「チャンスがあるならやろうっていう感じです。球が死んできたっていうわけではないんで、トライアウトではその辺も見せれたらなと思います」

 明日、12月8日に開催される「プロ野球12球団合同トライアウト」。プロ野球選手としての生き残りをかけた舞台に向けて意気込みを語るのは、今シーズンまで東京ヤクルトスワローズでプレーしていた中尾輝(ひかる)である。

2018年はヤクルトの交流戦最高勝率に貢献

 中尾は杜若(とじゃく)高校、名古屋経済大学を経てドラフト4位で2017年にヤクルトに入団。2年目の2018年には左の中継ぎとして54試合の登板で7勝3敗12ホールド、防御率3.50の成績を残し、チームの交流戦最高勝率にも大きく貢献している。だが、27歳になった今年は一軍で投げる機会のないまま、シーズン終盤の10月6日に戦力外通告を受けた。

「正直、自分の中では(戦力外と)言われるだろうなっていうのがあったんで。それまであんまり結果を出せなかったっていう悔しさの方が大きかったですね」

 2019年は12試合、2020年は5試合と一軍での登板機会が激減していく中、プロ5年目の今シーズンは背番号がそれまでの13から63に変更され、キャンプ、開幕とも二軍。夏場には「何か変えないとこのまま終わるぞ」という首脳陣の勧めでサイドスロー転向も試みたが、もともと上から投げ込むストレートが身上の中尾にとって、モデルチェンジは容易なことではなかった。

「タテ投げが(身体に)染み込みすぎてて。自分の持ち味が全部消されると思って、結局は勝手にやめたんです。自分の投げたいように投げて、終わりなら終わりでいいかなっていう気持ちにもなったんで」

「練習は悔いなくできた。あとは出し切るだけ」

 9月30日に戸田で行われた東北楽天ゴールデンイーグルスとの今季イースタン・リーグ最終戦。1カ月あまり間隔の空いた公式戦登板でも自分らしく上から投げ込み、ストレートは最速143キロをマークした。1イニングの出番で、ピンチを招きながらも併殺で切り抜けるなど無失点。だが、中尾にとってはこれがヤクルトの投手として上がる最後のマウンドになった。

「ずっと投げる期間(登板間隔)が空いていて、最終戦で急に『試合で投げるぞ』みたいになったんで、まあそういうことだろうなと思ってました」

 戦力外通告を受けた直後はトライアウトへの参加も決めかねていたが、「受けてほしいなっていう感じで言われたんで」と愛妻の言葉にも背中を押され、11月に入って決断。地元・名古屋で友人たちの助けを借りながら、地道に練習を続けてきた。

「練習は悔いのないぐらいできたんで、あとは出し切るだけです。不安があるとしたら、バッターが立った時にどうかなっていうぐらいだったんですけど、それも地元の先輩とか後輩にやってもらったんで。(トライアウトで)ぶっつけ本番でやってたら感覚がわからなかったと思うんで、良かったです」

持ち味は「ホップ成分」54センチのストレート

 もともと中尾の持ち味は、伸びのあるストレート。前述のとおり中継ぎとしてフル回転した2018年は、投球が重力の影響のみを受けてホームプレートまで達した場合と比べ、どれだけ上に到達していたかを表す「ホップ成分」は54センチを記録していたという。

 中尾によれば、これは当時「NPBのランキングでも2番目か3番目ぐらい」。プロ野球界でも屈指の伸びのあるストレートに加え、スライダー、さらにこの年から左打者に対しても投げるようになったフォークボールで、高い奪三振率を誇った。

「無心で投げてたんです、あの時は。それがどっかから変わっちゃった感じです。それまではストライクゾーンに投げ込むっていうだけでやってたのが、打たれていくうちにコースとかを狙い始めて。自分で不利なカウントをつくっちゃってフォアボール、ヒットで1点とか、自滅というかそういう感じが続いちゃってたんで……」

 自信を持って投げ込み、ファウルや空振りを取れていたストレートが、いつしかバッターに捉えられるようになった。スライダーを横に曲げようと意識することで、完全にタテ振りだった体の動きがヨコ振りになり、球速を出すために腕を強く振ろうと思うあまり、知らず知らずのうちにリキんで投げるようになっていた。

トライアウトでは「ストレートを見てもらわないと意味ない」

「投げる位置もいつもより低くなってて、ホップ成分も落ちてました。自分は打たれるイコール、スピードが落ちてるって考えてたんですけど、今年の6月に150(キロ)出た時も前より空振りが取れなくなってて……。先週、知り合いのところでデータを取ってもらったら、リキまない方が伸びはすごいあったんです。むしろスピードが遅い方が伸びは強かったので、そこを勘違いしてたのかもしれないです」

 大学時代に中尾とバッテリーを組み、BCリーグの富山GRNサンダーバーズでプレーした経験を持つ佐野弘幸さんを相手に、本来のストレートを取り戻すべく投げ込んできた。トライアウトに向けて、やれることはすべてやった。あとは“本番”で自分の持ち味を出すだけだという。

「やっぱりストレートを見てもらわないと意味ないんで。ストレートで早めにツーストライクに追い込んで、三振を取れる能力を見せていけたらなと思います。追い込んだらフォークでもスライダーでも、どっちでも三振を取れる自信はあるんで。プロに入る前からの自分の一番の武器は右バッターのインコースへの真っすぐなんで、(相手が)右だったらインコースの真っすぐで見逃し三振とか取りたいですね」

理想は「一番好きな選手だった」立浪新監督の下で……

 自身が戦力外通告を受けた後でヤクルトは6年ぶりのセ・リーグ優勝、そして20年ぶりの日本一に輝いた。今季までのチームメイトの躍動をテレビの画面越しに見て「ピッチャーも野手も、みんな神がかってた。(自分は)すごいチームにいたなって感じですね」と語る。

 かつての、と言うにはあまりにも間もない仲間たちの「すごい」姿を刺激にして、トライアウトのマウンドに上がる。そこにはこれまで応援してくれたファンへの感謝の念もある。

「本当にみなさん優しい言葉ばかりかけてくれて、ありがたかったです。昨年とか今年は多少、距離を取ってでしたけど、それでも遠めから声をかけてくれてました。たぶんヤクルト(を戦力外になった選手)からトライアウトを受けるのは僕だけなんで、頑張ります」

 今年も無観客のため、ファンが駆けつけることはできないが、明日は母と兄が会場を訪れる予定だという。名古屋に戻った今、理想は地元・中日ドラゴンズから声がかかること。「子供のころ、一番好きな選手でした」という立浪和義新監督に向けて、自慢のストレートで目いっぱいアピールする。