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現日本人コーチが解説 WS王者レッドソックスが3年前から導入している「ベロシティ・トレーニング」とは

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
レッドソックスの主力外野陣3選手はいずれも身長が180センチ未満だ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 2018年のMLBはレッドソックスが5年ぶりにワールドシリーズ王者に輝き、シーズンの幕を閉じた。

 それにしても今シーズンのレッドソックスは、シーズン開幕からその強さが際立っていた。シーズン開幕戦に敗れはしたものの、その直後に9連勝し、さらに1敗後に8連勝と開幕ダッシュに成功。以降も7月に10連勝する一方で、最長連敗はシーズンを通して3連敗が3度のみ。最後までその勢いを失うことがなかった。

 ペナント争いもシーズン前半戦こそヤンキースと激しい地区首位攻防を繰り広げていたが、6月27日に首位に返り咲くと、それ以降は一度も首位を明け渡すことなく地区3連覇を達成。また最終的にシーズン108勝を挙げ、球団の年間最多勝記録を塗り替えていることに成功している。

 今シーズンの強さの秘訣は、何といってもMLB最強と目される強力打線だろう。改めてMLB公式サイトに掲載されているチーム成績をチェックしてみると、打撃部門において打率(.268)、打点(829)、得点(876)、出塁率(.339)、長打率(.453)OPS(.792)、安打数(1509)、二塁打数(355)──でMLB1位にランクしている。改めてその凄さが窺い知れる。

 強力打線の象徴的な存在の1人が、MVP有力候補のムーキー・ベッツ選手だ。リーグ首位打者に輝くほか、球団史上2人目のトリプルスリー(.346、32本塁打、30盗塁)を達成。1番打者としてチームを牽引し続けた。

 実は以前から気になっていたのが、レッドソックスの主力選手に小兵選手が多いということだ。ベッツ選手に加え、ジャッキー・ブラッドリーJr選手、アンドリュー・ベニンテンディ選手の主力外野手3人は、すべて身長が180センチ未満だ。しかも彼らはすべてチームの生え抜き選手たちだ。また2012年オフにパイレーツからトレードされ、このポストシーズンでサイクル安打を放っているブロック・ホルト選手も178センチしかない。

 現在のMLBは本塁打量産傾向にあり、パワー全盛の時代といえるだろう。それを裏づけるかのように、ヤンキースの主砲であるジャンカルロ・スタントン選手やアーロン・ジャッジ選手のように筋骨隆々とした大型選手が着実に台頭してきている。そんな中で日本人と比較しても遜色ない体格の選手たちが揃うレッドソックスが、なぜMLB最強の打線を確立することができたのだろうか。

 そこでレッドソックスの内情を探るべく、2016年から同チームでストレングス&コンディショニングコーチを務める百瀬喜与志氏に確認してみた。

 「秘密というか(笑)、まあ特に外野の3人は身体能力が凄く高いですし、スキルのレベルが凄く高いということが大前提です。それに加えて僕らが気をつけたのが、ウェイトリフティングに関してですけど、かなりメリハリをつけて、ベロシティ・トレーニングといわれているんですけど、下半身に関してスクワッドであったり、ルーマニアン・デッドリフトであったりを、スピードを重視してトレーニングするということを3年前から少しずつ始めて、今年はそれをもう少し成熟させて、それがうまくはまったかなというところがあります。あとはジャンプ系のトレーニングも常にシーズンを通してやってましたね」

 百瀬コーチはメジャーに所属する全選手の体調管理、トレーニング指導を行う責任者だ。シーズンを通して選手たちの日々の体調を考慮しながらトレーニングメニューを組み、選手たちが常に最高のパフォーマンスをできるようなコンディションを維持させるようサポートしている。そんな彼が3年前から導入しているのがベロシティ・トレーニングというものらしい。

 ベロシティ・トレーニングとは、英語で「Velocity Training」もしくは「Velocity Based Training」と呼ばれているもので、百瀬コーチが説明しているように、ウェイトよりもスピードを重視するトレーニングだ。ネットで検索してみたところ、通常のウェイトトレーニングで行う最大重量の30~35%程度の重さを使用し、少しでも速く動作を行うようにするトレーニングということだ。

 「新しい理論ではないと思います。元々あったんですけど、動きのスピードを測れる器具ができたんです。そのためバーの動きのスピードがすぐにフィードバックできるので、それを利用して重さではなくスピードを目安にしてトレーニングします。目標に設定したスピードに達成すれば重さを上げますし、そうでなければ重さを下げてスピードを上げることを目指します。

