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多様化するメディア、顧客はどこにいるか。ヒットメーカー堤幸彦に聞く。『SPEC』サーガはライフワーク

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
真野恵里菜主演『サトリの恋』はParaviで9月28日配信。写真提供:TBS

『ケイゾク』『SPEC』『SICK’S』と20年も続く人気シリーズとなっている『SPEC』サーガ。ヒットの基本・刑事ドラマでありながら、そこに人類の進化や多様性をみつめた壮大な物語でもある。

その完結編『SICK‘S 恕乃抄』が8月に全5話が完結、多くの謎を残して、次章が待たれるところ。

その間、スピンオフ『サトリの恋』が9月に配信。観客を逃さない。

『サトリの恋』は『SICK’S』とはまた雰囲気の違う、真野恵里菜を主演にした(一見)青春ラブストーリーふうな作品ながら、SPECサーガへの興味を引くものにもなっている。

今回、堤幸彦監督には、配信ドラマというこれまでと違った方法で発表された『SICK’S』について振り返ってもらうと共に、配信にはどんな可能性があるか聞いた。そこに新たな顧客との出会いはあるのか。

「ピンクハウス」に「五平餅」が朝ドラ『半分、青い。』とかぶったわけ

『SICK’S』より 写真提供:TBS
『SICK’S』より 写真提供:TBS

ーー『SICK‘S 恕乃抄』も完結しましたが、中で印象的だったのが、主人公たちと敵対する能力者・玉森敏子役を演じた若村麻由美さんの衣裳(ピンクハウスもどき)です。

堤  奇しくも朝ドラ『半分、青い。』で井川遥さんがピンクハウスを着て出ていたこととかぶりましたが、合わせたわけではありません。僕は昔からああいうファッションの人物を出すことが好きだったんですよ。僕の場合は茶化し過ぎるところがあるんだけどね(笑)。

ーー五平餅らしき食べ物も出てきますが。

堤  僕も北川悦吏子さんも東海地区出身だから。

ーー馴染みの食べ物なんですか?

堤  馴染んでいるというか、僕の好物です。たこやき、五平餅、お好み焼きは黄金の3セットですよ。

ーー今でこそ『半分、青い。』効果で全国区になって大人気らしいですが。マニアックですよね。

堤  メジャーになりましたね、それは北川先生の力です。でもマニアックじゃないですよ、東海地区ではふつうです(きっぱり)。

ーー堤監督は五平餅とピンクハウスが好きと(メモ)。

堤  味噌とコメ、これが食の基本。ピンクハウスを着ている人は特殊能力がありそうじゃないですか。実は看護師だったりするみたいな。どこか堅気じゃない印象がありますよね。それが若村さん演じるキャラの役にはぴったりでした。井川遥さんもピンクハウスを着るとちょっとスペックホルダーっぽく見えるじゃないですか(笑)。

ーー若村さんは他者の命を食べるスペックホルダーで、命がお煎餅(寿命チップス)でその容れ物の可愛らしさとビジュアルが良いですね。

堤  彼女が食べている海老煎餅も僕の好物です(取材中、おやつにバリバリ食べていた)。でも僕は台本に書かれた通りにやっているだけですよ。

ーーいやいや監督のセンスは独特と思いますよ。今回蛍光色が暗闇に映えますし、音楽もかっこいいです。

堤  それはカメラマンの唐沢悟によるところが大きい。彼がレンズやフィルターを選んでいろいろ実験してしいます。こちらから言ったのは、あまり見たことのない画にしてほしいということでした。とりわけ光の使い方はいいですよね。

『SICK’S』より若村麻由美 写真提供:TBS
『SICK’S』より若村麻由美 写真提供:TBS

現実と重なった日大、宗教団体

ーートクム(主人公たちの所属組織の名前)の室内もいいですよね。あそこ、またいい場所をみつけられましたね。

堤  そうなんですよ、あんな場所があったとは! という感じで、ひじょうに使い勝手がいいですね。ひとつの建物の中で上も下も横も撮影に使っています。それより、今回は、日大の先見の明を褒めてほしい。「日大ワンダーフォーゲル部」(笑)。

ーーちょうどものすごく盛り上がりましたよね(今年5月反則タックル問題が起こった。その後もチアリーディング部のパワハラ問題なども注目されている)。それを言ったら宗教も……。

堤  オウム事件の死刑執行ね……この間、その件で『真相報道 バンキシャ!』(日本テレビ)に出て話をしました。明らかに国家による弾圧ですよね。島原の乱くらいまで下がらないと、七人同時に死刑なんてなかなかないことじゃないですかね。

ーー島原の乱といえば天草四郎『魔界転生』(10月に堤演出で舞台化)ですね。

堤  国家の意思表示としては、隠れキリシタンの時代を思わせるほどに強く、極めてアイロニカルな出来事だなと思います。

ーー『SICK‘S』ではインナープラネッツという宗教団体が出てきます。

堤  「土天海海」ね(笑)。

ーーそういうことも配信だと描きやすいですか?

