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藤原竜也の面白さも引き出す 俳優・吉田鋼太郎にプレイングマネージャー的な働き方の可能性を見た

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『アテネのタイモン』より 吉田鋼太郎(左)、藤原竜也(右) 撮影:渡部孝弘

吉田鋼太郎は演出家でもある

 吉田鋼太郎という強そうな名前の俳優(なにしろ“鋼”だから)がいる。近年、人気の、かっこよくて演技派のおじさん俳優のひとりとして、全国区で注目されるようになったのは4年ほど前。現在、再放送中の朝ドラ『花子とアン』(NHK BS 本放送は14年 作:中園ミホ)で演じた九州の炭鉱王が話題になった。仲間由紀恵扮する蓮子という女性を嫁に迎えたものの、他の男と駆け落ちされてしまう残念な役割でありながら、吉田の圧倒的な魅力と演技力によって、視聴者からとても愛された。朝ドラ受けでおなじみの有働由美子アナウンサーが「結婚したい(役のこと)」と目をハートにしていたくらいだ。

 以後、吉田は、ダンディさから狂気まで自在に演じられる俳優として、いろいろなドラマや映画に引っ張りだことなり、大河ドラマ『真田丸』(16年)で織田信長を演じたり、主演ドラマ『東京センチメンタル』(16年)が制作されたりした。

 テレビや映画で吉田を知った人にも、彼のキャリアの最初は舞台であることは、なんとなく周知されていることかと思うが、彼が俳優のみならず、演出もやっていることまでは知らない人もいるのではないだろうか。

 野球の野村克也や古田敦也のような選手兼任監督(プレイングマネージャー 芸能マネージャーとは違う意味 プレイングコーチとも言う)、オーケストラでいうところの弾き振り(演奏しながら指揮する)力を吉田が惜しみなく発揮したのが、昨年(17年)12月、彩の国さいたま芸術劇場での『アテネのタイモン』で、開けて18年、1月5日から8日まで兵庫県立芸術文化センターでの公演も行われる。

蜷川幸雄を引き継ぐという重責

 この公演、故・蜷川幸雄の仕事を引き継ぐという、大役である。

 蜷川は、シェイクスピアの全37作品を上演する企画「彩の国シェイクスピア・シリーズ」を「芸術監督」として行っていたが、あと5作品でコンプリートというところで亡くなってしまい、その後任を吉田が「芸術監督」を引き受けることになった。元々、吉田がシェイクスピア劇を中心にやっていて、蜷川のシェイクスピア劇にも重要な役で多く出演し、蜷川に信頼を寄せられていたから適任とされた。

 

 シェイクスピア劇の演出もたくさんやって来たとはいえ、あの蜷川幸雄の後を引き継ぐのはかなりの重責である。なにしろ「世界のニナガワ」と呼ばれ、多くの伝説をつくってきた偉人である。その演出は「蜷川マジック」とも呼ばれ、どんなに難解な戯曲でも、誰にでもわかりやすく解きほぐし、なんといっても見た者の心を激しく揺さぶる鮮烈な表現に長けていた。あの演出はほかの誰にも真似できるものではない。

 そもそも『アテネのタイモン』ってどういう芝居なのか。

 シェイクスピアといえば、『ロミオとジュリエット』、『ハムレット』、『マクベス』、『リア王』などは、誰でもなんとなく知っているだろう。ハデな見せ場もあって、見ればそれなりに楽しめるが、吉田が手がけることになった『アテネのタイモン』は、数あるシェイクスピア作品のなかで、あまり上演されることもなく、出来もいまいちとされているもの。神様、いったい、どんな過酷な試練を、吉田鋼太郎に与えたのか! とシェイクスピア劇のように天空に向かって叫びたくなる。ところが、これがとてもおもしろかったのだ。

 

問題作をおもしろく見せた

 ストーリーはシンプルだ。アテネの裕福な貴族タイモン(吉田鋼太郎)は、口当たりのいいことを言って寄って来る者たちを皆“友だち”と捉え、夜な夜な宴を催し、金品を惜しみなく振る舞っていた。哲学者アペマンタス(藤原竜也)のシニカルな批判も、忠実な執事フレヴィアス(横田栄司)の進言にも耳を貸さず、お金を使いまくった結果、破産してしまう。