 もちろんメリハリをつけてやるので、ストレングス(重量重視)の週というのもあります。重め重視の週と軽めでスピード重視の週をまぜながらやります。それで神経と筋肉の両方に刺激を入れていきます。僕と一緒にメジャーでストレングスをやっているマイク・ルースがいるんですけど、彼がかなり(ベロシティ・トレーニングに関して)勉強してきた人物で、それを3年前から一緒にやり始めてから、少し浸透させていって、選手に大分受け入れられるようになった感じですね」

 どうやらベロシティ・トレーニング自体の理論は決して真新しいものではないようだ。だがそのトレーニングをしっかり数値で把握できる器具が開発されたことで、より効果が得やすいトレーニングになったようだ。ところでレッドソックスがベロシティ・トレーニングを導入することになった真の狙いは何だったのだろうか。

 「重いものばっかりではないので、精神的にも楽というか、パッパッとできますからね。もちろんウォーミングアップはしっかりしますけれど…」

 百瀬コーチが「野球はやはりパワー系のスポーツ」と指摘する通り、選手たちにシーズンを通して一定以上の筋力を維持してもらわなければならない。だが重い重量を挙げるウェイトトレーニングだと、選手にそれなりに身体的、精神的負担をかけることになる。ほぼ毎日のように試合を行っているだけも大変なのに、そこにトレーニングで更なる負担を強いるのは決して理想的とはいえない。そこでもう少し気軽に行えるベロシティ・トレーニングを取り入れることで、選手の負担を軽減しながら筋力維持を目指したというわけだ。

 だが選手のコンディションを最高の状態に維持させるのは、百瀬コーチだけでは成立しないのも事実だ。

 「あとはトレーナーさんやマッサージ・セラピストさんたちが筋肉の質であったり関節の可動域をしっかりチェックしてトリートメントしてくれるので、もちろんそれもプラスにあります。

 長いシーズンを過ごす上で疲労が溜まり筋肉が硬くなったりして、筋肉が硬くなったら関節が硬くなってしまったら、やはり元々の選手が持つ能力を発揮できなくなるので、そこを2週間に1回なりのチェックをしながらしっかり管理して、その上でトレーニングしなければというところですね。

 それと野球選手は同じ動き、同じ回転の動きが多いですから、僕らが行うトレーニングに関しても、回転というローテーションのエクササイズでは右打者だったら(バットを振る)左回転はほとんど行わず、右回転のトレーニングしかやらないようにしています」

 もちろん選手に一定以上の筋力を維持させ、最高のパフォーマンスをだせるコンディションを整えることに成功できたとしても、すべての選手が打てるわけではない。打撃理論や技術も必要になってくる。その辺りも今年のレッドソックスは変化があったようだ。

 「特に今年からコーチ陣が新しくなってJD(マルティネス選手)も入って、みんな相手を凄く研究するようになったと思います。ずっと(選手たちを)つききりで見ているわけではないですけど、過去2年に比べるとビデオをチェックしたり、先乗りスカウトの話を聞いたり、凄く勉強していますね。もちろんそれもこれだけ打てた理由だと思います。総体的に見て今年はすべてが噛み合ったという感じですね」

 ところで日本にも、ベッツ選手のように体格は決して大きくなくても身体能力が高い選手は存在する。だがそうした選手たちは“強打者”というより“功打者”というイメージが強くないだろうか。果たしてそうした日本の小兵選手たちもトレーニング次第で、ベッツ選手のようになれるのか、かなり気になるところだ。

 「不可能ではないとは思います。まあ強い身体が基本なので、まずはしっかり身体をつくることですよね」

 残念ながらこの点については、百瀬コーチから指摘されるまでもなく以前からいわれ続けてきたことだ。日本では技術練習に重きを置きすぎ、なかなか身体づくりをするためのトレーニングがまだまだ軽視されている傾向にある。ベッツ選手を含めレッドソックスの外野手3選手も、生え抜きとしてチーム入団してからしっかり身体づくりを続けてきたからこそ、現在の活躍に繋がっているのだ。

 こうしたレッドソックスの小兵選手を見るにつけ、もし日本の小兵選手たちが直接MLBに挑戦したら、どんな選手に成長していくのかを見たいという欲望が抑えられなくなってくる。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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