堤  テーマにし辛い題材ですから、描いたとしても地上波だとだいぶ柔らかくなるところをかなりディープに描ける気はします。『SICK‘S』は政治問題の奥の奥まで描ける可能性はありますね。「恕」(序)「覇」(破)「厩」(急)の「厩」ではそこまでいけるかもしれません。

ーー一見荒唐無稽で漫画っぽく見えますが。

堤  かなり厭世的な作品だと思いますよ。

ーー野々村さん(竜雷太)の台詞などはいつもシニカルですね。

堤  SPECサーガ黎明編『サトリの恋』(9月28日配信開始)で「どうして(人を)同一化均一化するのか」というような台詞があって、なかなかシニカルですよ。世相の表現としてスペックホルダーは象徴的で、硬直化した21世紀の膿みたいなものがちゃんと描かれていると思います。とりもなおさず植田博樹さんがそういうふうに世の中を見ているのではないでしょうか。

ーー監督は?

堤  そんな植田さんをひたすらリスペクトですね。だって、50歳を超えた一部上場企業の社員であるにもかかわらずこのような過激なマインドをもっていらっしゃるのですからリスペクトですよ。わたくしなんかこう見えてえらく権力におもねるこびる人生ですから(笑)。

ーーその自虐はいったいどうしたことですか(笑)。

堤  やっぱり会社員でありながら、こういうことを発信し続けること、酔ってくだを巻いているわけではなく、ちゃんと作品にしているところがすごい。

ーーそれに監督はつきあい続けていて。

堤  嫌々つきあっているわけじゃないですよ。楽しくてしょうがないんですよ。こういうことをしないとバランスがとれないってことですよね。

ーーそうやって20年間バランスをとり続け……。

堤  お互い潰れるわけにはいかないんですよ。人生がかかっちゃっているんで(笑)。これだけ長いことやっていると、若い人に「『SPEC』好きなんですよ、母が」とか言われます(笑)。

植田プロデューサーにはあえて何も聞かない

ーー『SPEC』サーガはライフワークということで。

堤  植田さんとはポールとジョンのような関係で、植田さんのもつオタクな世界観みたいなものは僕にはいっさいまったく何もないけれど、こういうタイプの作品をやっていくためには植田さんのセンスはほんとうに必要なことであって。逆にいっさいまったく何もないものを、ぽんっと投げられると、今度はわたしのなかに化学反応が起きて、既視感のないものを作ろうと思ってポテンシャルが上がってくるんですね。だから、台本を読んでわからないことがあっても植田さんになるべく聞かないようにしています。進行上どうしても知っておかないといけないことは聞くけれど、それ以外のことは不可思議でも理不尽でもそういうものとして作ります。解釈が違っていれば違うと言われるし、やったことによって状況が変わっていくこともある。それを99年の『ケイゾク』から延々とやっているわけですから。こんなすばらしい幸せな仕事はないなあと思います。

ーー『SICK‘S』のタイトルバックはだいぶ『ケイゾク』っぽいですよね。

堤  『ケイゾク』は「東京千景」というテーマでタイトルバックを作って、『SPEC』も『ケイゾク』を意識しています。やはりいつも『ケイゾク』に戻る感じですね。音楽はわたしの隠し玉のArisaさんです。世界配信ということで主題歌には力が入っています。タイアップではなくちゃんと作品の内容に合わせて作ってもらっています。今回はビョーク的な感じでお願いしました。とにかく暗いものにしたかった。ひたすら暗い曲を聞きたくて。

ーー劇伴もいいですね

堤 音楽はグランド・ファンクの茂木くんとの出会いが大きいですね。近年、ほとんど彼にお願いしています。今回も阿吽の呼吸でほとんど任せっきりです。Alisaの曲もいっしょに作らせてもらっています。

ーー劇中歌は監督作のものもありますね。

堤 哀川翔さんの歌う「おれのおれのカブトムシ」とかね。「サトリン里芋〜スイスイスイッ」もそうだし、『サトリの恋』で山口紗弥加さん歌う「矢野顕子かよっ」てツッコまれる歌も私が作りました(笑)。

配信ドラマは説明を少なくして見る人の想像に委ねる

ーー恕乃抄・一話の冒頭は『SICK‘S』全体のラストシーンになるようなことを最初の完成試写会の時にもおっしゃっていましたが。

堤  ラストシーンなんじゃないですかね。かなりのカタストロフィーがあるシーンですから。場所的には汐留あたりですが、それは汐留に日テレがあるからでは決してなくて(笑)、汐留のビル群が東京の天気を変えたことに関係あるんです。汐留のビル群によって、お堀から神田川に抜ける海風がブロックされているがゆえに、新宿以西でゲリラ豪雨が発生する確率が高くなっているのではないかと言われています。風水というのは自然地理学と密接な関係があって、江戸城も大阪城も名古屋城もその土地の気候を考慮に入れて建てる場所が決められているんです。『SICK‘S』では風水を扱うスペックホルダーが出てきて東京を巡る話になっていくのでないでしょうか。

