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改めて認識された中継ぎ投手起用の重要性とロッテ・吉井投手コーチの絶妙なバランス感覚

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
練習前にハーマン投手と話し合うロッテ・吉井投手コーチ(中央/筆者撮影)

【巨人による野手の投手起用が論争に】

 8月6日の阪神対巨人戦で、0-11と大勢が決した8回途中から原辰徳監督が野手の増田大輝選手を投手として起用したことで、その是非について球界OBを巻き込んで一大論争に発展した。

 原監督は今回の起用について「チーム最善策。6連戦中のなかであそこをフォローアップする投手はいない」と説明し、シーズン全体を考えた上で中継ぎ陣を温存するための措置だったことを明らかにしている。

 論争が激しくなる中で各所から賛否両論の意見が飛び交ったが、結局は日本国内での価値観に起因した論争でしかない。すでに本欄でも指摘しているように、MLBでは野手の投手起用は一般的な戦術で、論争など起こりえない。

【現在の投手起用は完全にMLB化】

 そもそもNPBの戦術や投手起用法は間違いなく変化を続けており、徐々にMLBのそれに近づいている。というよりも、現在はすっかりMLB化しているといっていい。

 例えば完投率で考えてみよう。NPB公式サイトに掲載されている2005年のシーズン成績をチェックしてみると、当時の総完投数は177(コールド試合の完投も含む)に上り、完投率は0.104%だった。

 ところが今シーズンは8月7日終了時点(ここで使用されているすべてのデータが同じく8月7日終了時点)で、総完投数は17で、完投率は0.034%まで下降している。15年前から約7割も減少しているのだ。これは2013年のMLBに匹敵するレベルで、データ上でもはっきりとMLB化が確認できる(MLBはさらに完投率が下がり、今シーズンは0.01%)。

 つまりNPBも、ほとんどすべての試合で中継ぎ投手を投入する戦術が一般化しており、シーズンを通して如何に効果的に中継ぎ陣を起用していくかがチーム成功のカギを握っているといえる。今回の原監督の起用法も、現在の潮流に即したものだといえる。

【改めて注目されるべき吉井コーチの投手起用法】

 こうして中継ぎ陣の起用法の重要性が認識される中、やはり注目すべきはロッテの吉井理人投手コーチではないだろうか。

 日米通算23年間のプロ生活の後、2008年からコーチの道へ。当時から状況に応じて中継ぎ陣を分担分けするMLB流の起用法で注目を集め、さらに筑波大大学院でコーチ学を学び、ソフトバンク、日本ハムで日本一を経験した後、昨年からロッテの投手コーチを務めている。就任後は井口資仁監督からも絶大な信頼を受け、吉井コーチと二人三脚で投手起用を決定しているようだ。

 吉井コーチの考え方や起用法については彼の著作のみならず、定期的に更新されているオフィシャルブログで確認できるのでそちらに譲るが、ここまでの起用法をデータで確認したところ、先発陣、中継ぎ陣をバランスよく起用しているのが理解できる。

【データで見えてくるロッテの投手起用術】

 今シーズンのロッテ投手陣はチーム防御率が4.41でリーグ5位と、決して盤石な状態ではない。それでもチームはシーズン開幕からほぼ勝率5割以上を維持し続けている。もちろん打撃陣の援護もあるが、投手陣の踏ん張りは否定できないだろう。

 そこで下記に掲載した表を見てほしい、パ・リーグ各チームの投手起用状況をまとめたものだ。表にあるように、「先発試合数」とは先発投手が5回未満で降板した試合数で、「中継ぎ試合数」は5人以上の中継ぎ投手が登板した試合数を指している。

(筆者作成)
(筆者作成)

 如何だろう。先発試合数、中継ぎ試合数ともにロッテがリーグ最少なのだ。前述通り先発陣、中継ぎ陣がバランスよく仕事をしているということだ。しかもロッテは主力中継ぎ投手として期待していた、ジェイ・ジャクソン投手を失ったにもかかわらずだ。

 ソフトバンクや日本ハムのようにオープナー(先発投手を使わず中継ぎ陣で試合を繋ぐ起用法)を採用しているチームもあるので一概に比較はできないが、それでもロッテの少なさは注目に値する。

【リーグ随一のバランスの良さ】

 各チームは基本的に、8人の中継ぎ陣をベンチ入りさせ試合に臨む。その8投手を毎試合フル活用してしまえば、中継ぎ陣はすぐに崩壊してしまう。試合状況に合わせて投手を役割分担し、できるだけ均等に回していくしかない。

 また先発投手がその責任を果たし、5もしくは6回を投げ切ってくれれば、中継ぎ陣は3~4人の起用で収まり、逆に5回未満で降板してしまうと中継ぎ陣の過半数を投入しなければいけなくなる。

 そこで重要なのがエースと呼ばれる投手たちだ。彼らが要所で7回以上投げてくれると、中継ぎ陣に休養を与えることができるのだ。だからといって無理に続投させれば多くの球数を投げてしまい、次回以降の登板に影響を及ぼすことになってしまうので、ここでもバランスを考えた見極めが大切になってくる。

 そうしたバランスの良さが、ロッテはリーグ随一といえるのだ。

【投手陣の動向がチーム状況に反映】

 実はシーズン開幕当初は絶好調だった楽天の中継ぎ陣は、7月中旬以降から5人以上投入される試合が激増し、そこから徐々に中継ぎ防御率も落ち始めている(ただ8月に入り先発陣の踏ん張りで減少傾向にある)。

 逆に日本ハムは、ここ最近先発陣の5回未満降板が減る一方で、7回以上投げてくれる試合が増えてきたことで、7月25日を最後に中継ぎ陣が5人以上登板する試合はなくなり、投手陣の調子は確実に上向いている。

 そうした投手陣の動向が、そのまま現在のチーム状況に反映されているように思う。

 長いシーズンを戦う上で、投手陣のコンディションを一定に保つのは不可能なことだ。だが長期的なビジョンで効果的な起用を考案していけば、好不調の波を最低限に止めることができるはずだ。

 今後も吉井コーチの起用法に注目して欲しい。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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