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通算200勝にあと2勝に迫りながら極度の不振に陥るウェインライトを待ち受ける予想外な引退の花道

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今シーズン限りでの引退を表明しているアダム・ウェインライト投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【実績あるベテラン選手たちだけに与えられる特権】

 MLBでは1つの風習になっているのだが、一部の実績あるベテラン選手たちだけに与えられる特権があるのをご存知だろうか。

 輝かしい実績を残し所属チームから一目置かれる存在となり、引退時期を自分で決められるという特権だ。彼らの中には開幕前にシーズン終了後の現役引退を発表し、最後のシーズンを満喫しながら花道を飾る選手も少なくない。

 昨シーズンでいえば、カージナルスのアルバート・プホルス選手やヤディア・モリーナ選手がそうであり、今シーズンならタイガースのミギュエル・カブレラ選手がそうしたベテラン選手たちだ。

 彼らは最後の遠征地でも相手チーム、ファンからも温かく迎えられ、これまでの功績を労うセレモニーを実施してもらったりもする。

 カージナルスのアダム・ウェインライト投手もそうしたベテラン選手の1人として今シーズン見事な花道を飾ることが期待されていたが、かなり悲劇的なシーズンを過ごしている。

【もう1年現役を続ける決心をしたウェインライト投手の思い】

 2019年シーズンからカージナルスと毎年1年契約を結んできたウェインライト投手は、昨シーズンもプホルス選手、モリーナ選手と一緒に引退するのではとの噂が流れたりもしていた。

 だが昨年10月に「もう1年やりたい」と現役続行を宣言し、カージナルスと新たに1年契約で合意。今シーズンを迎えていた。

 現役続行を決めた裏には、ウェインライト投手なりのこだわりがあったのではないだろうか。それは昨年9月のことだが、モリーナ選手とのバッテリーによる通算先発試合数のMLB記録を更新した際に、彼が発した言葉に見え隠れしているように思う。

 「ヤディ(モリーナ選手の愛称)はこの記録だけでなく、選手個人として様々な輝かしい記録を残しているが、自分はこれ1つくらいだからすごく誇りに思っている」

 長年カージナルスの大黒柱を担ってきたウェインライト投手は最多勝タイトルを2度獲得しており、傍から見れば多少の謙遜も含んでいる発言のように聞こえる。

 ただウェインライト投手が話しているように、モリーナ選手はポジション別通算刺殺数でMLB記録を更新するなど、MLB史上屈指の捕手として認知される存在だった。それを考慮すると、彼の通算成績が多少なりとも見劣りするのは仕方がないところだろう。

 そんなウェインライト投手が昨シーズン終了時点で、個人として誇れる記録が目前に迫っていたのだ。あと5勝に迫っていた通算200勝という金字塔だ。この記録達成こそが、現役続行のモチベーションになっていたとも考えられるわけだ。

【WBC中のアクシデントで開幕はILスタートに】

 繰り返しになるが、ウェインライト投手がカージナルスと新たに1年契約を結んだ際、誰もが素晴らしい花道を飾るものだと期待していた。

 チームはオフの補強に成功し、ナ・リーグ中地区制覇の最有力候補だと考えられていたし、昨シーズンも11勝を挙げていたウェインライト投手自身も、主力先発投手として難なく通算200勝をクリアすると誰もが予想していた。

 ところがシーズン開幕前から、不運に見舞われることになった。

 米国代表としてWBCに参戦していたところ、侍ジャパンとの準決勝の日にウェートトレーニング中に内転筋を負傷するアクシデントに襲われてしまったのだ。

 診断の結果完治まで数週間を要することが判明し、予定されていた開幕投手はおろか、負傷者リスト(IL)入りでシーズンを開幕する羽目になってしまった。

【復帰後は不安定な投球が続き再びIL入りへ】

 大黒柱を失ったチームは開幕から負けが続き、思わぬ苦戦を強いられることになった。その原因の1つに挙げられていたのが不安定な先発投手陣なだけに、ウェインライト投手の復帰を待ち侘びる声が日増しに強まっていった。

 そしてチームが地区最下位に沈む中、5月6日のタイガース戦で遂にウェインライト投手が戦列に復帰。これを機にチームも少々気流に乗るかと思われていた。

 とりあえず復帰後3戦目のドジャース戦、4戦目のレッズ戦で勝利投手になってはいるものの、投球内容は復帰登板初戦から毎試合打ち込まれるケースが続き、防御率は5~7点台で推移している状態だった。

 そして今シーズン3勝目を挙げた6月17日のメッツ戦を最後に、3試合連続で大量失点を許し、5回を投げきれずに降板してしまう極度の不振に陥ってしまった。

 ウェインライト投手の状態を危惧したチームは7月4日付けで、右肩の張りを理由に再び彼をILに戻す決断を下した。それは多分に調整期間を与える意味合いが強かったように思う。

【8月に入り投球内容はさらに悪化の一途】

 2度目のILから復帰したウェインライト投手は、7月24日のダイヤモンドバックス戦でシーズン後半戦に臨んだものの、8月に入ると4日のロッキーズ戦で7失点され3回で降板し、11日のロイヤルズ戦では8失点を許し2回途中(1アウトも奪えず)での降板を余儀なくされている。

 もしウェインライト投手が今シーズン限りでの引退を表明しておらず、チームがポストシーズン争いをしていたのなら、即座に先発ローテーションから外されてもおかしくない状況だ。

MLB公式サイトによれば、オリバー・マーモル監督は苦しい胸の内を吐露している。

 「(先発ローテーションに関する質問は)デリケートなものだ。正直な質問だとは思う。ただそれが適切なものかと言えば、そうではない。

 とりあえずワイノ(ウェインライト投手の愛称)と話し合う。その質問に答える前にいろいろ整理していくことになるだろう」

【ウェインライト投手「自分以上に悲しんでいる人はいない」】

 もちろん一番苦しい時間を過ごしているのは、当のウェインライト投手本人だ。同じくMLB公式サイトが紹介している。

 「こんな投球をしたくはない。ただ恥ずかしい。誰も見たくはないだろう。

 皆が自分を応援してくれている一方で、今起こっていることを悲しんでいるのも知っている。ただ信じてほしい。自分以上に悲しんでいる人はいない。本当に悲しい思いだ。

 ただし自分はしっかりと締めくくる自信を持っている。何を根拠にしているのかは分からないが、それを信じて止まない。それが重要なことだ」

 果たしてウェインライト投手は、どのような結末を迎えることになるのだろうか。そしてあと2勝に迫った通算200勝を達成することができるのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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