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「ザ・ベストテン」に憧れたテレビ世代がコンテンツ有料の時代をどう考える 「Paravi」社長の視点 

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
SICK'S 恕乃抄   写真提供:paravi

 配信動画サイトParaviのサービスが開始されてから3ヶ月。6月27日にはキャリア決済も開始された。

 目玉は堤幸彦監督によるオリジナルコンテンツ『SICK‘S 恕乃抄~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』をピンチョス配信という画期的なやり方でより多くの人に届けるというもの。

 無料、有料コンテンツが混在する現在、有料コンテンツ配信事業の可能性について、運営会社〈プレミアム・プラットフォーム・ジャパン(PPJ)〉の社長であり、元はTBSでTV番組をつくっていた高綱康裕氏に聞いた。

配信の良さはやりたいことを全て盛り込んだ形でお届けできること 

'''「通常の動画配信サービスは“見たいコンテンツがあるときに登録してそれを見る”ことが多いが、Paraviは “毎日でも発見がある”“そのつどおもしろいものに出会える”プラットフォームを目指す」

「TBS、テレビ東京、WOWOWからの作品が揃うことが特徴で、将来的には著作権の処理をして最大級の日本国内ドラマのアーカイブを揃え、日本のテレビ文化をしっかり後世に残していきたい」'''

動画配信サービスParavi の運営会社〈プレミアム・プラットフォーム・ジャパン(PPJ)〉の高綱康裕社長は2018年4月、Paravi開始時にこのように語った。

〈PPJ〉は、東京放送ホールディングスや日本経済新聞社、テレビ東京ホールディングス、WOWOW、電通、博報堂DYメディアパートナーズの6社が共同出資して2017年7月に発足。すでにいくつもある動画配信プラットフォームとの差別化は以下5つの方法で行っている。

1 1週間で50本以上のコンテンツを毎日更新

2 オリジナルコンテンツの配信

3 国内最大級のドラマのアーカイブ

4 (日経新聞グループなどによる)動画だけでないテキストコンテンツやラジオ音声コンテンツ

5 ライブ配信

立ち上げの目玉企画のひとつは堤幸彦監督の新作ドラマ『SICK‘S』の配信である。かつてTBSで放送され映画化もされた人気作『ケイゾク』(99年)、『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』(2010年)につながるシリーズで、刑事ものをベースにしながら人類の進化を描く壮大な物語だ。正式名称はSPECサーガ完結篇『SICK'S 恕乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』。

6月の時点で3話まで放送されている『SICK‘S恕乃抄』は配信方法がこれまでにないものだった。

1話1時間ほどのコンテンツを短くカットし、毎日数分ずつ更新する「ピンチョス配信」という。

これによって、先に挙げた方針の“オリジナルコンテンツ”“毎日配信”の2点がフォローできる。

『SICK‘S』の前身である『ケイゾク』『SPEC』シリーズは「アーカイブ」のひとつとして配信され、『SICK’S』から入って改めて前シリーズにユーザーを呼び込むことに成功している。

高綱社長自身は『SICK‘S』の制作自体に関わっているわけではないが、台本を事前に読みできた作品も見たと言う。その感想は……。

「CG技術も上がって、シリーズ第1作『ケイゾク』の頃と比べたら映像の進化が圧倒的ですよね。『SPEC』も映像が凄かったですが、『SICK'S』になってさらにクオリティーが上がっている気がしますし、映像に限らず、堤さんの有り余る表現力は、これまでに“放送”の枠を取り払い、“配信”によってさらに広がりを持てたのではないでしょうか。『ケイゾク』のときからかなり激しいバイオレンス的な部分があり、『SPEC』でもいろいろなものを破壊していましたが、その荒ぶる魂が『SICK‘S』では存分に出ている気がします。いろんなものを破壊し尽くしていくところが凄まじい。ちなみにある場所を壊しているのは、田澤保之プロデューサーに聞いたところ風水的な根拠があるらしいですよ。海からの風を建物で遮ることで東京中の気がうまく回ってないとかなんとか……。詳しくは堤さんから聞いてください(笑)」 

