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今さら聞けない人のための初級講座 菊池雄星に適用される新ポスティング制度とは?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
新ポスティング制度はロブ・マンフレッド=コミッショナー体制になって見直された(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 すでにMLB公式サイトでも報じられているように、来シーズンからのMLB挑戦が決まっている菊池雄星投手のポスティング制度が現地12月3日に、NPBを通じてMLBに手続き申請される予定だ。今後は30日間の交渉期間が設けられ、新しい所属先を探していくことになる。

 ポスティング制度はすでに日本でもお馴染みの制度だろう。FA資格を得ていない選手がMLB挑戦する際に、それまで所属していたNPBチームに金銭的補償をもたらすため1998年に日米間で合意されたものだ。以降、イチロー選手をはじめ松坂大輔投手、ダルビッシュ有投手、田中将大投手等々、多くの選手たちが同制度を利用してMLBに移籍している。

 だが今年のオフから適用されているポスティング制度は昨年新たに合意された新制度で、従来の制度とはかなり性質が異なっている。すでに日本メディアでも各所で解説されていると思うが、改めて本欄でじっくり説明しておきたい。

 従来の制度は日本で「入札制度」とも呼ばれてきたように、これまでは当該選手の獲得を希望するMLBチームが入札する形式をとっていた。入札する対象は当該選手との30日間の独占交渉権で、選手との契約が合意に達した場合だけ入札額がそのままNPBの旧所属チームに支払われることになっていた。

 また制度が誕生した当初は入札額に上限はなく、入札した最高額のチームだけが交渉権を得ていたが、入札額高騰を危惧したMLBからの要望があり、2013年からルールが改正され入札額に上限(2000万ドル)が設けられ、入札額が同額のチームはすべて交渉権が与えられるようになった。

 ところが新制度では、MLBチームの入札は完全に撤廃された。MLBに手続き申請がなされた時点で、当該選手はFA選手と同様の扱いとなり、全30チームに申請後30日間の交渉権が与えられるようになった。ということで今回の菊池投手の場合も、獲得を狙うチームはすべて代理人と直接交渉できるのだ。つまり菊池投手側からすれば、契約内容にかかわらず意中のチームを選ぶことが可能になったわけだ。

 そこで入札金の代わりに登場したのが「release fee(保有権破棄料)」と呼ばれる譲渡金だ。当該選手と契約合意したチームは契約内容に応じてNPBの旧所属チームに譲渡金を支払うことが義務づけられた。譲渡金の額は以下のようなかたちで決定される。

 1)契約総額が2500万ドル以下の場合は、総額の20%を譲渡金として支払う。

 2)契約総額が2500万1ドル以上5000万ドル以下の場合は、2500万ドルの20%(つまり500万ドル)と2500万ドルを上回る超過分(契約総額-2500万ドル)の17.5%の合計額を譲渡金として支払う。

 3)契約総額が5000万1ドル以上の場合は、まず1)の適用分2500万ドルの20%(500万ドル)と、2)の適用分2500万ドルの17.5%(つまり437万5000ドル)、さらに5000万ドルを上回る超過分(契約総額-5000万ドル)の15%の合計額を譲渡金として支払う。

 4)マイナー契約で合意した場合は(昨年の大谷翔平選手のようなケース)、契約金の20%を譲渡金として支払う。ただしマイナー契約の中にメジャー契約条項が含まれている場合は、当該選手が25人枠入りした時点で譲渡金は増額される。

 5)さらに契約内容に契約金、年俸増額条項、その他様々なオプション(インセンティブ)が含まれている場合は、NPBの旧所属チームは契約金の15%相当、また年俸条項やオプションが発生した際も15%相当の追加金を受け取ることができる。

 例えば、今回菊池投手があるMLBチームと総額1億ドルで契約合意に至った場合、3)が適用されることになり、MLBチームは西武に対し、総額1687万5000ドル(500万ドル+437万5000ドル+750万ドル)の譲渡金を支払わなければならない。この場合だと、譲渡金はかつての入札額の上限2000万ドルを下回ることになる。

 ただ2014年にヤンキースと田中投手が合意した破格の契約内容(7年総額1億5500万ドル)で合意したとすると、譲渡金は総額2512万ドル5000ドル(500万ドル+437万5000ドル+1575万ドル)となり、従来の上限額を上回ってしまう。つまり年俸総額が跳ね上がれば、それだけMLBチームの出費は従来の制度以上に増えるリスクを伴うので、新制度では簡単に札束攻勢を繰り出せない状況になっている。

 これまでの報道を見ていると、米国での菊池投手の評価は“先発ローテーションの3~5番手”という見方が一般的で、1年当たりの年俸額は500万~1500万ドルが相場と見ていい。と考えると、資金が潤沢なチームのみならず、かなりのチームが譲渡金を含めて支払い可能な範囲に収めることができそうだ。

 30チーム横一線でスタートする新ポスティング制度。果たして菊池投手に対し何チームが交渉に乗り出すのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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