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「だから今はゴルフをやめられない」――34歳・上田桃子が明かした”引き際”の美学

金明昱スポーツライター
ゴルフへの情熱や魅力を余すことなく語ってくれた上田桃子(撮影・倉増崇史)

「5年くらい前から引退についてはずっと考えています」

 34歳の上田桃子にも、引退のことは常に頭にある。女子ゴルフ人気の火付け役となった宮里藍は現役を引退し、上田としのぎを削った諸見里しのぶはツアーの第一線から退いた。現在、妊娠中の横峯さくらは、出産後もプレーを続けると宣言するなど、同世代はさまざまな道を歩んでいる。

 それでも上田は現役にこだわる。

 今年8月はAIG(全英)女子オープンで自己最高位の6位に入り、10月の日本女子オープンでも3位に入るなど、意欲が衰えることはない。今もなおプレーを続ける理由、原動力は何なのか――。そこには“引き際”の美学があった。

朝から緊張でトイレにいた全英女子オープン

――今年は全英女子オープンで自己最高の6位。反響も大きかったと思います。

 日本に帰ってきてから、「見ていたよ」って言ってくださる人が思っていた以上に多かったです。いろんなことを考えて、全英行きを決断したので、本当に行ってよかったなと思いました。

――結果に一喜一憂せず、プレー中は落ち着いた印象を受けました。

 いえいえ。緊張感マックスでしたよ。日本の試合でもそういう感じになることはなくって。むしろ緊張感ってすごく好きなんです。でも、全英での4日間は毎日、朝からずっとトイレにいるぐらい緊張していました(笑)。

――無観客で開催されましたが何か感じたことはありますか?

 ギャラリーの方々がいない試合は雰囲気や緊張感が全然違います。私はギャラリーのみなさんがいたほうが燃えるし、乗っていけます。奇跡のワンショットって、見る人たちがいてこそ生まれると思うんです。

――その中で結果を残すことができた要因は何でしょうか?

 覚悟を持ってイギリスに行きましたから。キャディをお願いした専属コーチでもある辻村(明志)さんは「この(コロナの)状況で行くの?」という感じで、最初は二つ返事ではなかったんです。最終的には帯同してくれましたが、それなら2日間(予選落ち)で終わらせることはできないなと。自分自身もそうですが、コーチにも「来てよかった」と思ってもらいたい。あとはコロナにかからないようにしないといけないという気持ちが強かったです。それも気が張っていた理由の一つですね。

――強い気持ちだけでは、難しいコースを攻略できなかったと思います。

 いろんな引き出しは確実に必要ですが、一番は適応力。全英では初日が終わったあとにコース内で習得したことのほうが多いんです。ライバル選手たちの技術を見て、「自分にも取り入れられるかな」と考えました。自分が持っていない技術を即席でできる適応力が備わってきた部分は大きいと思います。

10月5日、全英女子オープンの賞金から1000万円を令和2年7月豪雨災害義援金として蒲島郁夫・熊本県知事に贈呈。「熊本の人たちに頑張っている姿が届けられればという思いで戦いました」(写真・本人提供)
10月5日、全英女子オープンの賞金から1000万円を令和2年7月豪雨災害義援金として蒲島郁夫・熊本県知事に贈呈。「熊本の人たちに頑張っている姿が届けられればという思いで戦いました」(写真・本人提供)

「強い選手を見るとワクワクするんです」

 上田桃子の視線は常に海外にあった。2007年の21歳のときに国内賞金女王となり、翌年には米ツアーに挑戦。日本とは違う環境に飛び込み、さまざまなコースで世界のトッププロと競い合ったからこそ適応力も身についた。そんな上田は、“黄金世代” などの若手選手たちのことをどう見ているのだろうか。

――日本で賞金女王になったあとに米ツアーに挑戦した一番の理由は何でしょうか?

「もっと強くなりたい」という思いが根底にありました。日本で一番になれたから、次は世界だって勝手に思っていましたから(笑)。私はそこしか見ていなかったですね。

――世界に出て、何を感じましたか?

 強い選手を見るとすごくワクワクするんですよ。「あの選手に勝ってみたい」「この選手はこんなことができるんだ」という視点で見るので、限界を感じないのかな……。海外で強い選手と実際に勝負をしなければ、ワクワク感は味わえません。

――強い選手と戦って、逆に自信をなくすこともあると思います。

 もちろん自信をなくす選手もいると思います。でも、私はワクワク感のほうが勝っちゃいます(笑)。新しい世界を見るのが楽しい。チャレンジすることは、自分の限界を作らないことになります。そのチャンスを逃すのはもったいないので、若い選手にはどんどん上を目指す姿勢は持ってほしいです。

――日本の若手選手にも積極的に海外に出てほしいと感じますか?

 そうは思いません。今が充実して、満足しているのなら、それでいいと思います。賞金を稼ぐことがプライオリティーであれば、海外に行くことで適応に時間がかかれば、損をしてしまうわけですから。「世界で一番強くなりたい」ことだけが、正解ではないと思います。

――日本の女子ゴルフの環境も影響しているでしょうか?

 今の日本はギャラリー数、試合数、賞金額など世界的に見てもとても恵まれています。世界でもトップクラスのツアーです。わざわざ世界に出て行かなくてもプロゴルファーとして成り立ちますから。どこを目指すのかは選手の意識によるので、海外に挑戦しない選手を否定するのはまた違うと思います。

「世界で一番強くなりたい」ことだけが正解ではないと語る上田(撮影・倉増崇史)
「世界で一番強くなりたい」ことだけが正解ではないと語る上田(撮影・倉増崇史)

若手が活躍する国内女子ツアーで何を思う

――若手選手と比較して、意識や目線の違いにギャップを感じることはありませんか?

