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ア・リーグMVP争いで重要な意味を持つWARと年間60本塁打の捉え方

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
年間60本塁打にあと7本まで迫ったアーロン・ジャッジ選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【ア・リーグMVP争いがいよいよ最終局面へ】

 各チームの残り試合が30試合を切る中、ポストシーズン争いのみならず個人のタイトル争いも佳境を迎えている。

 MVPやサイヤング賞などの主要タイトルは全米野球記者協会(BBWAA)所属の記者投票で決定するが、投票はシーズン終了前に締め切られるので、まさに各賞の有力候補選手たちにとって、9月は最終アピールの場となる。

 中でもア・リーグMVP争いは、今なお大谷翔平選手とアーロン・ジャッジ選手の2人がデッドヒートを繰り広げており、米国では侃々諤々の論争が巻き起こっている。その過熱ぶりは日本でも報じられている通りだ。

 そこで本欄では、2つの観点からこのMVP争いを考えてみたい。

【選手の貢献度を推し量る最強の指標「WAR」】

 まず単純なことだが、MVP選考の対象者は、野手だけでなく投手も含まれている。直近では2014年にクレイトン・カーショー投手がサイヤング賞とMVPをダブル受賞している。

 この全選手を対象とするMVPの選考で記者が悩まされるのが、ほぼ全試合に出場する野手と登板試合数が限られる投手の貢献度を、どのように比較、評価するかにあった。

 そして昨今の記者たちが重宝し始めたのが、「WAR(Win Above Replacement)」という指標だ。チームが勝利するための選手の貢献度(その選手の代用が利くかどうか)を数値化したもので、これにより野手と投手を単純比較できるようになったからだ。

 大谷選手のような二刀流選手に関しても、投手、打者としてそれぞれ数値化したものを合算しているので、問題なく貢献度を確認できるようになっている。

 現在ではWARは球界内ですっかり認知されており、昨オフの労使交渉でもMLBから選手会に対し、WARを基に年俸調停権の取得を決定するという案が提示されたほどだ(ただ選手会に拒否され採用されていない)。

【直近10年はWAR3位以内のMVP受賞率は何と95%】

 そこで直近10年間のMVP受賞者と、そのシーズンのWARランキングとの関連性についてチェックしてみた。WARに関しては2つの組織が集計しているのだが、今回はMLBが選手会に提案していた「Fan Graphs」が発表しているWARを採用している。

 この10年間で両リーグのMVP受賞者が20人いる中で、WARがそのシーズンのリーグ1位だったのは11人存在している。つまりWAR1位選手のMVP受賞率は55%になっている。

 さらにWARが上位3位以内だったかどうかを調べてみると、何と昨年のブライス・ハーパー選手がWARでナ・リーグ6位だっただけで、残り19選手はすべて3位以内に入っていた。その受賞率は何と95%という高確率になっている。

 それほど現在では、WARがMVP選考に重要な指標になっているのだ。ちなみに昨年満票受賞した大谷選手も、WARは8.0でMLBトップだった。

 そこで現時点での大谷選手とジャッジ選手のWARを確認してみると、ジャッジ選手が8.5でMLBトップを走り、同2位の大谷選手が7.6で追いかけている状況だ(現地時間の9月4日時点)。この2人のWARが9月下旬までどのように推移していくのかも、重要になってきそうだ。

【米国では今も重要な意味を持つ年間60本塁打】

 そしてもう1つの点が、ジャッジ選手が近づきつつある年間60本塁打に関する米国での捉え方だ。

 これまで大谷選手はベーブ・ルース選手と比較されながら、二刀流選手としての歴史的な偉業が賞賛され続けてきたが、実はジャッジ選手の年間60本塁打も、米国では大きな意味を持つ歴史的な偉業だと考えられているように感じている。

 すでにご承知かと思うが、現在MLBの年間最多本塁打記録は、2001年にバリー・ボンズ選手が樹立した73本だ。またボンズ選手を含め年間60本塁打に到達した選手はマーク・マグワイア選手(2回)、サミー・ソーサ選手(3回)、ロジャー・マリス選手、ルース選手──の5人存在している。今更年間60本塁打に目新しさはないように見えるだろう。

【今も米国では完全に受け入れられていないステロイド時代】

 ただ1998年から2001年に年間60本塁打を繰り返していたボンズ選手、マグワイア選手、ソーサ選手は、MLBの暗黒時代とも言われているステロイド時代を代表する選手たちだ。

 米メディアを含め米国では、今もステロイド時代の選手たちの評価は二分している。それを裏づけるかのように、結局これら3選手は引退後に殿堂入りの記者投票対象になりながら、10年間一度も基準の得票率に達することができず、殿堂入りを逃している。

 つまり米国では、彼ら3選手の年間本塁打数に懐疑的な見方をする人がいるということだ。つまりステロイド時代以降のジャッジ選手の年間60本塁打は、1927年のルース選手の60本、1961年のマリス選手の61本に次ぐ、正当に評価されるべき歴史的偉業だと捉える人が、メディアも含めて少なからず存在していることを考えなくてはならないのだ。

 そうした背景があるからこそ、ますます大谷選手とジャッジ選手のMVP争いがさらに熾烈を極めているともいえる。ただどちらが受賞したとしても、MVPに相応しい選手であることに変わりない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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