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トップリーグ開幕の裏で6000人超の地元大阪ファンに別れを告げたトンプソン ルークが貫いた自分らしさ

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
負傷した左耳の治療を後回しにしてファンに挨拶して回ったトンプソン選手(筆者撮影)

【トップリーグ開幕前日に6000人超を集めた2部リーグの近鉄戦】

 ラグビーのトップリーグが、満を持して1月12日に開幕した。

 全国各地6会場で8試合が実施され、すでにメディアが報じているように、各会場を多くのファンが観客席を埋めた。昨年のラグビーW杯の成功を機に、今も日本国内でラグビーへの関心が強いのは明らかだ。

 大阪でも花園ラグビー場で2試合が行われ、第1試合のリコー対Honda戦が7318人、第2試合のNTTドコモ対三菱重工相模原戦が8856人の観客動員数を記録している。

 そんな中開幕前日の11日に、同じ大阪で実施された2部リーグのトップチャレンジリーグの近鉄対釜石戦で、トップリーグに引けを取らない6251人のファンを集めていたのをご存じだろうか。

釜石戦でボールを持って突進するトンプソン選手(筆者撮影)
釜石戦でボールを持って突進するトンプソン選手(筆者撮影)

【トンプソン人気に沸いた今季の近鉄】

 トップリーグに先駆け、昨年11月に開幕していたトップチャレンジリーグでも、W杯効果は明らかだった。これまでほぼ注目を集めることのなかった同リーグにもかかわらず、1試合を除きすべての試合で4桁のファンを集める盛況ぶりだった。

 中でも近鉄の人気は群を抜いていた。ここまで全24試合が行われている中、11月24日に近鉄の本拠地グラウンドの花園ラグビー場で実施された豊田自動織機戦で1万5596人を記録したのを筆頭に、観客動員数で近鉄の6試合が上位を独占している人気ぶりだ。

 その理由は、W杯で日本代表の1人として活躍し、今シーズン限りで現役引退を表明しているトンプソン ルーク選手の存在に他ならない。2006年から近鉄に所属し、2010年には日本国籍を取得。長年にわたり、近鉄と日本のラグビーを支えてきた人物だ。

 そんな大阪で最も愛されるニュージーランド出身ラガーマンにとって今回の釜石戦は、地元大阪最後の試合だった。別れを惜しむファンが彼の勇姿を一目見たいと思うのは当然のことだった。

最後まで体を張ったプレーに徹したトンプソン選手(筆者撮影)
最後まで体を張ったプレーに徹したトンプソン選手(筆者撮影)

【最後まで自分らしさを貫いた大阪最終試合】

 そんな大阪最終戦に先発出場を果たしたトンプソン選手は、最後まで自分らしさを貫いた。

 試合自体は、ここまで5戦全勝を続ける近鉄が立ち上がりからトライを積み重ね、一方的な展開になった。決して派手なプレーはなかったものの、トンプソン選手は攻守にわたって体を張り続け、チームを支えた。

 だが45対0で折り返した後半開始直後に、トンプソン選手がアクシデントに見舞われる。

 7分を過ぎた頃、密集に加わっていたトンプソン選手が、プレーが続いているのにグラウンドから起き上がれなくなった。その顔は苦悶の表情で歪んでいた。

 チームスタッフが駆け寄るトンプソン選手をカメラでチェックすると、左耳から流血しているのが確認できた。そのまま治療のため一時的退場を余儀なくされ(記録上は後半10分)、結局後半13分にそのまま正式に交替が発表された。

 11月17日のシーズン開幕戦でも、右側眉間をカットし流血しながらもプレーを続けたトンプソン選手。大阪のファンの前で最後まで献身的なプレーに徹した結果だった。

左耳負傷でグラウンドを離れるトンプソン選手(筆者撮影)
左耳負傷でグラウンドを離れるトンプソン選手(筆者撮影)

【治療を後回しにしてファンに挨拶】

 試合終了後に確認できたのだが、実はトンプソン選手は負傷した左耳を治療せず、そのまま最後までベンチで試合を見続けていた。

 そしてこの日はチームにとっても大阪での今シーズン最後の試合だったため、チーム全員でグラウンド中のファンに挨拶して回ったのだが、最後までグラウンドに残り、誰よりも丁寧に頭を下げ、手を振り続けたのがトンプソン選手だった。

 改めて彼の人柄を目の当たりにした瞬間だった。

最後は家族とハイタッチするトンプソン選手(筆者撮影)
最後は家族とハイタッチするトンプソン選手(筆者撮影)

【日本ラブビーの聖地秩父宮でフィナーレを迎える】

 ファンとの挨拶を終えたトンプソン選手は急ぎ治療を行うため、残念ながらメディアの前で現在の心境を語ることはなかった。

 だが試合後の会場インタビューで以下のように、話している。

 「(今日の釜石戦は個人的に)何もやってなかった。でも自分の仕事ちゃんとやって頑張りたい(頑張りたかった?)。今日自分の(プレーは)あんまり…。まあまあです。(負傷は)全然問題ないです。おじいちゃんだから少し休み欲しい。

 (途中交代は)チームが勝った。それが一番嬉しい。(ただ)ちょっと寂しい。最後の関西の試合。だから皆さん、今日試合来ました、応援した、本当にありがとうございました。よろしくお願いします。

 (お正月は)今は近鉄だけに集中ね。まだ1試合ある、来週の試合。それに集中。それからゆっくりセカンドキャリア考える。

 (関西最後の試合は)僕は特別じゃない。自分のベストを出したい、自分の仕事をちゃんとやりたい。今日はまあまあだったけど、チームが勝った。それが一番だから嬉しいです。(最後の1試合は)楽しみ。寂しいと楽しみです。

 皆さん、今日だけじゃなくていつも14年間本当に応援した。ありがとうございました。また近鉄応援してください。よろしくお願いします」

 この辿々しい日本語も含め、大阪の人たちからそのすべてを愛されたトンプソン選手。いよいよ今月19日、チームの全勝優勝を賭け、日本ラグビーの聖地、秩父宮ラグビー場のグラウンドで有終の美を飾る。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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