 若い選手の中には感情を表に出さなくても、心の中に情熱や野心を持っている選手もいると思います。意識の差は、時代が影響している部分もあるでしょう。私の世代は「ライバルに負けない」と意識している選手が多かったかな(笑)。それがいい相乗効果を生んでいたと思います。今の若い選手は「私はこれで勝負する」という、自分のスタイルを持っている選手が多いと感じます。

――自分のスタイルとは、具体的にどういうものでしょうか?

 私の世代はできないことがあれば、とことん練習する選手が多いです。例えば、スピンが掛けられなかったら徹底して練習します。今の若い選手は、スピンが掛からないなら、転がしで極めると割り切っているかもしれません。それが“強み”であり、悩まない一つの方法かもしれない。頭のいい選手が多いと感じます。

――若手選手にない自分の強みはどこだと思いますか?

 んー、ないんじゃないですか(笑)。若手のほうが強いですよ。昔の私がそうだったように、何も失うものもないですから。ベテランになれば、ワクワクすることも少なくなってきます。だからこそ、たまにあるちょっとしたワクワクが自分にはすごく大きいんです。

――若手選手へのライバル心もありますか?

 やっぱり負けたくないです。「年下だから負けたくない」と思っているのではなく、年齢に関係なく同じ土俵に立てば、みんながライバルなので負けたくないなと。例えば、(宮里)藍ちゃんという“ライバル”選手に対して負けたくないという感情と、若い選手に対しての感情は変わりません。

「年齢に関係なく同じ土俵に立てば、みんながライバルなので負けたくない」という上田(撮影・倉増崇史)
「年齢に関係なく同じ土俵に立てば、みんながライバルなので負けたくない」という上田(撮影・倉増崇史)

「ゴルフは今の自分を映し出す鏡」

――今、ゴルフをする上でのモチベーションは?

 ゴルフを始めたときは反骨心でやっていましたけど、年齢を重ねるごとに、それだけではモチベーションは保てないのが分かってきて……。この人ならやってくれるという期待を持ってもらいたい。ギャラリーの人たちに「来て良かった」と思えるゴルフをすることを目標にしています。

――モチベーションが保てなくなったら、現役から退くことも考えますか?

 5年くらい前から引退についてはずっと考えています。「もう無理なんじゃない」と自問自答すると、「いや、まだできるな」という答えが出てくるんです。やっぱりまだ勝てるという思いがあるので、やめられないんだと思います。ゴルフには「できた!」という答えがありません。タイガー・ウッズでさえも「ああ、ゴルフが分かった」ってならないと思うんです。この先も心・技・体が衰えないようにしたいですが、この3つのうちのどれかがダメになったらやめるのかな……。ただ、先のことを考えている余裕もありませんし、過去に浸りたくもない。

――現役を長く続けたい気持ちが強いのでしょうか?

 そういうのはないんですよ。矛盾していますよね(笑)。むしろ、早くやめたいと思うのですが、挑戦できずに終わるのは嫌です。それにゴルフは好きで終わりたい。悔いなく終われるようにというのは常に頭の中にあります。

――ゴルフ人生を18ホールに例えるなら、今は何ホール目にいますか?

 14番ぐらいでしょうか。ここからが一番いいところです。でも、どっちにも転びそう(笑)。バックナインからテレビカメラが入ってきて面白い展開になるところかな。そこから一気に駆け抜けるかもしれませんし、もたつくかもしれない。いや、最後にはミラクルショットが打てるようにしたいなと思っています。

――最後にお聞きします。ゴルフの魅力は何でしょうか?

 “できない”ことだと思います。「できた!」とならない、正解がないのが魅力です。本当に憎たらしいんですけれども(笑)。ゴルフってたまにできるから面白いし、たまにうまいと錯覚も起こさせてくれる可能性も絶望もあるスポーツ。私の中ではゴルフは鏡です。「できないですよ」という現実に「あなたはどう向き合いますか」と鏡が聞いてくる。努力してできるようになったら、それが答えになって、またガクンと突き落とされる。今の自分を映し出す鏡です。だからまだ今はやめられない。

今でもゴルフへの情熱と向上心は衰えていない上田。「まだまだできる」と前に進む(撮影・倉増崇史)
今でもゴルフへの情熱と向上心は衰えていない上田。「まだまだできる」と前に進む(撮影・倉増崇史)

■上田桃子(うえだ・ももこ)

1986年6月15日生まれ。熊本県熊本市出身。9歳からゴルフをはじめる。ジュニア時代から宮里藍、横峯さくら、諸見里しのぶらとしのぎを削る。2005年にプロテスト合格。2007年4月、地元熊本で開催されたライフカードレディスで初優勝。同年11月のミズノクラシックでは最終日にアルバトロスを決めて日本開催の米ツアー初優勝。この年は5勝を挙げ、21歳で史上最年少賞金女王となる。2008年からは米ツアーに参戦。2011年には日米ツアー共催のミズノクラシックを制す。2012年は米ツアーを主戦場にする一方、日本ツアーのシード権を喪失。2013年には米ツアーのシード権を喪失するも、日本ツアーでは限られた試合(主催者推薦8試合と特別ルール1試合)の中で賞金シードを獲得。その後、2014年に日本ツアーで2勝して完全復活。2017年と2019年もそれぞれ2勝を挙げている。

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スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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