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大谷翔平トレードの最終決定権を握るオーナーの底意と球界内にトレード推進論が充満する背景

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
トレード期限まで1週間を切りその去就が注目される大谷翔平選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【いよいよ佳境を迎える大谷選手のトレード騒動】

 トレード期限日である8月1日まで1週間を切り、いよいよ大谷翔平選手のトレード騒動が佳境を迎えようとしている。

 MLBネットワークのジョン・モロシ記者が投稿した最新ツイートによれば、オリオールズやダイヤモンドバックスも大谷選手のトレード獲得に参戦しているとする一方で、エンジェルスはタイガース3連戦とブルージェイズ3連戦の結果を見定めるまで判断を保留する構えのようだ。

 ただエンジェルスのポストシーズン(PS)進出の可能性は、依然として厳しい状況にある。

 8月はブレーブス3連戦(第1戦だけ7月31日)を皮切りに、メッツ以外すべて現時点で勝率5割以上のチームと対戦するという過酷なスケジュールが待ち受けているからだ。

 それを考慮すれば、エンジェルスとしては7月中に是が非でもある程度の貯金を貯め込んでおきたいところだろう。

【最終決定権を有するモレノ・オーナーの底意とは?】

 これまで米メディアの間では、大谷選手がトレードされるかどうかは、エンジェルスが如何にPS争いを演じられるかにあるという見方が一般的だった。

 ここ最近は勝ちたいという意思を公言し続けてきた大谷選手が残留する、最低条件だと考えられているからだ。

 ところがESPNのバスター・オルニー記者がエンジェルス元職員や他チームのオーナーグループなどの証言を元にまとめた記事によれば、実はアルテ・モレノ・オーナーの考えはちょっと違っているようなのだ。

 記事によれば、エンジェルスの編成チームは昨年7月も大谷選手のトレードをモレノ・オーナーに提案したのだが、オーナーから怒りを買うとともに即座に白紙撤回されていると報じている。

 その上で、過去にモレノ・オーナーと仕事をした経験のあるオーナーグループの1人は、以下のように同オーナーの底意を推測している。

 「エンジェルスがPSに進出するかどうかは、オオタニをトレードに出すかどうかを判断する重要な要素ではないと思う。

 重要なのは、アルテが将来的にオオタニを残留させるチャンスがあると信じられるかどうかにあると思う。もし彼がチャンスありと考えたのなら、そのドアを閉じることはないし、トレードすることもしないだろう」

 つまり近しい人物の推測通りならば、モレノ・オーナーは大谷選手を残留させる道を見出すことができたならば、チーム成績に関係なく大谷選手をトレードに出すことはないと考えられるわけだ。

 いずれにせよ、大谷選手のトレードに関する最終決定権を有しているのは、モレノ・オーナーだけだ。たとえトレード期限日までにエンジェルスが勝率5割以下に落ちたとしても、同オーナーがトレードを拒否すれば大谷選手はエンジェルスに残ることになる。

【大谷選手残留ではエンジェルスは強くならない?】

 あくまで近しい人物の推測ではあるが、OBやメディアを含めた米球界で、是が非でも大谷選手をチームに残そうと考えているモレノ・オーナーの姿勢を支持する人は誰もいないのではないだろうか。

 それほど現在の米球界には、大谷選手のトレード推進論が満ち溢れている。モレノ・オーナーが翻意し、メッツやヤンキース、ドジャースのようにぜいたく税を恐れない大型投資を決意しない限り、シーズン終了後FAになった大谷選手がエンジェルスと再契約することを想像すらできないからだ。

 少し前に本欄で、大谷選手がエンジェルスに残留する唯一の道はFA前の契約延長しかないという記事を公開しているが、その契約延長に関しても、大谷選手を納得させるだけの将来性がエンジェルスにあるということが前提条件になってくる。

 残念ながらエンジェルスが抱えている「大谷選手を残留させる」と「大谷選手の願いを叶えるため毎年PS争いできるチームにする」という二大命題は完全に相反しており、現在のチーム事情で両方を実現することはできそうにない。

 こうした背景もあり多くのMLB関係者から、大谷選手がエンジェルスに残り続ける限り、これからもチームが低迷することになると考え、チーム成績に関係なく大谷選手をトレードに出すべきとの声が噴出しているのだ。

