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「スクワット2500回」笹生優花の米メジャー初制覇の背景に想像を絶する“虎の穴”

金明昱スポーツライター
全米女子オープンを初制覇した笹生優花(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 笹生優花とは去年2度も対面で話を聞く機会があった。

 初めて会ったのは2020年3月。国内女子ツアーが新型コロナウイルスの影響で中止が決まり、いつ再開となるか分からない状況で、笹生が都内で練習を続けていたときだった。

「しかしよく取材に来たね。うちのところにはほとんど誰も来ないんだからさぁ」

 最近の女子ゴルフの報道を少し皮肉るように話していたのは、笹生の父・正和さん。プロテストに合格して、2020年シーズンはルーキーとして国内ツアーに参戦する注目選手だったが、世間は渋野日向子をはじめとする“黄金世代”や古江彩佳ら“プラチナ世代”の話題で持ち切りだった。

 笹生はどちらかといえば寡黙で、正和さんが娘のことについて色々としゃべっていた。それもしょうがないと思った。その時はまだ18歳。初めて会う人には緊張して当然で、取材には慣れていないのもあっただろう。

 ただ、話を進めていくと饒舌になった。ゴルフにはまっすぐで、夢は壮大。それに父が8歳から課したという過酷な課題もすべてこなしていたのだから驚きだった。

 プロゴルファーになるため、本格的にゴルフを始めたのはフィリピンに移住してからのこと。笹生が「プロになりたい」と父に泣いてせがんだほどで、そこから正和さんも本気になった。

 ちなみに笹生の特徴の一つに、並外れたドライバーの飛距離がある。時に280ヤードを超え、ヘッドスピードは男子並み。実際に彼女のスイングを目の前で見れば、一目瞭然。日本の女子選手には見られない規格外のスイングをしていることがよく分かる。

 あのジャンボ尾崎が笹生のスイングを初めて見た時、正和さんに「どこでどんな練習をしてきたんだ」と問い詰めてきたというエピソードもある。

8歳から徹底した下半身強化

 では笹生は子どもの頃、どんな練習をしてきたのか。聞けばまさに“虎の穴”だ。

「基本的にはランニングと下半身強化のトレーニングです」

 2度目に出会った昨年9月。都内某所の練習場所に案内してもらったのだが、女子選手がこなしていたとは到底考えられない器具と練習内容を聞いて驚かずにはいられなかった。

 そこには強度がそれぞれ違うゴムチューブが何本もあった。8ポンド(約3.628キロ)のメディシンボール、素振りバットなども置かれていた。

「ゴムチューブで腕を鍛えたり、メディシンボールは互いに投げ合います。素振りのバットはスイングですね」

 実際にメディシンボールを持って共に投げてみたのだが、男性でもかなりきつい。バットは1200グラムで、フィリピンにいたころは100回振るのが毎日のノルマだったという。

 さらに80キロのバーベルを担いでの下半身強化も怠らなかった。

 極めつけはランニング。ただ走るだけではない。8歳の少女が250グラムのウェイトを両足につけて走るのだ。それも早朝5時から毎日である。

 今は2キロに増え、オフになればさらに10キロもあるウェイトのベストを着用して走るのだという。これを筆者もつけてみたのだが、あまりにも重すぎてランニングしても数キロも走れないと感じた。

「私はこれを着用して、外に30分歩きます。そのあと50段以上ある神社の階段を駆け上がる。これを10往復するのがルーティーンなんです。ははは(笑)」

 その言葉に絶句していると、さらっと笑いながら言ってのける笹生の明るさに救われたのを今でもよく覚えている。

「アニカの記録に迫りたい」

 少し考えて何を話すのかと待っていたら、とんでもないエピソードが出てきた。

「これを着てからスクワットもやるんですが、最高で2500回やったことがあります」

 普通なら途中で投げ出してもおかしくない。それに父の正和さんも、自分の娘にこんなことをさせていいものかと半信半疑な時もあったという。

「日課をこなせなかったら、ゴルフをやめさせるつもりでした。でも全部ちゃんとこなすんです」

 これを14歳まで毎日続けてきたのだという。強靭な肉体と下半身作りは、決して無駄ではなかった。

 2020年のルーキーイヤーにNEC軽井沢72とニトリレディスでの優勝後も、本人はとてもうれしそうだったが、そこに涙はなかった。

「娘は通過点にすぎないと思っているでしょう」と正和さんは話していたが、確かに笹生は確かにこう言っていた。

「米ツアーで世界1位になることが目標。夢はアニカ・ソレンスタムの記録に迫ること」

 米女子ツアー通算72勝で、そのうちメジャー10勝のアニカに近づきたいと本気で思っているが、そのポテンシャルはあるはずだ。

 英語、日本語など5カ国語を操り、ジュニアの頃から国際経験豊か。海外に友達も多いと聞く。全米女子オープン優勝で、米ツアーメンバーになることも決まり一つ夢が叶った。

 優勝の瞬間は涙していたが、きっとこれも通過点に過ぎないのだろう。「米ツアーで戦う」スタートラインに立った笹生にはこの先、どんなゴルフ人生が待っているだろうか。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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