっていかなければいけない」と指摘していた。

 欧州でプレーする主力代表選手が、韓国サッカーの環境面への苦言とも取れる発言には驚きを隠せなかったが、“あえて”日本を比較対象に挙げることで「襟を正してほしい」と韓国サッカー界に訴えているようにも見えた。

 また、近年は代表の各カテゴリーの日韓戦でも敗北が続いていることが、ネガティブな報道につながっている。2021年3月の国際親善試合(A代表)、22年6月のU-16代表(インターナショナルドリームカップ)、同6月のU-23代表(U-23アジアカップ)、22年7月のA代表(EAFF E-1選手権)で、韓国はいずれも日本に0-3で敗北している。今年3月には大学の日韓定期戦「デンソーカップ」でも、0-1で韓国が敗れている。

 一体、何が問題なのか。現地記者3人に韓国サッカーの実情について詳しく聞くことができた。

2021年3月の国際親善試合で日本に0-3で敗れた韓国
2021年3月の国際親善試合で日本に0-3で敗れた韓国写真:西村尚己/アフロスポーツ

Kリーグの“U-22ルール”が弊害?

「スポータルコリア」のキム・ソンジン記者は、「実際に、日本が韓国よりも実力が上だという声は出てきています。やはり昨年のU-23アジアカップで、韓国が0-3で敗れた試合の影響が大きいと思います。日本は韓国よりも2つ下(U-21)の選手たちが大会に参加しましたが、それでも韓国に完勝しましたから」と振り返る。

 仮に韓国が敗れるにしても、この3点差での敗北は個人的にも衝撃だった。その上でキム記者は、Kリーグの実情についてこう指摘する。

「プロのレベルでは、韓国の24歳以下の選手の中で、優れたプレーヤーが少なくなってきています。Kリーグは22歳以下の選手を義務的に出場させる規定の“U-22ルール”が2013年からスタートしました。これは若い選手たちの出場を保証して、育成しようというものでが、実際には前半戦に少しだけプレーして、交代することが多い。若手はとりあえず試合には出られますが、昔のように先輩を実力で押しのける若い選手が出てくるのは珍しいケースとなりつつあります。一昔前は元韓国代表FWイ・ドングッやイ・チョンスのように19~20歳でプロ入りし、すぐにレギュラーポジションを勝ち取った選手がいましたが、最近はそうした選手は出てきていません」

 Kリーグの“U-22ルール”について、もう少し詳しく説明すると、22歳以下の選手1名を必ずスタメンで起用しなければならない。さらにサブメンバーも1名以上含むことが義務化されている。また、1試合における交代枠5名をすべて使い切るには、22歳以下の選手が2人以上、先発出場するか、もしくはベンチ入りした選手が、交代で入ることが条件となる。

韓国代表MFイ・スンウもツイッターで苦言

 これによって実際に起こる弊害が、キム記者が先に述べたように、規定を守るために22歳以下の選手を短時間だけ起用して交代させること。これが「若手の成長につながるのか」と疑問視されている部分は確かにある。先月には韓国代表MFのイ・スンウが自身のツイッターで「韓国のU-22規定は理解できない。試合で22歳以下の選手2名を義務的に入れないといけないのだが、それならなぜ35歳以上の選手を入れる規定はないのか。世界のどの国がこんな規定を設けているのか」とスペイン語でつぶやいていた。

 スペイン語での発信は、世界のサッカーファンに母国の現状を知らせようという目的なのだろうが、イ・スンウも早くから海外でプレーしてきた経験があり、実力でポジションを勝ち取る難しさを知っている選手で、どこかで「甘い」と感じているのかもしれない。

 Kリーグの若手が仮にそこまで実力がなくても必ずスタメンが保障されているとすれば、もしかしたら努力をしなくなくなったり、向上心も低下するかもしれない。ただ、一方でこの規定でチャンスをものにしている若手が台頭しているのも事実で、一長一短の規定だとは感じる。

昨年7月のE-1選手権でも韓国は日本に0-3で敗れている(写真提供・JFA)
昨年7月のE-1選手権でも韓国は日本に0-3で敗れている(写真提供・JFA)

Kリーグクラブから欧州行きは難しい?

 長らくサッカー取材に携わる「中央日報」のパク・リン記者も「韓国よりも日本が上という声が出ている理由は一つや二つではなく、様々な要因があると思います」と話す。

「そもそもの話として、韓国は日本よりも人口が少なく、登録選手は10倍ほど差(韓国は約9万人、日本は約90万人)があると思います。ですが、日本のサッカー環境がシステム化され、レベルが高くなっているのも知っています。韓国もユース世代では世界で通用するような選手は出てきていますが、近年のアンダー世代の試合を見ると日本ほどではないのかもしれないと感じる部分もありました。韓国代表でいえば、ソン・フンミン(トッテナム)やイ・ガンイン(マジョルカ)のような実力が突出した選手に依存している部分も少なからずあるでしょう」