ーー監督は地理学を学んでいらっしゃるので詳しいですよね。『真田十勇士』でも気候を使った作戦を描いていましたし。

堤  おもしろおかしいおじさん学を披露したいわけではないんですよ。それが植田さんのオタク世界との接点ができれば、植田×堤ワールドと言われる作品づくりの礎になるのではないかと。

ーー監督が『SICK‘S』で挑戦してみたことを教えてください。配信ならではの作り方などありますか。

堤 配信ならではというものはとくにないですが、シリーズのひとつであることをあまり説明せずに独立した作品として見てもらえるように作っていることが冒険かもしれませんね。地上波だとある程度説明することが必要になりますが、配信だったら、竜さんにシリーズを通して出てもらっている以外は、シリーズものであることをわからせようとあまりしていないかもしれない。見る人の想像に委ねられることは配信のいいところじゃないかな。だから御厨(木村文乃)についてもあまり説明していません。

ーー御厨は作られたスペックホルダーということでそこが新しいですね。

堤  注射を打たれて力を発現させているのは、因子があるからこそじゃないのかな。

ーー何重人格らしいですが、自傷癖のあるところは別の人格?

堤  そもそもああいう人なんじゃないのかな。

ーー冬のソナタ的なところが本来の御厨なんですよね。

堤  冬のソナタを経てああなった。それこそ、その説明のしなさ加減は配信ならではですね。これでいいんじゃね、見たい人だけ見てねっていうやりっぱなし感(笑)。

ーー地上波の連ドラは必ず、前回までのあらすじが入るなど、いろいろ説明しますよね。

堤  今回はそういうサービスを排除しています。

ーー黒島結菜さん演じるニノマエイトの黒い制服バージョンと白い制服バージョンは違うのですか?

堤 違います。

ーー細かいことは三部作が終わってから伺いたいですが「覇」はいつ見られるのですか?

堤  来年ですね(予定)。

ーーそれまで我々は「恕」の5話をずっと見続けて待つと。

堤  復習し続けていただければ。あと『サトリの恋』を。「覇」もおもしろいですよ。セクハラ表現ばかりで(笑)。

ーーなんですかそれは(笑)。いつもこればっかり聞いていますが『SICK‘S』でシリーズ完結じゃないんですか。いつまで続くんですか。

堤  朝倉の深いところに届くまでは……。このシリーズではたして届くのか? それは作家(植田博樹)の心の中のみにあります(笑)。

ーー我々世代は20年、お布施を払い続けていますから最後まで見続けたいですが、そういう人たちのために作っているのか、新しい世代を取り込みたいのかどちらなのでしょうか。

堤  ファンの人に見ていただけたらありがたいけれど、この世界をまだ知らない人にも見てほしいですよ。出演者全員EXILEとか全員AKB くらい徹底しているものは除いて、ターゲットを決めこみ過ぎている作品はその意図がバレバレになって、それ以外に広げることが難しい。『SICK‘S』は『ケイゾク』『SPEC』の流れもありつつも、配信というこれまでと違う場からの発信ですから、これまでのテレビドラマから映画の流れにあったお客さんとは違う人に出会えるかもしれない。もちろん前のお客さんにも連続性をもって楽しんでもらえるように作っているけれども、なんだこれ? と興味をもってくださった人なら、若い人もお年寄りでも関係なく参加してくれたら嬉しいし、その気持ちに応えるように作っていきたいと思っています。

手前のお皿にエビせん(生命?)が入っていました 撮影:筆者
手前のお皿にエビせん(生命?)が入っていました 撮影:筆者

Yukihiko Tsutsumi

1955年11月3日生まれ。愛知県出身。映画、テレビドラマ、音楽ビデオ、ドキュメンタリー等、手がける作品は多岐にわたる。95年、日本テレビ、土9ドラマ『金田一少年の事件簿』で独特の演出が注目され、以後、2000年代のテレビドラマを牽引していった。近年の主な作品にテレビドラマ『トリック』シリーズ、『SPEC』シリーズ、『視覚探偵 日暮旅人』、ドキュメンタリー『Kesennuma,Voices.東日本大震災復興特別企画~堤幸彦の記録~』、映画 『明日の記憶』(06 年)、『20世紀少年』三部作(08〜09年)、『MY HOUSE』(12年)、『くちづけ』(13年)、劇場版『SPEC』シリーズ(12〜13年)、『悼む人』(15年)、『イニシエーション・ラブ』(15年)、『天空の蜂』(15年)、『真田十勇士』(16年)など、舞台『テンペスト』、『悼む人』、『真田十勇士』、『スタンド・バイ・ユー〜家庭内再婚〜』など。

◯Paraviで『SICK‘S 恕乃抄』配信中

◯『サトリの恋』 9月28日配信開始

◯映画『人魚の眠る家』(松竹)11月16日公開

◯舞台『魔界転生』10月6日博多座から上演

『サトリの恋』より 写真提供:TBS
『サトリの恋』より 写真提供:TBS
フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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