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契約時期と契約年数から考える前田健太が合意した契約内容の価値と意味

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
タイガース入りが正式に決まった前田健太投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【日本人FA選手の中で最初に契約合意した前田投手】

 日本でMLBのオフシーズンがこれ程注目を集めているのは、かなり珍しいことだろう。MLB史上最高の年俸総額5億ドル超の大型契約が期待される大谷翔平選手、さらに今オフFA市場で先発投手として最高評価を受けている山本由伸投手が揃い、連日彼らの報道が続いている状況だ。

 そんな中、日本人FA選手の中で最初に契約合意に至ったのは前田健太投手だった。現地時間の11月26日に米メディアがタイガースとの契約合意を報じていたが、2日後の28日にタイガースが正式発表した。

 タイガースは今回の契約内容についても明らかにしており、契約総額は報道されていたように2年総額2400万ドルだったが、2024年が1400万ドルで2025年は1000万ドルと変則的な年俸額になっている。

 それでは日本人FA選手の中で第1号となった今回の契約合意を、我々はどのように捉えるべきなのだろうか。本欄では契約時期と契約年数の側面から考えてみたい。

【前田投手がタイガースの重要補強戦力だった証】

 まず契約時期についてだ。オフシーズンが始まったばかりの11月中に契約合意に至ったのは、いうまでもなくかなり早い。実際ここまで前田投手より以前に契約合意している先発投手は、わずか5人しかいない(マイナー契約を除く)。

 今オフに関しては、ノンテンダー(来シーズンの契約更新の意思が無いことを通告するもの。つまり戦力外通告)の期限最終日が11月17日に設定されていた。ここで各チームの40人枠が整理されるため、通常ここからチームの補強戦略が具体化されていく。

 またこの時点でチームが補強に回せる予算、補強する選手の優先順位なども明確になっている。そうした状況下で、タイガースが真っ先に獲得に動いたのが前田投手だったわけだ。

 11月中という契約時期だけでも、前田投手に対するタイガースの期待度が窺い知れるだろう。

【若手先発投手陣の生きる教材として期待】

 今回の契約合意を受け、オンライン会見に応じたスコット・ハリス編成部門球団社長は、前田投手獲得の経緯を以下のように述べている。

 「我々はチームを勝たせてくれるだけでなく、若手先発投手陣に好影響をもたらしてくれるベテラン投手を加えたかった。ケンタは確実にストライクを投げられ、空振りを奪える様々な球種を有している。また良きチームメイトであり、常に勝利のために全力を尽くしてくれる。そうしたことが若手投手たちに伝播していくことを期待している」

 ハリス氏が説明しているように、前田投手を除く来シーズンの先発投手陣として期待されている4投手(あくまで現時点だが…)は全員20代で、しかもMLB在籍期間も4年未満ばかりだ。

 そうした彼らに、投手としての経験値を示せる教材として前田投手が抜擢されたわけだ。それだけタイガースが前田投手の投球術を高く評価している証だろう。

【前田投手と同年代の投手たちはすべて単年契約】

 次に契約年数に関して考えてみたい。

 ちょっと話は横道に逸れてしまうが、8月に公開した有料記事で、負傷者リスト復帰後の前田投手は徐々にトミージョン手術前の球威に戻っており(この点はハリス氏も同様に指摘している)、今オフは平均年俸額(AAV)2000万ドル前後で2~3年の契約が期待できると予想していた。

 実際の契約はAAVが1200万ドルの2年契約に止まっているので、自分の予想範囲の中では厳しい内容だったといわざるを得ない。

 だがここまでのFA市場動向を考えると、契約年数においてもしっかり評価されていることが理解できるのだ。実は前田投手と同年代のベテラン投手たちが、前田投手よりも厳しい評価を受けているからだ。

 前述した通り、ここまで前田投手以外で契約合意できたFA先発投手は5人しかいない。その中で複数年契約を結んでいるのは、FA市場でトップクラスの評価を受けていたアーロン・ノラ投手(7年総額1億7200万ドル)とソニー・グレイ投手(3年総額7500万ドル)の2人しかいない。

 そして単年契約に合意した投手の中には、前田投手と同年代で36歳のランス・リン投手(年俸1100万ドル)とカイル・ギブソン投手(年俸1200万ドル)が含まれている。

 リン投手はMLB通算136勝の実績を誇り、今シーズンもホワイトソックスとドジャースに在籍し、32試合に登板し13勝を記録している。また通算104勝のギブソン投手も、今シーズンはオリオールズで33試合に先発し、チーム最多の15勝を挙げている投手だ。

 そうした2人のベテラン投手が単年契約で合意している中で、前田投手は彼らとまったく変わらない年俸額で複数年契約を獲得しているのだ。しっかり評価された上での2年契約だったといっていいだろう。

【投手有利なタイガース本拠地球場で更なる活躍も】

 また前田投手はタイガースと契約できたことで、契約期間の2シーズンでこれまで以上の活躍を期待できそうなのだ。

 というのもタイガースの本拠地球場であるコメリカパークは、MLB30球場で最も本塁打が打ちにくい球場だからだ。様々なデータを紹介しているMLB公式サイトの「savant」によれば、2021年から2023年の3年間でHR指標が最も低いのはコメリカパーク(79)なのだ。

 ちなみに過去4シーズン在籍したツインズのターゲットフィールドは、104で全体の18位にランクしている。つまりMLB平均以上に本塁打が打ちやすい球場だった。

 昨シーズン(2023年シーズン)の前田投手は計17本の本塁打を許しているが、そのうち9本(9試合登板)が本拠地球場だったのに対し、敵地では12試合に登板し8本だった。

 こうした背景から、来シーズンの前田投手は本拠地球場での被本塁打数をかなり削減できそうだ。そして契約2年間で安定した投球を披露できれば、38歳になっても更なる高額年俸すら期待できるだろう。

 改めて今回のタイガースとの契約合意は、前田投手にとってまさに理想的なものだったと考えてほしい。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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