 そこでパク記者が指摘したのは、JリーグとKリーグクラブの欧州進出における構造や温度差があることについて。

「Jリーグクラブは選手の実力と希望が見合えば、欧州に送る印象がありますが、Kリーグはクラブの状況と移籍金を先に考慮するため、チームが選手を快く送リ出すケースはそう多くはありません。カタールW杯が終わり、冬の移籍市場で欧州1部リーグに進出したJリーグ選手は8人であるのに対し、韓国はカタールW杯の予備メンバーだったオ・ヒョンギュがセルティックに、W杯直前にケガでメンバー入りできなかったDFパク・ジスがポルトガルのポルティモネンセに移籍しましたが、この2人だけです。日本サッカー協会がドイツのデュッセルドルフに欧州拠点を作ろうとしているニュースも見ましたが、学ぶべき点は多いと思います」

パク・チソンもその差を認める日韓欧州組の数

 一般的には、Kリーグクラブから韓国の選手が欧州クラブへ移籍の話が舞い込んできた場合、クラブ側の抵抗感や移籍金の高さが弊害になるとよく聞く。実際にカタールW杯のガーナ戦で2点を決めたFWチョ・ギュソン(全北現代)は、W杯での活躍が認められ、いくつか欧州クラブからのオファーがあったが、最終的にはどこにも決まらなかった。所属クラブの全北現代は「選手の意思を尊重した」と説明していたが、2023年シーズンの貴重な戦力を失うことに難色を示した部分もあったに違いない。

カタールW杯のガーナ戦で2ゴール決めたFWチョ・ギュソン(右)は今夏に欧州進出を希望しているが…
カタールW杯のガーナ戦で2ゴール決めたFWチョ・ギュソン(右)は今夏に欧州進出を希望しているが…写真:ロイター/アフロ

 元韓国代表MFパク・チソン(全北現代テクニカルディレクター)も韓国メディアに向けて「日本がカタールW杯でいい結果を残せたのは、欧州でプレーする選手がたくさんいたという部分がある。韓国と日本の欧州組の数を比較すると、かなりの差がある。韓国には欧州で活躍しているソン・フンミンやキム・ミンジェがいるが、最終的には代表チームのすべての選手がそのレベルまでに上がることで、W杯で高い位置を望めると思う」と語っていたが、この差を埋めるにはまだまだ時間がかかるだろう。

韓国選手の欧州進出を阻む「兵役問題」

 忘れてならないのは韓国サッカー界が長年抱える“兵役”の問題だ。前述したチョ・ギュソンの欧州行きの話が出たのも、彼が2021年から軍隊チーム「金泉尚武」でのプレーで兵役を終えていたのも大きい。

 スポーツ専門メディア「HIDDEN K」のリュ・チョン編集長は「どうしても海外組に関しては軍隊の問題があります。海外クラブも軍隊に行っていない若い選手は連れて行くのは難しく、だからといって兵役を終えた選手では年齢も高くなっていますからね」と説明する。また、「スポータルコリア」のキム記者も「韓国の選手は欧州に行きたくても、軍隊の問題が大きな壁になります。キム・ミンジェもファン・インボムも2018年アジア大会の金メダルで、兵役免除になりましたし、それがなければ現在のように欧州でプレーできていないでしょう」と語る。

 そういう意味では、ソン・フンミンも18年アジア大会の金メダルを獲得して、兵役免除となっていなければ、プレミアリーグ得点王になれていなかったかもしれない。いずれにしても、話を聞くと様々な韓国サッカー事情が複合的に絡み合い、それが現在の「日韓戦」の結果に表れているように思えた。

ソン・フンミンはアジア大会の金メダルで兵役免除となり、プレミアリーグでの今の活躍がある
ソン・フンミンはアジア大会の金メダルで兵役免除となり、プレミアリーグでの今の活躍がある写真:ロイター/アフロ

「日本に負けている」と考える人は多くない

 ただ、リュ・チョン編集長にはそこまで悲観的には映っていないようだ。

「韓国代表選のキム・ミンジェ選手とファン・インボム選手の発言は、韓国のサッカーが弱くなるからと出た発言ではないと思います」。これはどういう意味なのか。

「近年、韓国は底辺拡大とKリーグの盛り上がり、代表チームの成績も決して悪くはありません。日韓戦だけの結果にとらわれるとネガティブになりがちですが、これは韓国の現実を明確に比較する相手、もっとも強いメッセージを発信できる比較対象が日本なので出てきた言葉だと考えるのが正しいと思います。韓国サッカー界も日本が持つ組織力とユースシステム、さらにはJリーグを中心とした産業規模については見習うところも多いと認めています。だからといって、代表チームのレベルが『日本に負けている』と考える人は多くはありません」

 アジア内における“日韓”の比較論や両国の試合結果だけにとらわれず、もっと広い視野で論じるべきという視点が、もっとも正しい見方なのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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