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「いだてん」粘る。視聴率回復の鍵を握るのは前畑秀子と「私達は日本人だ!」という一体感か

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」31回より 写真提供:NHK

日本ではじめてオリンピックに参加した男・金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ男・田畑政治(阿部サダヲ)を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。第二部・田畑編。華々しい結果を残したロサンゼルスオリンピックのフィナーレのもよう

【あらすじ 第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」 演出:西村武五郎 】

前畑秀子(上白石萌歌)が極度の緊張に打ち勝って200メートル平泳ぎ決勝で銀メダルを獲得、人見絹枝以来の日本女子のメダル獲得となった。さらに、男子200メートル平泳ぎ決勝にて本命の小池(前田旺志郎)の練習台として呼ばれた鶴田(大東駿介)が小池を制して勝利する。

競技がすべて終わったあとのエキシビションでは、田畑(阿部サダヲ)も松澤(皆川猿時)も参加。世界中からの喝采を受けての帰国途中、日系人の老人が現れ、大通りは「日本人」コールで盛り上がる。

金栗四三も登場

第31回は視聴率もアップ。何が良かったか、要因は3つあると考える。

1. メダルをがばがば獲得し日本人の誇りを取り戻す展開

2. ウォーターボーイズ的感動

3. 前畑秀子の健気なかわいさ

冒頭は、久しぶりの四三(中村勘九郎)。熊本に引っ込んで押し花しながら家業に励んでいた。

ラジオで前畑秀子の活躍を聞いて再び奮起する。こういう、誰かのしたことが人知れず誰かの行動のきっかけになっているところがいい。

水浴びする四三の横にいたネコもいい。ネコといえば、美川(勝地涼)はどうしているだろうか。

奮闘する前畑の泳ぎをいろんな角度からカメラが追う。公式ページの「IDATEN倶楽部」でもエピソードが紹介されているが、水中目線の映像もあって、スイマーに小型のデジタルカメラをつけて撮影。その他、水中から泳ぐ様子を捉えた映像は、潜水カメラマンが俳優の正面や真下などから撮影。一緒に泳いで撮影することもあり、スピードを合わせるのが難しい撮影だったそうだ。

前畑秀子役の上白石萌歌がかわいい

前畑がゴールしたとき、最初に見たのは、女子部屋で恋バナしていた鶴田。彼が手を差し伸べるところはさりげなくエモい。耳に水が入って音が聞こえずしばし無音で、水を出すと大歓声がどっと耳に入ってくるという細かい描写。

「きっと神様が助けてくださったのです」と実感放送で語る前畑がピュアで可愛らしい。上白石萌歌、「義母と娘のブルース」で注目されたときもすれてないところが良くて、人気が出ても変わらない感じが嬉しかった。娘や孫にしたい俳優ナンバー1といっていいだろう。

一方、男子をねぎらうのは、ノンプレイングキャプテン・高石(斎藤工)の役割。若手の小池の練習台と割り切っていたはずの鶴田が勝ったとき、水に飛び込んで抱きしめる。スタート前に

歌を歌いだして、鶴田の緊張をほぐしたのも高石。さすが、キャプテンだ。

前夜、小池は決勝を前に「なぜ寝る練習をしなかったのか」と鶴田に言われるほど緊張して眠れずしりとりをはじめる始末だった。それも良くなかったのだろうけれど、鶴田もずっと練習を積んできたのだ。こうなると高石だって出れば火事場のバカ力を発揮したかもしれないなあと思うが、勝負は時の運である。

人見絹枝やシマの思いを背負った前畑秀子の新時代を担う者としての活躍と並び、老体に鞭打ち高石の分までがんばった鶴田によって、前時代の者の心も満たされた。

日本泳法をエキシビションで披露

「河童のまーちゃん泳げない疑惑」(五りん〈神木隆之介〉)

易者美人…でないエキシビションで、日本泳法を披露することになる日本選手団。最初は出ないと渋った田畑も、泳げない疑惑を抱かれたため、参加。みごとな日本泳法を見せた。

 

400年前から伝わる日本泳法。かつてのオリンピックではクロールに負けた古典的手法だが、日本人の精神性を物語るにはうってつけ。手を縛って泳ぐ泳法から、白鳥のような泳ぎ、水書など、曲芸のような型を次々と披露し、外国人を楽しませる。

公式Twitterによると、資料にわずか一行あった日本泳法を披露した記述から宮藤官九郎がここまで想像の翼を広げたという。のびのび開放的ないい場面。俳優たちが撮影のために収録の3ヶ月ほど前から練習を重ねた末、夜の煌めくプールで様々な技を披露する感動は、矢口史靖監督の「ウォーターボーイズ」のクライマックスのような感動があった。以前、静岡の少年田畑のエピソードのレビューにも書いたが「ウォーターボーイズ」は水着男子が眼福でグループ男子ブームの先駆けとなった作品である。ドラマ化された際は、美濃部孝蔵役の森山未來が出ていた。

