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現場取材で感じた伊達公子とマイケル・ジョーダンの類似点

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
コート上で見せる笑顔が印象的だった伊達公子選手

 日本人で初めてWTAランキング4位に入り、世界トップ選手として活躍していた当時の伊達公子選手は、自分にとってTV越しでプレーを観戦する存在だった。すでに米国でスポーツライターをしていた立場からモニター越しに見る彼女は、何か苦しんでいるようにしか見えなかった。コート上ではほとんど笑顔を見せず、必死の形相でボールを追いかける姿が印象的だったからだろう。

 時は移り2014年。錦織系選手の活躍もあり、契約記者として働いていた通信社からテニス取材の依頼を受けることが多くなっていった。そんな中、ATPとWTAが重なる大会にも取材に回ることになり、2008年に現役復帰した伊達選手も初めて“取材対象”になった。

 コート脇から初めて直に伊達選手のプレーを観戦してみると、これまで抱いていた自分の印象は完全に否定されてしまった。コート上の彼女はプレーごとに喜怒哀楽を表に出し、実に感情表現が豊かだった。そして心からテニスを楽しんでいるのが伝わってきた。

 実際に伊達選手の話を聞いてみても、やはりその通りだった。残念ながら今伊達選手の音声ファイルが手元にないためその言葉を正確にお伝えすることができないが、復帰後の彼女はツアーを回ることが楽しく、心の底からテニスを楽しんでいた。ただその感情はトップ選手の頃には抱けなかったものだったという。当時はツアーを回ることが苦痛で仕方なかったとも振り返ってくれた。

 その180度違う感情の変化がどのようになされたのかまで、はっきり記憶に留めていない。ただ伊達選手の話を聞きながら、自分の頭の中でマイケル・ジョーダン選手を思い浮かべていたことは今でも鮮明に憶えている。

 ジョーダン選手も2度バスケットから身を引いた経験を持つ人物だ。1度目は1993年のことだ。ブルズで3連覇を果たした後、父ジェームスの不慮の死を機に現役引退を表明。その後父の夢を叶えるためMLBへの挑戦をスタートさせたのだ。しかしバスケットのような活躍ができないまま、MLBのストライキ騒ぎも手伝って1995年3月にブルズに電撃復帰を果たした。シーズン途中の復帰ということもありそのシーズンは優勝を逃したが、翌シーズンから再び3連覇を達成し、2度目の現役生活を終えている(その後ウィザーズでフロント入りした後2001年に2度目の現役復帰を果たしている)。

 ファンの中にはあのままバスケットを続けていればもっと目覚ましい活躍をしていたと嘆く一方で、復帰後のジョーダン選手はプレースタイルが変わり選手としての厚みが出たという評価の方が大きかった。復帰前のジョーダン選手は唯我独尊的なプレーも多く、チームメイトと軋轢を生むようなこともあったのが、復帰後はNBA屈指の問題児、デニス・ロドマン選手をうまく誘導するなど明らかにチームを大切にするようになっていた。

 2度目の3連覇の際はかなり頻繁に現場で取材する機会があり、1年以上コートから離れることでジョーダン選手の中でバスケットに対する見方、価値観が変わってことで、選手として更なる成長に繋がっていったのだと実感していた。その経験があったため、伊達選手の話を聞きながらジョーダン選手のことが頭をよぎったのだろう。

 残念ながら伊達選手の場合、12年というブランクは少し長すぎた気がする。せっかく気づいたテニスの楽しさを長く味わえる年齢ではなかった。もちろんアスリートとして人一倍ストイックに身体を作り上げる努力を怠らなかったが、やはり年齢による衰えと度重なる負傷は避けようのないものだ。結局自分が納得するテニスができなくなれば楽しさも持続できなくなるものだ。

 ただ1つ断言できることがある。伊達選手もジョーダン選手もブランクを経たからこそ、彼らはより一層充実したアスリート人生を全うできたということを…。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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