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ステロイド使用選手だけを明確に殿堂入りから排除するのは絶対に不可能だ

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
殿堂入りの投票権を持つ記者に向けメールを送ったジョー・モーガン副会長(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 米国野球殿堂の副会長を務めるジョー・モーガン氏が、殿堂入りの投票権を持つ記者に向けメールを送付し、ステロイド使用選手が殿堂入りするのは相応しくないとして、彼らに投票しないよう訴えた。殿堂入りしているOBからステロイド使用選手に対する明確な反対意見が表明されるのは今回が初めてのことだと思う。

 これまでもステロイド時代に活躍した選手たちの扱いについて投票権を持つ記者たちの意見は二分されてきた。ステロイド時代の象徴的な存在だったバリー・ボンズ氏やロジャー・クレメンス氏は2013年から殿堂入りの資格を有しているが、未だに殿堂入りの条件である全得票数の75%を得られない一方で、2人とも今でも50%以上の得票率を得ている状況だ。

 殿堂入りの投票権は全米野球記者協会(BBWAA)に10年以上在籍した記者に与えられる。実は自分も2003年シーズンから今年まで在籍しており投票権を持つ記者の1人なのだが、これまで一度も投票に参加したことがなかった。まさにステロイド時代の選手の扱いに疑問を持ち、現状の殿堂入りのあり方に納得できなかったからだ。

 投票登録していなかったためか(もしくはシーズン途中で帰国してしまったため?)、自分のところにはモーガン氏からメールは送られてこなかったが、ネットに公開されている現物を読ませてもらった。モーガン氏の個人的な意見ではなく、殿堂入りしているOBたちの“総意”として書かれた手紙には、2度にわたり「steroid users don't belong here.(ステロイド使用者は殿堂入りする資格がない)」という厳しい表現を使用するなど、明確に彼らの殿堂入りに嫌悪感を示している。

 確かにモーガン氏の主張は正論だし、納得できる部分はある。本当にステロイドを使用した選手を明確に区別し、しっかり殿堂入りから排除できるのならば、自分もモーガン氏に賛成するかもしれない。しかし現実はそうではないのだ。

 モーガン氏の手紙にも当時のステロイド疑惑を調査した『ミッチェル・レポート』が登場しているが、このレポートは“一部”の入手ルートを調査しただけに過ぎず、MLB球界全体のステロイド使用状況を把握したものではないということは誰もが理解していることだ。実際同レポートに登場していない選手たちの中から薬物検査の陽性反応が出て、出場停止処分を受けたりしているのだ。結局現状ではステロイド使用が公になった選手だけが“使用選手”に区分され、明確になっていない選手はすべて“未使用選手”として扱われているのだ。これでは明らかに不平等ではないだろうか。

 実際昨年殿堂入りを果たしたジェフ・バグウェル氏やイバン・ロドリゲス氏もステロイド時代に使用が疑われた選手たちだ。すでにそうしたOBたちが殿堂入りしているにも関わらず、使用が明確なOBだけを排除するというのはどうしても納得できないし、ボンズ氏やクレメンス氏らがスケープゴートに使われているとしか思えないのだ。

 すでに当事者たちは口をつぐみ、ステロイド時代はこのままMLBの陰部として闇に葬り去られていくのだろう。いうまでもなく全容解明など不可能な話だ。もし仮にステロイド時代を明確に規定し、その期間内に活躍していた選手をすべて殿堂入り対象から外すというのなら多くの理解を得られるのかもしれないが、すでに前述通り当時のOBたちが続々と殿堂入りしているのだから、もう無理な話だ。

 現状のままステロイド使用選手を区別するのであるなら、残念ながらモーガン氏の主張はまったく説得力がないと言わざるを得ない。手紙を受け取った記者たちの間で賛否両論に分かれているのも仕方がないところだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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