話に出てきた田澤プロデューサーは、『SICK'S』をParavi目玉企画として企画した人物。

「『ケイゾク』や『SPEC』がTBSオンデマンド(現在その機能はParaviに移行した)でもすごく観られていたことから、Paraviという大きなプロジェクトをスタートするにあたって田澤が、堤さんや植田博樹プロデューサーを口説いて新作制作にこぎつけた。私どもが配信側としては、強いコンテンツを配信できることはありがたい限りであります。プラットフォーム側の見方でいくと、堤監督の『ケイゾク』にしろ『SPEC』にしろ、細かいディテールにこだわった演出があって、ファンの皆さんはそういう部分を細かくチェックすることを楽しんでいる。ただ、ああいう細かいディテールをテレビの枠の中に入れようとすると、CMを抜いた45、46分ぐらいの尺に刈り込まないといけない。そうでなく堤さんが本来やりたかったことを全て盛り込むとなると、例えばディレクターズカット版のような形になって、オンエア後にDVDなどを観るしかないところ、配信だったら尺の規制がない。つまり堤さんのやりたいことを全て盛り込んだかたちでお届けできる。それはおもしろくなるに決まっています」

自信をもって語る高綱社長はTBS出身で、『SPEC』とも関わりがあった。

「入社したときは音楽番組をやりたかったんです。TBS には『ザ・ベストテン』がありましたから、それを。『ケイゾク』(99年)のころは『はなまるマーケット』を田澤といっしょにやっていました。『SPEC』(10年)のころは宣伝とマーケティング。「『SPEC』やるにあたって宣伝部初のFacebookを立ち上げました」

さらに遡ると、堤がADをやっていた『ぎんざNOW!』で高校生レポーターもやっていたそうだ。

テレビが最も元気な時代にテレビ制作に携わり、ラジオ番組や情報番組でユーザーのニーズを肌で感じてきた体験が、新メディアでも生きるに違いない。

「直前まで情報システム局長というのをやっていて、ある日とつぜん呼ばれて『PPJという会社を立ち上げるからお前がやれ』と言われる、まさに普通の人事異動ですよ」と笑いながら、「何か新しいことをやろうとすると障害はつきもので、それをひとつひとつを乗り越えていかないと新しいおもしろいことはできない。それを自分に言い聞かせてふんばっているというところですかね」と語った。

SICK’S恕乃抄 写真提供:paravi
SICK’S恕乃抄 写真提供:paravi

キャリア決済開始 クオリティーの高いものは対価を払いながら観るような時代に 

Paraviの登録にはまず1ヶ月の無料お試し期間があり、終わったあと継続してもらえるかが勝負だ。

開始から3ヶ月経ち、7月末までの無料クーポンプレゼントキャンペーンや、人気映画『銀魂』の配信開始などサービスに工夫がされているが、キャリア決済ができずクレジットカード決済のみというところでユーザーを逃している部分もあった。

当初、『SPEC』ファンの若いユーザーが『SICK‘S』を見られないと嘆いていたが、それにはユーチューブでのピンチョス配信で対応している。そして、6月27日からキャリア決済を開始した。これによって登録者をどれだけ呼び込めるか注目だ。

「Youtubeで毎日毎日数分ずつチェックしていただき、それをまとめて見たら、いちおう一話通して観ることができます。やっぱり一話全部つなげて観たいと思ったらParaviに入ってください」と高綱社長。

ピンチョスでは堤特有のギャグがカットされていて、全貌はParaviの完全版のみでしか堪能できない。いろいろな見方があって楽しいともいえるしせちがらいとも言える。

そもそもこれまでずっとテレビはただで見られるものだったが、配信の時代になってお金を払って見るものに変わりつつある。このことについてどう考えているか高綱社長に聞いてみると。

「私もまさに“コンテンツは無料で見られるもの”と思ってきたテレビ世代です。日本の場合はやっぱりそれが長すぎました。海外ですでに定着している“自分が観たいコンテンツに対価を払う”という流れが日本でどこまで定着するかが課題です。これからはクオリティーの高いものは対価を払いながら観るような時代になってくるのではないかとは思います。そのためにも“対価を払って損はしなかった”と思っていただくような店構えにしなくてはいけません」

これまでもずっとNHKだけは視聴者からの受信料で番組を制作してきた。これからはどこもかしこもお金を払ってということになっていく時代も遠くないかもしれない。全部にお金を払えないときどこを選ぶかは重要になってくる。その場合、無料で見られるTBSはじめとした地上波との関係性はどうなるのだろうか。

