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ダルビッシュがトレードで得た野球選手としての原点回帰

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
トレードを経験し野球に対する情熱を取り戻したダルビッシュ有投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ワールドシリーズ第7戦の登板を終え敗戦投手というかたちでシーズンを終えたダルビッシュ有投手。試合後に行われた記者会見でワールドシリーズでのリベンジとドジャースへの残留希望を語ったが、その一方で気になる言葉を発していた。

 「ここ2、3年くらい野球への情熱がだんだんと落ちていた」

 残念ながら記者会見での発言だけではその原因を見出すことはできなかった。ダルビッシュ投手の語る「ここ2、3年」といえばトミージョン手術を受けた2015年と重なるわけだが、周りから見ればリハビリ期間中の彼は誰よりも野球と向き合い、投手としてさらに進化を遂げようと徹底的に身体を鍛え上げていた。とてもではないが自分の目には情熱を失っているようには見えなかった。

 その発言の真意を知りたいのは自分だけではない。その時期に在籍していたレンジャーズに関係する人間なら尚更だ。解釈の仕方次第では「レンジャーズで情熱を失った」と捉えられてもおかしくないからだ。そんな中『Dallas Morning News』のエバン・グラント記者がダルビッシュ投手に接触することに成功し、彼の真意を伝える記事をまとめてくれた。

 ダルビッシュ投手は同記者に対し、情熱を失った理由として以下のようなメッセージを送っている。

 「レンジャーズに在籍していた時も、自分は常に一生懸命練習し、プレーしていた。だがその一方でクラブハウスの内外で(自分に対する)批判について気にし過ぎていた。チームメイトとの関係も良くない時もあった。そうしたことで野球への楽しさを保つことができなくなっていった。

 しかしトレードされたことで違った視点から見られるようになり、レンジャーズとファンがどれほど自分のことをケアしてくれたのかを理解することができた。それと同時に徐々にまた野球が楽しくなり始めていった」

 このダルビッシュ投手の言葉に触れ、自分の中にあった疑念が一気に氷解していった。

 日本球界では唯一無二の存在になったダルビッシュ投手のMLB挑戦は、まさに日米において鳴り物入りだった。ポスティング制度史上最高額の5170万3411ドル(現在のレートで約58億円)でレンジャーズが交渉権を獲得するなど、まだ投げる前からレンジャーズの絶対的なエースになってくれるだろうと周囲の期待は高まる一方だった。そしてそれらの期待はそのままプレッシャーになってダルビッシュ投手に重くのしかかっていった。

 否応なしにダルビッシュ投手は周囲の期待に応えるために野球をするしかなかった。ファンが彼の投球に盛り上がれば盛り上がるほど、どんどん失敗が許されない状況に陥っていった。野球選手の中でも卓越した自己分析力を有するダルビッシュ投手でさえも、原点である“野球を楽しむ心”を徐々に失っていった。その負のスパイラルがいつの間にか彼の視野を狭め、見える景色まで変化させてしまったのだろう。

 トレードという環境の変化がそんな閉塞的な状況を一変させてくれた。再びダルビッシュ投手の視野は広がり、野球への情熱を取り戻すことができた。そしてその根底に野球を楽しむ心を持ちながら、明確な目標に向かって更なる高みを目指すことができるようになった。元来ダルビッシュ投手の探求心と研究熱心さは人一倍卓越している。また情熱を持って投手の奥深さを探求してくれることだろう。

 ある意味で野球選手として“脱皮”を遂げたダルビッシュ投手。年齢も31歳に達しベテランとして徐々に円熟味を迎えようとする時期とも重なる。チームがどこに決まろうとも来シーズン以降の彼の投球が楽しみになってきた。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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