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選手権大会ベスト8は過去の栄光か―朝鮮高校サッカー部に今、求められているものとは(後編)

金明昱スポーツライター
大阪朝鮮高サッカー部の康敏植監督(中央)、安泰成コーチ(左)、高希誠コーチ

乾貴士がいた野洲に敗れ8強

 大阪朝鮮高級学校サッカー部監督の康敏植(カン・ミンシク)氏は、指揮官に就任して13年目を迎える。現在の部員は39人。少子化に伴う学生数の減少によって、部員数も少しずつ減っているという。

「朝鮮学校だけの大会とはいえ、年に1回、こうして集まって試合をすることに意義があります。各学校の指導者も選手も顔を合わせてやることが大事ですから」

 年に1回、開催される朝鮮高校サッカー部だけの大会とは、在日朝鮮学生中央体育大会・高校サッカーの部(8月11~13日)のことだ。今年は大阪朝鮮高校が優勝。2連覇を果たした。

選手権大会ベスト8は過去の栄光か―朝鮮高校サッカー部に今、求められているものとは(前編)

 そう語る康監督のハイライトは、就任1年目で訪れた。

 第84回高校サッカー選手権大会に出場した大阪朝鮮は、破竹の勢いで2回戦を突破すると、3回戦で選手権常連校の国見高校と対戦。1-0で破って、準々決勝に駒を進めた。相手は“セクシーフットボール”と呼ばれた野洲高校。

 この試合を私は現地取材していたが、とても見応えがあった。フィジカルサッカーの大阪朝鮮と華麗なパスサッカーで展開する野洲。対極にいるチームの対戦は一進一退の攻防で、観る者を魅了した。

 当時の野洲には、日本代表でエイバルでプレーする乾貴士がいた。

 大阪朝鮮は1-1の引き分けからPK戦で敗れたが、初のベスト8進出に大きな自信をつけた。

 同校は翌第85回大会の選手権にも出場し、大阪の強豪校に仲間入りするかと思えた。ただ、これを最後に大阪朝鮮は中々、大阪代表の切符をつかめずにいる。

 当時、大阪朝鮮の主将でベスト8の立役者となったのが安泰成(アン・テソン)氏。選手権大会の優秀選手33人の中の1人にも選ばれた。現在は母校に戻ってサッカー部コーチとなり、今年で8年目を迎える。

「少しずつですが朝鮮学校だけのこのサッカー大会は、その意義が薄れてしまっていると感じるところはあります。でも、この大会が大事だなと思うのは、例えば東京朝鮮高と戦って勝てれば、大阪府の大会でもいいところまで勝ち進めるという一つのバロメーターになるわけです。そう考えると決して、ただやり過ごすだけではいけない。朝高同士でも負けられません」

 さらに安氏はコーチの立場になり、チーム作りの難しさを感じている。

「僕らの時代だとフィジカルで、前線からガンガン詰めていく感じでした。けれども、今は違います。同じことをやろうとしてもできません。日本のサッカーの良さを吸収しつつ、自分たちの強みをプラスアルファしたいです。個人的に鹿島アントラーズのサッカーが好きなんです。相手が引いたら回し、やり合うならやり合うというようなスタイルでしょうか。勝負へのこだわりをもっと強く持ってほしいとは常に思っていますし、指導の中でもそれを意識させるようにはしています」

今年4月から東京朝鮮高の監督を務める姜宗鎭氏
今年4月から東京朝鮮高の監督を務める姜宗鎭氏

大阪朝鮮高サッカー部が抱える課題

 一般的に朝鮮高校と聞けば、どういうイメージを持つだろうか。映画『パッチギ』の世界で描かれている朝鮮高校の生徒のように、ケンカが強いとか荒っぽいというイメージを持つ人が多いかもしれない。

 サッカーになれば韓国代表のようなフィジカル、メンタルの強さが際立つイメージだろうか。

 確かに大阪朝鮮高は“フィジカル”サッカーのイメージが強い。だが、近年はインターハイや選手権から遠のいている。現在の課題はなんなのだろうか。

康監督はこうとらえている。

「あのとき(選手権ベスト8)と今とではガラリと時代は変わりました。肉体的、精神的な強さが朝高生らしさと言えますが、今は日本の高校生にも負けているなと思うところはあります。技術に関しては、Jリーグができ、指導者たちの質も上がり、日本の育成システムがすごく機能している。日本の高校生はものすごくレベルが上がっています。うまいのは一目で分かりますよね? 技術で対抗するのはなかなか難しいけれど、それでもやっぱり在日の気質・体力・精神力、そういう部分で負けたくない気持ちはあります。そこが少し弱くなってきているなと思いますね」