【年俸総額が逼迫し続けるエンジェルスの財政事情】

 エンジェルスに明るい将来性を見出せない理由の1つは、チームの財政事情にある。

 以前から各所で指摘させてもらっているが、モレノ・オーナーはぜいたく税の支払いを明らかに忌み嫌っている。現在のように毎年限度額が設定され、その超過分がぜいたく税として徴収されるようになった2002年以降で、エンジェルスが限度額を超えたのは2004年のたった1回しかない。

 その一方で、モレノ・オーナーが2003年にエンジェルスを買収し、球団経営を引き継いでからは、自らも交渉に乗り出しアルバート・プホルス選手やジョシュ・ハミルトン選手、アンソニー・レンドン選手ら大物FA選手の獲得を実現させ、さらに生え抜きのマイク・トラウト選手とのMLB史上最高額の4億2650万ドルで契約延長に成功している。

 このように長期的に複数の高額年俸選手を抱える一方で、年俸総額をぜいたく税の限度額以内に留めようとすれば、必然的に年俸総額は逼迫することになる。そのためオフになっても大胆な補強策を断行することができないし、チーム状況は一向に改善されることはない。それがここ数年のエンジェルスの姿だ。

 ちなみに今シーズンのエンジェルスは、チーム史上初めて年俸総額が2億ドルを突破しているが、依然として限度額内に収まっているし、大谷選手(3000万ドル)、トラウト選手(3711万6667ドル)、レンドン選手(3857万1429ドル)と3選手だけで年俸総額の半分を占めている状況だ。

 もしエンジェルスが大谷選手の残留に成功したのなら、この逼迫状況が今後も長期的に続くことになる。どう考えても明るい未来を想像することができないだろう。

【チーム強化に直結するファームシステムは崩壊状態】

 さらにエンジェルスのファームシステムは長年崩壊状態にあり、チームを牽引してくれるような若手選手の台頭を期待できない状況にある。

 MLB公式サイトでは2015年からファームシステム・ランキングを発表するようになり(最初は上位チームのみ)、2020年から全30チームをランキング化するようになっている。

 このランキングはシーズン開幕前と、ドラフトとトレードを終えた後のシーズン中の2回発表されており、2020年以降のエンジェルスのランキングは以下の通りだ。

 ・2020年開幕前:26位

 ・同シーズン中:21位

 ・2021年開幕前:25位

 ・同シーズン中:24位

 ・2022年開幕前:28位

 ・同シーズン中:30位

 ・2023年開幕前:28位

 如何だろう。ずっと下位に低迷しているのを理解してもらえたと思う。ちなみにファームシステムの整備は将来的なチーム強化に直結しており、チーム再建に乗り出すチームはまずファームシステムの改善に着手する。

 そのためそうしたチームは、主力選手と引き換えに若手有望選手をトレードで獲得しようとするわけだ。

 例えば、MLB公式サイトが最初に発表した2015年開幕前のランキングで1位になったカブスは、翌2016年に108年ぶりのワールドシリーズ(WS)制覇を果たしている。

 また2015年シーズン中のランキング1位になったレッドソックスも、2018年にはWSを制覇しているし、2106年開幕前に1位になったドジャースは、2017年、2018年と2年連続でWS進出を果たしている。

 最近では2021年シーズン中から2023年開幕前までオリオールズがランキング1位に輝いているが、現在は若手選手が次々に台頭し、9年ぶりの地区優勝を狙える位置につけている。

【オホッピー選手&モニアク選手もトレードした若手有望選手】

 エンジェルスがファームシステムを再建するには、やはりドラフトだけでは限界がある。そのためにもMLB史上最大の市場価値を持つと考えられている大谷選手をトレードに出し、大量の若手有望選手を獲得すべきだという意見が後を絶たないわけだ。

 実際今シーズンのエンジェルスは、トレードによるメリットをすでに享受しているのだ。

 ケガのため長期離脱を余儀なくされているローガン・オホッピー選手はシーズン開幕から先発捕手を務める活躍を見せ、ここ最近はミッキー・モニアク選手が大谷選手に次ぐ主軸打者として機能しチームを支えている。

 この2選手はいずれも、昨年エンジェルスがトレード市場で売り手に回ったことで獲得した若手有望選手たちだ。この事実だけでも、大谷選手をトレードに出すことでエンジェルスが得られるメリットはかなり大きなものになると理解してもらえるだろう。

 果たしてモレノ・オーナーは近しい人物の推測通り、米球界に充満するトレード推進論など無視して、チーム再建よりも大谷選手の残留に固執してしまうのだろうか。

 モレノ・オーナーにとって人生最大の決断は、数日の内に判明することになる。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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