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北朝鮮でサッカーW杯は本当に開催可能なのか?FIFA会長の言葉の“真意”と“現実味”を考える

金明昱スポーツライター
金日成競技場で練習中のサッカー北朝鮮代表(写真は2017年、筆者撮影)

 カタール・ワールドカップ(W杯)が開幕し、選手たちの熱戦とサポーターの盛り上がりが連日報道され、否が応でもサッカーの話題は尽きることがない。

 一方で、国際サッカー連盟(FIFA)が、性的マイノリティ(LGBTQ)を支持するアームバンドの着用を禁じたり、W杯の建設現場で働く外国人労働者の死者が多数出ているとの批判の報道も目立つ。こうした国際大会の陰で“泣いている”者がいるのを認識する機会は、そう多くないとも感じさせてくれる。

 11月19日、W杯開幕前日の会見でFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長が、こうした批判の声に反論した内容が大きく報じられていたが、その中に朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)を引き合いに出すコメントがあったのが気になった。

「FIFAはサッカー団体であって政治団体ではない。我々は人々が手を携えて助け合うことを望んでいる。どんな国でもW杯を開くことができ、北朝鮮が開催したいと言っても同じこと」

 さらにこんなエピソードも話していた。

「訪朝は結局、成功的な結果にはつながらなかった。それでも参加だけが真の変化をもたらすことができ、FIFAは世界を統合する組織としてあり続けることを望んでいる。我々はそれぞれ異なる宗教・歴史・背景を持っているが同じ世の中に生きている」

 つまり、独自の体制を維持する“北朝鮮”でもW杯を開催する余地はあるというアピールだが、そこからは数々の批判をぼやかそうという意図も見え隠れする。

W杯の“南北共催”は非現実的か

 では、実際のところ北朝鮮でW杯は開催できるのか――過去の現地取材などから考えてみたい。

 FIFAのインファンティーノ会長は2019年10月15日に北朝鮮を訪問し、カタールW杯アジア2次予選の南北対決を観戦した。その際に「朝鮮民主主義人民共和国サッカー協会」の幹部たちと会い、平壌国際サッカー学校(アカデミー)も視察。そこでは2023年女子W杯の南北共同開催に向けた話し合いがなされたという。

 結果、共催自体の話は消滅し、協議もうまく進まなかったのは言うまでもない。分断国家の北朝鮮と韓国が共催でW杯やオリンピックなどの世界的な国際大会を開けたならば、その意義は大きいが、現実的には厳しいと言わざるを得ない。

 W杯を開催するならばまず、スタジアムの問題がある。代表的なのは平壌市内にあるマスゲームで有名な15万人を収容する「メーデー・スタジアム(綾羅島5・1競技場)」とW杯アジア予選でも使用される「金日成競技場」が有名だが、そのほかにも羊角島(ヤンガクト)サッカー競技場、西山サッカー競技場、東平壌競技場などがある。

 地方にも競技場は多数あるが、それらを改修工事して国際規格を満たす必要があるほか、公共交通機関やホテルなどのインフラ整備にも大いに時間がかかる。

 北朝鮮での海外からの観光は可能とはいえ、そもそも外国人が“自由”に外出するのは禁止されている。欧米や中国からのビジネスマンも多く、観光客も受け入れているが、現地の案内スタッフと共に行動する必要がある。つまり、多くのサポーターが自由に行動できない事実を考えると現実味がない。

 余談だが、お酒はカタールのようにNGではない。思い出すのは、名物の大同江(テドンガン)ビールが芳香で喉越しも爽快だったこと。ドイツの技術を取り入れて作られているとして、とても美味しかったのをよく記憶している。

 話がそれたが、仮に北朝鮮でW杯が開催されたとしたら、選手や限られた一部のサポーターだけが、ホテルとスタジアムだけを行き来するというようなやり方であれば可能なのかもしれない。それでも、大いに盛り上がるサポーターたちの姿が見られないとなれば、それはそれで寂しいものだ。

15万人を収容するメーデー・スタジアム(写真・筆者撮影)
15万人を収容するメーデー・スタジアム(写真・筆者撮影)

歴史的な南北戦で起きた予期せぬ出来事

 実際、インファンティーノ会長は、カタールW杯アジア2次予選の北朝鮮対韓国(1990年以来、29年ぶりの平壌での南北対決)の試合を観戦している。当時、こんなコメントを残していた。

「このような歴史的な試合でスタジアムが一杯になるのを楽しみにしていたが、スタンドにファンがいなかったことに失望した。我々もこれに驚いたし、サッカー中継に関連するいくつかの問題と外国人ジャーナリストのビザとアクセスの問題にも驚いた」

 試合は予想外にも無観客で行われ、多くのジャーナリストが現場にいながらスタジアムに入って取材できなかったことなど、予期せぬ出来事が起こっていたことをあとから聞かされ、インファンティーノ会長はどのような思いをしたのかを想像する。北朝鮮でのW杯開催は一筋縄ではいかないと思っただろうし、一方で「いつかは実現してみたい」という感情を抱いたかもしれない。

コロナ禍で国際舞台から遠ざかる北朝鮮代表

 北朝鮮は、カタールW杯2次予選をコロナ禍が理由で、途中辞退しており、来年開催のアジアカップにも出場できない。A代表は長らく表舞台から遠ざかってしまったままだ。

 ただ、北朝鮮のサッカー熱は高く、国やFIFAからの支援も協力的だ。2016年から2018年には代表チームの監督に外国人指揮官(ヨルン・アンデルセン)を招へいして強化を図っていた。FIFAからの「ゴールプロジェクト」などの支援で金日成スタジアムの大幅な改修や芝の張り替えも行っている。

 それに代表チームのトレーニングセンターもFIFAの支援で作られたもので、6面の広大なピッチや宿泊施設、最新のウェイトトレーニングルームも完備。同じ敷地内に協会本部も新たに建設された。

カタールW杯アジア2次予選をコロナ禍を理由に途中で辞退した北朝鮮代表(写真・AFC提供)
カタールW杯アジア2次予選をコロナ禍を理由に途中で辞退した北朝鮮代表(写真・AFC提供)

 北朝鮮代表がW杯に初めて出場したのは1966年イングランド大会(アジア初のベスト8)で、2度目は2010年南アフリカ大会。その後は、実力を見せられないまま国際舞台から遠ざかっている。今は国際情勢的に「サッカーどころではない」というような感じにも受け取れてしまう。

 それでも国内では「朝鮮中央テレビ」が、連日W杯の録画映像を編集して放送(FIFAが韓国の地上波放送局3局から、北朝鮮での放映権を譲り受けて放送)しているというのだから、サッカーは国民にとっても大きな関心事なのだ。

 今年のカタール大会を見ても「どんな国でもW杯を開くことができる」というFIFA会長の言葉には偽りはないはずだ。それでも、北朝鮮開催はまだ遠い未来の話で、それこそ“夢物語”なのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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