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【現地レポート】WBCメキシコ対ベネズエラ戦終了後に起こったドタバタ劇

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
メキシコの主砲A・ゴンザレス選手もMLBの判断に憤りを隠さなかった(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

WBC1次ラウンド最後の1戦となったベネズエラ対メキシコは、何とも後味の悪い終わり方になってしまった。現地取材から、その顛末(てんまつ)記をレポートしたいと思う。

メキシコ初勝利に酔いしれる地元ファン

両軍入り乱れての乱打戦の末、メキシコが4時間44分に及ぶ死闘を制したのは、午前0時52分のことだった。それでも球場にはほとんどのファンが残り、地元チームのWBC初勝利に歓喜した。

この試合の結果、グループDはメキシコ、ベネズエラ、イタリアが1勝2敗で並び、今大会初の2次リーグ進出を決める決定戦が実施されることになった。今回メキシコ国内でWBCを中継した地元TV局は、試合終了後にグループDの勝敗表を映し出すとともに、決定戦進出チームはメキシコとイタリアだと発表した。

記者席のTVはミュートの状態(たとえ音声があったとしてもスペイン語なので理解はでていなかったが)で知る由もないが、間違いなくスーパーだけでなく、実況アナウンサーがメキシコの決定戦進出を説明していただろう。それを物語るように、球場内のお祭り騒ぎは盛り上がる一方だった。

メキシコが決定戦に進出はずが…

しかしここから“異変”が起きた。

試合後の記者会見が一向に始まる気配がないのだ。メディアは何の説明もないまま会見場で待つしかなかった。

すでに1時間ほど経過した頃だろうか。まず会場に姿を現したのは、ベネズエラのオマー・ビスケル監督だった。そして会見が始まる前に、監督に同行してきたMLB機構の広報担当者がマイクを握った。

「1勝2敗で並んだ3チームのお互いの対戦で、イタリアは19イニングで20失点となり平均1.05、ベネズエラが19イニングで21失点となり平均1.11、メキシコは17イニングで19失点となり平均1.12。この結果、決定戦に進出するのはイタリアとベネズエラに決まった」

この説明の後にビスケル監督の会見が始まったのだが、決定進出が決まったにも関わらず、その表情は常に厳しいものだった。

パーシャル・イニングの解釈に相違

なぜ地元TV局の発表は間違ってしまったのか?そこにはWBCのルール解釈の行き違いが存在していた。

WBCのルールには3チームが同じ勝敗で並んだ際の、決定戦に進出できる2チームを選択する方法が定められている。簡単に説明すると、当該3チーム間の試合で、各チームの失点を守備機会のあったイニング数で割り、その平均失点が少ない2チームが選ばれるというものだ。その結果について広報担当者が会見場で説明してくれたわけだ。

しかしここで行き違いを生み出してしまったのが、イタリア対メキシコ戦の扱いだった。この試合は9回裏にイタリアが4点差をひっくり返しサヨナラ勝ちしたのだが、この9回裏にメキシコは1アウトも奪えていなかった。つまり公式記録上は「0/3イニング」という扱いになる。

こういった完全に終わっていないイニングを、英語では「partial inning(パーシャル・イニング)」と表記するのだが、ルールには平均失点を計算する上でパーシャル・イニングを“含める”としてあるのだ。これを地元TV局は1イニングとして計算されると解釈し、メキシコの守備イニングは18となり、平均失点はベネズエラを下回ると判断していたためだった。

MLBの判断に憤るチーム関係者

実はメキシコのチーム自体も、TV局とまったく同じ解釈をしていた。彼らにとって1次ラウンド敗退はまさに予期せぬ出来事であり、事態はさらに紛糾していった。ビスケル監督からさらに数十分遅れて、メキシコのクンディ・グティエレスGMが会見場に姿を現した。

「現在MLB側と討議を続けており、我々は9イニングをプレーしたと主張している。ここのメディアの中でも我々の決定戦進出を報じているし、MLB関係者もそうだ」

事態をさらにややこしくしてしまったのが、グティエレスGMが説明するように、ずっとMLB公式サイトでWBC関連の記事を担当し、今回もMLBネットワークでWBCの中継陣にも加わっているジョン・モローシ記者が試合終了直後に、自身のツイッター上でメキシコの代表戦進出をツイートしていたのだ(後にさらにツイッターを更新し、彼自身もメキシコ同様の判断だったと説明している)。

グティエレスGMの後にエドガー・ゴンザレス監督も会見場に姿を現し、怒りを抑えながら説明した。

「我々は試合前に何度もMLB側にルール確認の連絡を行ったし、コーチ陣ともミーティングを行い我々はパーシャル・イニングもカウントされると判断した。もし(イタリア戦で)我々が守備に就いていなかったら、彼らは得点できていなかったではないか。

MLBの中でさえも、パーシャル・イニングはイニングとして換算されると判断している。もしこのルールが明確になっていたのなら、今日の試合だって戦術が変わっていたかもしれない。とにかく彼らの最終判断を待つだけだ」

幕切れも歯切れの悪さだけが…

ゴンザレス監督が去った後も、メディアは会見場で最終判断を待ち続けた。ただ時間だけが経過した。会場内に何とも虚しい雰囲気が漂う中、全試合の記者会見で試合進行を担当していた女性スタッフが、スマホ片手にマイクを握り話をし始めた。

「今テキスト・メッセージが届き、正式に決定戦に進出するのはイタリアとベネズエラになったということです。それ以上のメッセージはないです」

すでに午前3時が回っていた。メディアにとっても何とも歯切れの悪い幕切れだった。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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