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今も“自主トレ”を欠かさない吉井理人氏が信じる現役コーチとしての責務

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
プロ野球の現役コーチとして最新の情報を得る努力を続ける吉井理人コーチ(筆者撮影)

 先週末の12月16、17日に、神戸大学百年記念館で『日本野球科学研究会第5回大会』が開催された。

 この研究会は各スポーツ競技に学会が設立されてきている中、国民的スポーツとして幅広い世代層から愛され続ける野球の普及・発展を目的として5年前から年1回ペースで開催されているもので、現場の指導者や大学の研究室、メーカー、医師などが集い、野球競技の科学的研究の促進、会員の関連機関との交流・親睦の強化、指導現場と研究者間の情報交換を目的にしている。今回の研究会では「野球研究の展開~人生100年時代の野球文化を考える~」をテーマに、基調演説やシンポジウム、参加者が発表する自由研究について意見交換するポスター・ディスカッションが実施された。

 研究会には200名以上の参加者が集まったが、その1人が日本ハムの吉井理人投手コーチだ。彼は昨年3月に筑波大学大学院修士課程を修了していることもあり、自らも研究者の1人として幅広い人脈を持ち、同研究会には第2回大会から毎年出席している。またコーチ自身も自由研究の発表者を務めた経験もあるほどだ。

 プロ野球関係者では桑田真澄氏や、近鉄、ロッテ、MLBのメッツでストレングスコーチを務めた立花龍司氏が参加していたが、現役コーチとして参加しているのは吉井コーチただ1人だった。吉井コーチにとってオフは、コーチング学を学んだ修士として視野を広げる大事な期間だ。この研究会に出席するだけでなく、知己の大学の研究機関等に足を運び、新しい情報、知識を得る努力を欠かさない。

 「今僕らは現場にいるんですけれども、研究者の人たちは僕たちが気づかないようなことを研究してくれているので、すごく新しい発見が毎回ありますし、毎回楽しみにしてきています。自分のコーチング技術・能力をアップさせる勉強の場だと思っていますし、あとは野球の技術だけではなくて野球を取り巻く環境とか、少年たちへの野球の普及のさせ方とかを研究している人もいるので、元野球選手としてそういった面でも貢献していかねばいけないと思っているので、あらゆる意味で勉強させられることがたくさんありますね」

 今シーズンは『Sportsnavi』上で吉井コーチのコーチング哲学を紹介する連載コラム(計7回)を担当させてもらった。細かい内容についてはそちらに譲るが、吉井コーチが目指す指導とは、あくまで選手自らが課題を見出し、そしてそれらを自ら考えて克服していく力を身につけさせることを目的にしており、その過程で投手コーチは“選手たちの図書館”であろうと心がけている。そのためにもあらゆる側面から選手の疑問に対応できるよう、コーチとして知識の“引き出し”を常に増やし、刷新していかねばならないのだ。つまりオフにこうした研究会に出席する活動こそが、吉井コーチにとっての大切な“自主トレ”なのだ。

 「そうですね、自主トレですね。先発投手が日々ランニングするのと一緒だと思っているので(笑)。自分で動かないと取材するのと一緒でなかなかネタが入ってこないので、なるべくいろんなところに顔を出して…。そういう人の繋がりをつくるためにもこういう会は役に立っています。真剣に野球を研究している偉い大学の先生がたくさんいらっしゃるので、使わないのは勿体ないですよね」

 吉井コーチがこうした熱心な自主トレを続けている一方で、前述した通り研究会に足を運んでいるプロの現役コーチは他にいない。中には個人的に親交のある大学研究室などと交流しているコーチも存在するらしいが、吉井コーチによると、プロ野球界ではまだまだ少数派だという。

 「今のところの野球界の常識でいくと、それでも(現状のままで)大丈夫なんですけど、今日の(研究会の)話でもいろいろなデータを測る機械が登場してきて、大リーグでもデータ重視で、メカニズムでもそうですし、戦術でもそうなんですが、あらゆる面でデータが入ってきています。今後はそれを読める技術コーチでないとダメな時代がくると思うんですよね。

 (他の)コーチたちも勉強はしていると思うんですよ。でもこういう研究室で行われていることを知る方がより良いんじゃないかと思いますけどね。コーチングの対選手ですよね。(選手の)接し方についても研究している人がたくさんいるので、自分のコーチング・スタイルだけじゃなくて、いろんなやり方を身につけるという意味でもぜひ来て欲しいですよね。

 それとプロだけじゃなくて、例えばプロのコーチを辞めてアマチュアを教えに行った時でも絶対に役に立つので…。ていうかアマチュア選手を教えることの方がもっと難しいと思っていて、こういう勉強が必要だと思っているんですよね。そういうメッセージを発信していくのも、プロのコーチの役目じゃないかなという気持ちもあります。もっともっとコーチの人たちもコーチングに対して勉強して欲しいなとは思いますよね」

 ただ大学院に通った吉井コーチだから理解できることだが、大学の研究室もアカデミックに偏りすぎ、現場と距離を置いているという側面があるという。そういった意味でも吉井コーチは、研究機関と現場を繋ぐ貴重な存在なのかもしれない。

 「こんだけ野球をやっていたにも関わらず、知らないことだらけで新しい発見がいっぱいあるのでね。それは毎年驚いています」

 このオフも順調に自主トレを続けている吉井コーチ。来年の2月1日までには日本ハムの投手陣にとって、今まで以上に頼りになる大きな図書館になっていることだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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