 こんなときこそ、友だちが助けてくれると思ったら、誰一人、手を差し伸べるものはいず、人間不信に陥り森に引きこもったタイモンは、偶然、黄金を掘り当てる。

 そこへ、やって来たのは武将アルシバイアディーズ(柿澤勇人)。アテネのために戦っていたにもかかわらず、ある出来事をきっかけに追放されたことを恨みに思い、アテネを滅ぼそうと思いつめる彼に、タイモンは見つけた黄金を与える。

 人を見る目がない貴族と調子のいい市民と、物事の道理をちゃんと考えている幾人かの人たち(哲学者、執事、武将)たちが織りなす、喜劇のような悲劇のような問題作だ。

 話がシンプルな分、タイモンってただのばかじゃないかと観客が思ってしまうと、しらけるばかりだが、吉田は、工夫に工夫を凝らし、緩みを見せず、観客の関心を引き続ける。開幕直後の華やかなつかみ、随所に散りばめた笑い。だがここぞというところはずしりと重い。舞台美術(秋山光洋)や照明(原田保)の繊細さもいい。たとえば、タイモンの家が赤字になってしまったときの書類の山が、あとあと屋敷が大変なことになるときの演出とうまいことリンクしている。二幕の森の装置も手が込んでいる。

 

藤原竜也とのコンビプレーが最高

 蜷川は、シェイクスピアを、誰にでもわかるものに心を砕いたが、吉田の演出する登場人物はいっそう庶民的になったように思う。彼が主宰する劇団AUNの俳優がたくさん参加して、小劇場で活動している彼らのたくましさみたいなものが加わった。

 それでいて、知的なところは知的で、吉田ほか、哲学者役の藤原竜也、執事役の横田栄司などが、台詞の内容を情感も込めて、しっかり聞かせる。アテネに復讐を誓う武将役の柿澤勇人は、ミュージカルを主戦場とし、蜷川作品では『海辺のカフカ』で重要な役を演じていたが、初めてのシェイクスピア劇でも可能性を見せた。

 蜷川幸雄は、つねづね、カラダばかり作り込むのではなく、きちんと台詞が(意味をもって)語れる知的な俳優であれと言い続けていたので、そこはしっかり引き継いでいるといえるだろう。

 なんといっても、二幕で、藤原竜也と吉田鋼太郎が延々討論するシーン。台本10数ページ分、深いところあればユーモアもある会話を飽きさせることなくやってのける。とてもばかばかしいプリミティブな表現もあって、それを大きな劇場で成立させてしまうとは。

 藤原竜也のふっと力を抜いた瞬間のおもしろさも生かされていた。

来年は松坂桃李と再タッグ

 指揮者がピアノを演奏しながら指揮する(弾き振り)オーケストラの熱気に似たものが、『アテネのタイモン』にはあった。

 演出も出演も兼ねる人物にはほかに、野田秀樹、松尾スズキ、三谷幸喜、宮藤官九郎などがいて、彼らはさらに脚本も書いていて演出もして俳優としても出ている。その分なのか、彼らはそんなに出ずっぱりの役をやらないが、吉田の場合は、主役、出ずっぱり。作品世界を背負いながら、周囲の俳優たちの動きにも目を凝らしながら、空気を上げていく。こういうことを長年やってきたからこそ、吉田鋼太郎がいま、映画やドラマの世界でも引っ張りだこになっているのだろう。

 

 彩の国シェイクスピア・シリーズはあと4作。次回は、19年、松坂桃李が出演する『ヘンリー五世』。

2019年2月『ヘンリー五世』上演決定!

 13年に上演された『ヘンリー四世』の後日譚で、全作にも出てきたフォルスタッフという酒浸りの無頼騎士は、吉田鋼太郎の当たり役のひとつでもある。松坂は、フォルスタッフに影響される王子役だ。

 蜷川幸雄が遺したシェイクスピア作品コンプリートという神が与えた大きな試練のようなものを、確実に乗り越えて、吉田鋼太郎には、ニッポンのおじさん俳優の真価を見せつけていただきたい。

 18年の吉田は、『アテネのタイモン』が終わると、2月から蜷川幸雄三回忌追悼公演『ムサシ』に出演する。

撮影:渡部孝弘
撮影:渡部孝弘

彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾『アテネのタイモン』

2017/12/15~12/29 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

2018/1/5~1/8  兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

作:ウィリアム・シェイクスピア

訳:松岡和子

演出:吉田鋼太郎

出演:吉田鋼太郎、藤原竜也、柿澤勇人、横田栄司 他

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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