オリンピックで大切なことは

すべてが終わって、「帰りたくねーな」と日本へ帰っていく田畑。デイブに「一種目も失うな」の意味を訊かれ「意味なんてない」「しょせんたわごとさ」と答える。

紙の下にはクーベルタンの言葉「オリンピックで大切なのことは勝つことではなく参加すること」「人生において大切なのは勝つことでななく努力をすること」「征服することではなく よく戦うことだ」と書いてある。田畑はこの言葉を否定するように「一種目も失うな」と貼ったのだろうか。そして、自分の考えを改めるような気持ちで紙を剥がしたのだろうか。答えはわからないがその余韻がいい。

選手村には犬が。実際に、当時選手村にスモーキーという名前の犬がおり、選手たちに可愛がられていたそうだ。

日系人たちの盛り上がり

帰りがけ、日系の老人(吉澤健)が、アメリカ人にはじめて話しかけられたと田畑に感謝を述べる。厭世的な瞳をした日系二世のナオミ(織田梨沙)も「日本人、白人に決して負けない」と心を強く持った様子。

「おれは日本人だ」と堂々といえるようになった老人に続いて、みんな「日本人だ」と思い切り叫ぶ。

田畑も「おれも日本人だ!」とバスの上に乗ったが、「私も日本人だ」と嘉納治五郎(役所広司)がもっと高い太鼓のやぐらの上にあがり、東京でオリンピックをやるときは皆さんを招待すると豪語、注目をかっさらう。さすが嘉納治五郎。

それにしても同じ日本人であるという団結心はなんて強いものか。

田畑たちがロサンゼルスを後にしたのは8月15日。その後の日本が進む道を思うとこの日付は重い。

オリンピックを競技ではないフェーズとして

撮影時期は3月末頃、半日かけて撮影。演出家の西村武五郎は、日系人の歴史に関して「いだてん」の前からリサーチしていたテーマだったこともあって丁寧に描くことを心がけた。「IDATEN倶楽部」で、アメリカ生まれの日系二世ナオミには「I'm a Japanese American.」というセリフを足したと語っている。一世と二世では立場や感覚が違うからと。そういうところが細やかだ。

「エキストラの方々は日系人ではありませんが、撮影の前に、アメリカの日系人の方々が当時置かれていた状況やエピソードなどをまとめた紙を配布して、ご説明しました」とのこと。それぞれの心が伝わってくる場面だった。

河西(トータス松本)、松内(ノゾエ征爾)は、リットン調査団の報告書の内容によっては日中関係の悪化は避けられないと海外視察に出る。彼らはジャーナリストなのである。

この回のあと、NHKスペシャル「戦争と“幻のオリンピック” アスリート 知られざる闘い」が放送された。「いだてん」とこの2本をセットで見ると、オリンピックが多角的に見ることができてよかったと思う。

「IDATEN倶楽部」で西村は。”田畑が、オリンピックを競技ではないフェーズとして捉える瞬間だったかもしれません。そしてすでにそのフェーズでオリンピックを捉えているのが、治五郎でした。”と語っている。

メダルを一個残したのは品格

日本に帰って来た田畑。酒井菊枝(麻生久美子)しかいない編集部で、大横田(林遣都)を勝たせることができなかったことは自分の責任と悔し泣き。菊枝に「一個残してきたのは田畑さんのなんというか品格だと私は思います」と励まされ田畑はその気になる。そのとき「変な声」と田畑に反応させるのが宮藤官九郎らしさか。お土産のチョコをさっそく食べている菊枝もかわいかった。

32回は、田畑が変な声の菊枝と結婚することにーー。

第二部 第三十二回「独裁者」 演出:大根仁 8月25日(日)放送

いよいよ東京オリンピック招致が本格化。加藤雅也演じる杉村陽太郎や塚本晋也演じる副島道正などの新たな出演者が加わり、田畑・嘉納・岸らとともに東京オリンピック実現に向け世界を相手に知恵をめぐらせる。また、「いだてん」の場所や時代をつなぐ鍵になる人物も登場。物語はどんどん転がっていくーー

大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」

NHK 総合 日曜よる8時〜

脚本:宮藤官九郎

音楽:大友良英

題字:横尾忠則

噺(はなし):ビートたけし

演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁ほか

制作統括:訓覇 圭、清水拓哉

出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか 麻生久美子 桐谷健太/森山未來 神木隆之介/

薬師丸ひろ子 役所広司 ほか

「いだてん」各話レビューは、講談社ミモレエンタメ番長揃い踏み「それ、気になってた!」で連載していましたが、

編集方針の変更により「いだてん」第一部の記事で終了となったため、こちらで第二部を継続してお届けします。

第一部の記事はコチラhttps://mi-mollet.com/search?mode=aa&keyword%5B%5D=%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%A6%E3%82%93%E3%80%9C%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E5%99%BA%EF%BC%88%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%97%EF%BC%89%E3%80%9C

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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