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大河ドラマ『おんな城主 直虎』が、朝ドラ以上に女性のドラマ化している是非を問う

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
ムック「おんな城主直虎 後編」(NHK出版)表紙画像より
ムック「おんな城主直虎 後編」(NHK出版)表紙画像より

女性が主人公でも高い視聴率を誇る大河ドラマもある

歴史的に稀有な存在“おんな城主”として、後に徳川四天王のひとりとなる彦根藩主・井伊直政を育てあげた、井伊直虎(柴咲コウ)の生涯を描く大河ドラマ『おんな城主 直虎』は、視聴率的にやや苦戦しているが、その理由が、女性を主人公にしているからとは一概に言えない。

大河ドラマは過去にも女性主役の作品が何作もあり、その視聴率は必ずしも低くない。

豊臣秀吉の妻・ねねを主人公にした『おんな太閤記』(81年)、三代将軍・家光の乳母が主人公の『春日局』(89年)、山内一豊の妻が主人公の『功名が辻』(06年)、徳川家定の妻が主人公の『篤姫』(08年)、信長の姪が主人公の『江〜姫たちの戦国』(11年)などは、視聴率的にも悪くなかった。いや、悪くないどころか、橋田壽賀子が脚本を書いた『春日局』と『おんな太閤記』は、大河ドラマ56作の視聴率ランキングの3位と5位に君臨しているくらいだ。

余談になってしまうが、橋田壽賀子はこの2作の間に、大河ドラマ初の無名の庶民が主人公のドラマ『いのち』(86年)を書いているのだからすごい。しかも『おんな太閤記』と『いのち』の間に、朝ドラ『おしん』(83年)を書いている。なんたるパワーなのか。

そういうこともあって、女性が主人公の大河ドラマも悪くはないし、とりわけ『直虎』は、目下、歴史上有名な武将たちに頼らずして、女性を描いたドラマとして面白いものになりそうな兆しを見せている。

『おんな城主 直虎』は、歴史的な大きな出来事の影で、大国にはさまれて、生き残りに必死になる小国(井伊家)の様子を描いていて、『春日局』や『おんな太閤記』、『篤姫』『江』などと比べるとスケール的にはやや小さく見える。とはいえ、前作の『真田丸』は、大国の間を揺れ動く小国(真田)を描いて好評だった。人気・武将・真田幸村(信繁)が主人公だったこともあるとはいえ、生き残りを賭けての頭脳戦は視聴者の受けもいいはずだ。いまはまだ幼い直政(虎松/寺田心)が成人(菅田将暉)になると盛り上がっていくのではないかと思う。

女のドラマとして傑作だった20話

これから先に期待がかかる第20話『第三の女』(5月21日(日)放送)では、「今川と武田に争う兆し」に緊迫する井伊家の姿が描かれた。おりしも、すでに亡くなっている直親(三浦春馬)が、過去10年間、逃亡していた先でもうけた娘だという高瀬(高橋ひかる)が訊ねて来て、武田の間者ではないかという疑惑が持ち上がる。

直親には諸説あるらしいが、史実では、ほかにも子供をもうけていたとか。大河ドラマにかぎらず、昭和以前が舞台のドラマでは、夫にほかの女性がいるのは、わりと当たり前。昭和のドラマだって夫の浮気エピソードは多い。とりわけ近世は、正妻以外の女性がいることは自然なことだ。たとえば、『功名が辻』では、一豊(上川隆也)に、長澤まさみ演じるくのいちが色仕掛けで迫って情報を得るというエピソードもあった。最初は拒むが結局抗えず…みたいな流れに、落胆した女性視聴者もいたようだ。

浮気された女のほうは忍耐するしかないわけだが、『直虎』の20話は、男性に浮気された女性のストレスを大発散させて、プラスに転じた傑作であり、女性のドラマとして優れたものを感じさせた。

20話を少し振り返ってみよう。

直親がよそでつくったらしき娘の存在に、幼い頃に許婚となって以来、紆余曲折あって結ばれない運命となりながらも、彼ひとすじに思いを寄せてきた直虎と、井伊家のために世継ぎをつくるために結婚し、みごと直政(虎松)を生んだ妻・しの(貫地谷しほり)は大きなショックを受ける。

かなり動揺しているにもかかわらず、当主として冷静なふりをする直虎と、「おふたり(直虎と直親)の絆に心悩ませたわたしが浮かばれません」と悔しさをあらわにするしの。表現は違うが、大きなダメージを受けたのは同じだ。ふたりは、過去、直親が自分たちに個々に語った甘くロマンチックな言葉を思い出しながら、しだいに怒りが増していく。

名台詞「みごとにすけこまされた」

「なんという二枚舌。

おのれ、すけこましが。

我らは共にみごとにすけこまされたということでございましょう」

しのの、このポップな台詞は、『真田丸』第4回で、女たちが、「さみしさが募るとかかとがかさかさになる」などと女子トークをする場面に近いといえそうだ。こちらは浮気された愚痴ではないが、放っておかれた女性の一例を表す台詞としてセンスがよく、この場面は、多くの視聴者に好評で、かつ、のちの伏線にもなっていて(18話)、筆者は、こんな記事を書いたことがある。

まさかの、かかとかさかさ再登場「真田丸」18回

こうして、同じ仮想敵(高瀬)をもったことにより、これまでは直親をめぐって微妙に気まずい気持ちを抱いていたふたりに、同志のような感情が芽生える。それを小野政次(高橋一生)は「死せる直親、敵同士、手を結ばせるか」と感心するのだ。

森下佳子の脚本は女性心理をうまく掬い取っている。男性の行いに対しての怒りは昔の女にだってあるから、『源氏物語』の六条御息所や『四谷怪談』のお岩さまなどが生まれるのだ。たいてい重たいものになっていた話をここへ来て、ようやく笑い飛ばせるようになったことが『真田丸』であり『直虎』だ。

それにしたって、直親役の三浦春馬が、ときに爽やかに、ときに切なく、ときに甘く、女性にささやいていた表情をここへ来て、がっかりシーンにしてしまうなんて、画期的過ぎる。演じた三浦春馬はあらかじめ、これを知らされていたのだろうか。知っていようといまいと、20話を観て、いったいどう思ったのだろうか。そういうところも含めて愉快痛快の回だった。

そして、これによって、直虎に毒舌を言いながらも仕える政次が、いっそう男をあげてしまうのだ。彼はまるで、少女漫画の古典的名作『ベルサイユのばら』の、女性ながらも闘いの最前線に立つオスカルを最後の最後まで見守るアンドレそのもののようで、女性視聴者にはたまらない存在である。

この数年、歴史上で事を成し遂げた著名な女性の一代記を描くことが増えた朝ドラ(現在はその反動で無名の少女を主人公として描く『ひよっこ』だが、次作はまた、吉本興業を創業者・吉本せいがモデルになる)を、「女の大河ドラマ化」と筆者は、拙著『みんなの朝ドラ』で呼んでいるが、大河ドラマの新しい芽も大切に育ててほしい。

5月28日放送の21話「ぬしの名は」では、浜名湖に面した港町・気賀で、直虎が盗賊に囚われてしまう。

NHK 大河ドラマ『おんな城主 直虎』(作:森下佳子/毎週日曜 総合テレビ午後8時〜 BSプレミアム 午後6時〜)

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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