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あれから10年…節目の年だからこそ、もう一度見たい田中将大vs由規の投げ合い

菊田康彦フリーランスライター
田中将大と由規が最後に投げ合った2011年5月20日のKスタ宮城(筆者撮影)

 東日本大震災からちょうど10年──。あの2011年、当時も東京ヤクルトスワローズを取材していた筆者にとって、忘れられない試合がある。

 5月20日、日本製紙クリネックススタジアム宮城(現在の名称は楽天生命パーク宮城)。日頃、ヤクルトの遠征試合は取材しない筆者が、東北楽天ゴールデンイーグルスとの交流戦のために仙台まで足を運んだのは、この日のマッチアップをどうしても現場で目に焼き付けておきたかったからだ。

フランチャイズヒーローvsホームタウンボーイ

 ホーム・楽天の先発は、当時プロ5年目の22歳にして、既に投手陣の大黒柱の田中将大。対するヤクルトの先発は地元・仙台の出身で、前年の2010年はプロ3年目で初の2ケタ勝利をマークした21歳の由規。いわばフランチャイズヒーローとホームタウンボーイの対決である。

 とはいえ、2人のマッチアップはこれが初めてではない。前年まで2年連続して杜の都で投げ合い、2009年は完封勝利(2対0)の田中、2010年は8回途中1失点(3対1)の由規に軍配が上がっていた。これで3年連続3度目ながら、震災からまだ2カ月あまりというこの時期の2人の投げ合いは、特別な意味を持つ。だからどうしても見ておきたかった。

 思い出すのは当日、球場に行く前に立ち寄ったイーグルスショップでの一コマである。そこで見かけたのは「今日、ヤクルトは由規が投げるんだよねぇ」と店員に話しかける、楽天のキャップをかぶった年配の男性。地元・楽天を応援しながらも、由規の“凱旋”登板が楽しみで仕方がないといった様子が微笑ましかった。

3年連続3度目の投げ合いの結末は…

 このシーズン、田中はそこまで5試合の登板で2勝1敗、防御率1.66。由規も同じく5試合の登板で4勝1敗、防御率1.80。この年から低反発の統一球が導入されていたこともあり、ロースコアの展開が予想された。

 ところが初回、田中が1点を失うと、その裏のマウンドに上がった由規も、明らかに力んでいるように見えた。2つの四球と安打で1死満塁のピンチを招き、五番・中村真人の犠飛で試合を振り出しに戻されてしまう。

 両投手とも圧巻だったのはそこからだ。田中が毎回のように走者を背負いながらも要所を三振で切り抜けると、由規も最速156キロのストレートを武器に追加点を与えず、1対1のまま迎えた7回裏の楽天の攻撃──。

 1死二塁で打席に入った楽天の七番・鉄平(現楽天コーチ)が、由規のこの日101球目のストレートを叩くと、レフト方向に上がった飛球は浅めに守っていたユウイチ(現ヤクルトコーチ)が差し出すグラブを越えていく。これが決勝のタイムリーツーベースとなって、楽天が2対1で勝利。3度目の対決は143球で完投、その時点では9イニングでの球団新記録となる15三振を奪った田中に軍配が上がった。

特別な”凱旋”登板だからこその「力み」

 由規も敗れたとはいえ、8回まで122球を投げ、5奪三振、2失点で完投という堂々たるピッチング。それでも試合後に語ったのは「仙台でもう3回目(の先発)になりますけど、意識してしまうのはしょうがないとして、やっぱり初回に力みが出てしまうというのは、技術的な面よりも精神的な部分だと思う。もう少し立ち上がりの入り方というのは、気をつけないといけないなと思います」という反省の弁だった。

 ただ、その「力み」が筆者にはうれしかった。間違いなく前年までとは違う、特別な“凱旋”登板。地元・仙台への思い、復興への思い、そして被災した人々や亡くなった人々への思い……。さまざまな思いを背負っていたからこその気持ちの高ぶりであり、「力み」だと思ったからだ。この日のスタンドには、高校時代にバッテリーを組んだ先輩で、震災で若くして命を落とした斎藤泉さんの両親も駆けつけていたという。

 その後、1カ月も経たないうちに左脇腹を痛めて戦列を離れた由規は、地元・仙台で開催されたオールスターに合わせて復帰するも、シーズン終盤には右肩痛で再び離脱。そこからは故障との戦いに明け暮れることになる。

 一方の田中は、2013年にはシーズン24勝0敗という空前絶後の記録を打ち立てるなど、楽天を球団初の日本一まで導き、翌2014年からはメジャーリーグの舞台へ。7年間在籍したニューヨーク・ヤンキースから昨オフにFAとなり、今年の2月になって楽天への復帰を決めた。

独立リーグで現役続行の由規は「NPB復帰目指す」と

 今年、2021年度のNPB選手名簿に由規の名前はない。右肩手術を経て、2016年には1786日ぶりの白星を挙げるも、2018年限りでヤクルトから戦力外通告を受けて退団。翌年は楽天と育成契約を結び、同年中に支配下復帰を果たしたが、2020年は一軍登板のないまま再び戦力外となったからだ。

 ただし、由規はまだ“終わって”いない。昨年12月にはプロ野球12球団合同トライアウトを受け、今年はルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズで現役を続行(登録名は本名の佐藤由規)。入団会見ではNPB復帰を目指すと話したという。

 今のところ、あの2011年が最後となっている田中と由規の投げ合い。田中が今年もメジャーでプレーを続けていたら、あるいは楽天が今年も由規と契約していたら、実現するはずもなかった。その可能性がゼロではなくなった今だから、そしてあれから10年という節目の今年だからこそ思う。もし2人のマッチアップが10年ぶりに実現したら、と。

 由規はまだこれから独立リーグで新たなスタートを切るという段階であり、気が早いと言われるかもしれない。それでも見たい。度重なる故障に抗い、2度の戦力外通告にも抗って現役にこだわり続ける31歳の由規が、再びNPBの舞台に返り咲き、メジャーリーグから凱旋した田中将大に挑む姿を──。

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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