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海外FA権よりポスティングの方が圧倒的補償を得られる現行制度は本当に機能しているのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
松井裕樹投手のパドレス移籍で楽天は何の補償も得られない(写真:CTK Photo/アフロ)

【パドレスが松井投手の獲得を正式発表】

 パドレスが日本時間の12月23日、すでに米メディアが契約合意と報じていた松井裕樹投手の獲得を正式発表した。

MLB公式サイトなどの報道によると、契約内容は5年総額2800万ドルで、2026、2027年シーズン終了後にオプトアウト(契約解除)できる条項が加えられているという。

 またその他に負傷条項が含まれており、松井投手がパドレス在籍中に左ヒジ等に大きな負傷をした場合、契約最終年はチームが権利を有するオプション契約に切り替わるという。

【平均年俸560万ドルは主力リリーフ投手に匹敵する評価】

 今オフのFA市場で大谷翔平選手(10年総額7億ドル)や山本由伸投手(12年総額3億2500万ドル)が破格の大型契約を結び、かなり我々の金銭感覚が狂わされている感があるが、今回の松井投手の契約は決して悪いものではない。

 パドレスは契約内容の詳細について明らかにしていないが、平均年俸額は560万ドルに達しており、これは現時点で来シーズンの契約を結んでいるリリーフ投手(クローザーを含む)の中でもトップ30に入っており、主力リリーフ投手に匹敵する評価を受けている(資料元:「spotrac」)。

 昨シーズンまでクローザーを務めていたジョシュ・ヘイダー投手がFAとなり、彼との再契約は困難だと見られる中、データ専門サイト「Fan Graphs」では松井投手を、ソフトバンクと阪神で活躍していたロベルト・スアレス投手とともにクローザー候補と予想しているほどだ。

 仮に来シーズンからクローザーを任されるようになり、期待通りの成績を残せたならば、オプトアウト権を行使して更なる高額契約を獲得できるチャンスもある。

 まだFA市場に残された今永昇太投手、上沢直之投手、藤浪晋太郎投手も、米メディアの報道では契約交渉が進んでいるようなので、彼らも遅かれ早かれ新たな所属先が決まることになりそうだ。

【松井投手のMLB移籍で何の見返りもない楽天】

 ところで松井投手は海外FA権を取得してのMLB移籍なので、前所属チームの楽天は一切の補償を受けることができない。簡単にいえば松井投手を無償で他チームに奪われたかたちになったわけだ。

 一方で、ドジャースと契約合意したと報じられた山本投手、さらに今永投手、上沢投手はポスティングシステムを使ってのMLB移籍なので、彼らが合意した契約内容に準じて移籍金が前所属チームに支払われる。

 すでに日本でも報じられているように、山本投手は投手としてMLB最高額で契約合意しており、オリックスに支払われるだろう移籍金は5062万5000ドルに上ると見込まれている。

 一部メディアによると、この移籍金は昨シーズンのオリックスの年俸総額の約3.6倍に相当しており、山本投手の損失は計り知れないが、オリックスが得た対価も、とてつもなく大きいものであることは紛れもない事実だ。

【過去に類を見ないMLB内の日本人投手人気】

 すでにMLBで十分な実績を残した大谷選手は別として、まだMLBで1球も投げていない山本投手を獲得したいというMLB各チームの熱意はある意味異常を極めていた。そうでなければあれほどの破格な契約内容になっていなかっただろう。

 確かに山本投手がNPBで残した実績は過去にないものだったが、それだけに止まらず、今年3月に開催されたWBCで侍ジャパンが披露した大会随一の投手力によって、MLB内で過去に類を見ないほど日本人投手の評価が高まってしまっているという背景もあるのだ。

 これも日本で報じられているように、今永投手もFA市場で先発投手としてトップクラスの評価を得ており、彼も大型契約を獲得できると予想されている。

 そうした山本投手や今永投手がMLBの舞台で、期待される通りの活躍をすることになれば、MLBがますます日本人投手に触手を伸ばしてくることになるのは必至だ。

【MLBとNPB間にある圧倒的な経済力格差】

 大谷選手や山本投手の異次元ともいえる大型契約はいわずもがな、松井投手が合意した契約内容を用意できるNBPチームがどれだけ存在しているだろうか。残念ながらNPBとMLBの間には圧倒的な経済力格差が生じている。

 そしてその格差は今も拡大の一途を辿っており、NPBは今後ますますMLBの選手引き抜き活動に抗えなくなっていくだろう。ならば海外FA権を取得するまで選手を引き留めるよりも、ある程度の見返りを求めて、ポスティングシステムによるMLB移籍を容認する流れが強まっていくしかない。

 それはつまり、現行FA制度の崩壊を意味するものだ。早急に制度改正を検討すべきだろう。

 国内FA移籍のように人的補償は難しいかもしれないが、海外FA権を取得してMLB移籍を目指す選手についても、前所属チームに移籍金のようなものが支払われる制度を設ければ(MLBのクォリファイングオファーのようなもの)、ポスティングシステムそのものが不要になるし、FA権取得期間も見直すこともできるはずだ。

 このまま手をこまねいていると、現行の海外FA制度は有名無実化しかねない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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