 一昔前までは、“違い”があった。朝鮮学校に通うとはいえ、日本で生まれ、育った子どもたちだ。日本の高校生と同じ環境で育つのであれば、在日だからといって“違い”を見出すことのほうが難しい。

 つまり、時代の流れとともに、在日特有のハングリー精神が薄れているということだろう。

「指導方法も10年前とは本当に変わりました。日本の高校でも一昔前は“根性論”はあったと思います。昔はベンチでガッと言ったらピシッと締まっていましたが、今はそうもいきません。試合をしていても、勢いに乗っているときはいい。劣勢に立たされたときに、気持ちの面で負けてしまうところもある。ただ、私たち指導者ももっと学ばないといけない。全国大会に出られない要因は、指導方法や環境面など様々な要因はありますが、今もなお朝鮮高校の指導者たちと連携しながら、自分たちのサッカーの形を模索しているところです」

大阪朝鮮高の練習風景
大阪朝鮮高の練習風景

「在日選手はポテンシャルが高いが……」

 他の大阪の高校サッカー部も年々、レベルを上げている。近大、東海大仰星、大阪桐蔭、履正社などが台頭しているが、近年はこの牙城を中々崩せていない。

「やはり環境面の違いは大きいと思います。今、プリンスリーグに出場している学校のグラウンドは人工芝。そうなると選手たちの技術力はあがります。でも、日本の高校の指導者が言うんです。『在日の子はポテンシャルが高い。ダイヤモンドの原石がいるのに、持っているものを伸ばし切れていない』と。そう言われるともどかしさはありますよね」

 清水のFW鄭大世がそうだった。彼は朝鮮大サッカー部時代、東京都リーグにいたため、Jリーグスカウトの目に触れる機会が少なかった。

 ブルドーザーのように突進するパワフルなドリブルとシュートを見たJリーグのスカウトが驚いたという話は有名だ。こうした原石を発掘できていない、という部分は確かにあるのかもしれない。

 大阪朝鮮高は今も土のグラウンドだ。一方、東京朝鮮高は04年にグラウンドが人工芝になったが、父兄や卒業生たちの寄付で整備されたものだ。

 大阪朝鮮高の環境面が整わないのは学校運営の財政が厳しいからで、こうした部分から少しずつ、日本の高校と力の差が開き始めている。それでも康氏には追い求める理想がある。

「日本の指導の良い部分はもっと学ばないといけない。“朝高魂”は必要ですが、気持ちだけでは勝てない。技術も上げながらやっていかないといけない。ただ、在日の基本の根っこの部分は残しながら、いいところを吸収していくのが大事かなと考えています」

ハーフタイム中の東京朝鮮高
ハーフタイム中の東京朝鮮高

”ジャパン・ウェイ”ならぬ”在日コリアンウェイ”

 さらに康監督が熱く語る。

「15年のラグビーW杯で、元日本代表のエディー・ジョーンズ氏が言ってた“ジャパン・ウェイ(Japan Way)”。日本式のラグビー。僕はその時に思ったんです。“在日だけの道”も大事だなと。日本の真似事だけをするのではなく、日本に負けない在日のオリジナリティをつくって、世界に通じるような戦術や技術をみんなで考えていけたらなと思ったんです。“在日コリアンウェイ”っていうのを見つけたいですね」

 朝鮮学校のサッカー部の良いところは、小、中、高とエスカレート式に上がるシステムとも言われている。

 経験者の立場から言わせてもらえば、サッカーを始めたときから同じ仲間が同じ学校で、同じ指導者から教えを受けながら育つため、組織力は高まると感じる。

 一方で優秀な在日選手は、中学、高校から日本の強豪校へ進学するケースも多く、こうした現状を受け入れながら、各地域の朝鮮高サッカー部は強化を推し進めなければならない。

「日本の強豪校にはうまい選手が集まります。それと同じで、朝鮮高サッカー部を目指してもらうには、もう一度、選手権に出て結果を残すしかないと思います。」(康監督)

 大阪朝鮮が選手権に出場したのはもう10年以上も前の話。当時の話を知る人も今では少ない。もう一度、選手権へ――。

 だからこそ、年1回しかない夏の朝鮮高校のサッカー大会で、自分たちの強みが何なのかを再確認し合う作業が必要だ。康氏が言う“在日コリアンウェイ”を作り出すヒントと答えは、この朝鮮高校だけのサッカー大会にあるのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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