「地上波とのカニバり(共食い、ライバル関係)について必ず聞かれます。可処分時間というか、その人の持ち時間の取り合いという意味では、当然のごとく競合しますが、地上波と無料のTVerと我々有料配信は連携しながら共存できると考えています。例えば、一昨年放送して爆発的な人気を得た連続ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(16年)は最初から2ケタの視聴率を出してはいましたが、大ブレイクしていったのは5、6話くらいからでした。『おもしろいよ』と噂を聞いて『じゃあちょっと観たい』と思ったら、前週の見逃し配信を無料のTVerで見ることができますが、1話から4話を見たいと思うと違法動画しかない。Paraviに入れば、いつでも過去に遡ることができるわけです。“話題になったときにすぐに振り返ることができる”場所としてParaviは、地上波放送と無料TVerとうまく共存していける。もともとParaviを作る趣旨であり、Paraviの名前に込められた意味に“テレビのコンテンツの価値を最大化する”があります。テレビの放送形態ではリアルタイムで観るか、予約録画するかしかない。そうやって見る機会を逃しているテレビコンテンツをParaviに積み上げることによって、結果的にはテレビのコンテンツを世の中の多くの人に届けることにつながっていくのです」

ユーザーに関してのスタンスはわかった。もう一点、オリジナルコンテンツを作るに当たり、作り手を取り合うことにはならないだろうか。

'''「TBS、テレビ東京、WOWOWから供給されるコンテンツには何の心配もありません。我々がオリジナルを作る場合は大変なことも多いとでしょうけれど、今は、おもしろいことを考えているクリエーターがたくさんいますから作り手不足にはならないと思います。逆に言うとテレビではドラマの枠が限られていますし、最初に言ったように尺にも規制があります。ところが配信なら、尺も問わなければ形も問わず、放送法のような放送基準もないので、新しいクリエイターたちがどんどん育つのではないでしょうか。クリエイターの取り合いというより新しいクリエイターをどんどん発掘できる場になってほしいし、したいですね」

'''

また、コンテンツの宣伝方法として、Paraviユーザー向けの無料WEBメディア(Pravi プラス)を立ち上げ、

キュレーションサービスを行うことを視野に入れていると言う。

「普通だと、ユーザーが見たコンテンツからアルゴリズムを使って“あなたの好きそうな作品はこれ”というような案内が出てきますが、キューレターによるコンテンツのセレクトによって意外な発見ができるようなサービスです。これによって過去のアーカイブにもう一度魂を吹き込んでいくみたいなことも考えています」

最後に、三ヶ月経過しての手応えと課題について高綱社長に聞いた。

「スタートして3ヶ月。まだまだ、有料会員ビジネスの難しさに悪戦苦闘しているところです。ただ、”テレビの価値を最大化する”、つまりはテレビ由来のコンテンツを、いろいろな意味でテレビの好きな人に届けるという点では手応えを感じています。5月に配信開始した『KAT-TUNの世界一タメになる旅+』では、配信開始時にアクセスが殺到しました。できるだけ早く好きなコンテンツに触れたいというファンの方の思いからだと思います。まさに同時刻にコンテンツを楽しむというテレビと同じ感覚で楽しんでいたけたこと、とても嬉しく、ありがたいことだと感じました。」(7月2日:Paraviでは、ファンのみなさんから頂いたご意見を真摯に受け止め、言葉が足りていなかった部分を変更いたしました)」

※「いろいろな意味でテレビの好きな人」というのは、Paravi(パラビ)のテレビ由来のコンテンツが日本最大級で揃っているという特徴を活かすために、「 現在もテレビを見ている人」、「 何らかの理由でテレビを見ていないが、テレビの話題はする人(若い人に多い)」、「 若い時テレビを見るのが当たり前な、テレビで育った人(40、50代以上)」といった人たちをターゲットにしているということです。

※ライター追記 7月2日原稿一部修正

KAT-TUNのファンの方たちから一刻も早く観たいファン心理であると多くのご意見をいただき、高綱氏からのご要望によりコメントを一部修正しました。

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Yasuhiro Takatsuna

1983年早稲田大学政治経済学部卒業後、TBS入社。ラジオ局制作部を経て朝の情報番組『はなまるマーケット』

に携わる。制作部担当部長、人事部担当部長、宣伝部長、編成局 マーケティング&プロモーションセンターセンター長、情報システム局長を経て現職に。

SICKS 恕乃抄  写真提供:paravi
SICKS 恕乃抄  写真提供:paravi

SPECサーガ完結篇『SICK'S 恕乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』

原案・西荻弓絵

企画・プロデュース 植田博樹

監督 堤幸彦

出演 木村文乃 松田翔太 

   

   黒島結菜

   新川優愛

   小林万里子

   波岡一喜

   矢野浩二

   高杉亘

   若村麻由美

   岡田義徳

   池田大

   松本穂香

   宇垣美里(TBS アナウンサー)

   眞島秀和

   佐野史郎

   哀川翔

   宅麻伸(友情出演)

   竜雷太

第四話完全版は7月6日配信

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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