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「安全保障の脅威」「表現の自由」米を揺るがす“TikTok規制法”、その本当の怖さとは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ティックトックに動画を投稿する女性=13日、ニューヨーク・タイムズスクエア(写真:ロイター/アフロ)

「安全保障の脅威」「表現の自由」大統領選が過熱する米国を"ティックトック(TikTok)規制法"が揺るがせている。

ショート動画ソーシャルメディア「ティックトック」の売却か禁止かを突き付ける法案が、米下院で賛成352、反対65の圧倒的票差でスピード可決され、その余波が広がっている。

米国では中国発のティックトックへの脅威論が根強くあり、大統領選の年である2024年に、それが一気に噴き出した。

ただ法案には、大統領選に臨むバイデン、トランプ両陣営の思惑も絡む。両陣営にとって、ティックトックは対中国のけん制材料に止まらない存在感を持つ。

両陣営にとっての、ティックトックの本当の怖さとは?

●352対65で通過

「ティックトックおよびその後継アプリケーションまたはサービス、およびバイトダンスまたはバイトダンスの管理下にある団体が開発または提供するその他のアプリケーションまたはサービスなど、外国の敵対者が管理するアプリケーションによる脅威から米国の国家安全保障を保護する法律」

3月13日午前、そんな名称の法案が賛成352、反対65で米下院を通過した。これは、「ティックトック規制法」などとして知られる法案の正式名称だ。採決では、共和党(賛成197、反対15)、民主党(賛成155、反対50)とも、賛成票が圧倒した。

その内容は、名称が示す通り、国家安全保障を理由として、ティックトックとその親会社の中国企業、バイトダンスに照準を定めた規制法案だ。

法案では「外国の敵対者が管理するアプリケーションを禁止」し、それが「法律制定の180日後から適用される」という。

ティックトックのサービスを法律の制定から半年以内に売却しなければ、アプリストアなどを通じた米国でのサービス提供は違法となり、利用者数に最大で5,000ドルをかけた制裁金が科される。

ティックトックの米国ユーザー数、1億7,000万人をかけると、制裁金の額は最大で8,500億ドル(約127兆円)に上る。

同法案が下院に提出されたのは3月5日。それが賛成50、反対0でエネルギー・商業委員会を通過したのが2日後の3月7日。提出から本会議の採決まで8日しかかかっていないという素早さだ。

●「ティックトック脅威論」の背景

法案を後押しする「ティックトック脅威論」の論点は、中国政府が米国民のデータを監視し、米世論への影響工作を行う、との懸念だ。

データ収集の懸念を後押ししているのが、中国が2017年に制定した国家情報法だ。同法ではすべての組織、個人に対して、国家情報活動への支援・援助・協力を義務付ける

ティックトックによるユーザー監視の疑いは、現実のものとして明らかになった。

2022年12月、バイトダンスの米国と中国の計4人の社員が、米英メディアの4人のジャーナリストのユーザーデータを不正に入手し、監視していたことが報道明らかにされ、バイトダンスもこれを認めた。

ターゲットとされたのは、米フォーブスのテクノロジージャーナリスト、エミリー・ベイカー=ホワイト氏ら3人と英フィナンシャル・タイムズのジャーナリスト、クリスチーナ・クリドル氏の計4人。

ベイカー=ホワイト氏は前職の米バズフィード在籍時に、バイトダンスが中国から繰り返し米国ユーザーのデータにアクセスしていた、と報道。バイトダンスは社内の情報漏洩元調査の一環として、ベイカー=ホワイト氏らの位置情報などを入手し、接触先を監視していたという。

影響工作についての懸念も明らかにされている。

米国の18情報機関を束ねる情報長官室が2024年3月11日付で公表した年次脅威評価(ATA)では、中国の脅威として「悪意ある影響工作」を指摘。「中国のプロパガンダ部門が運営するティックトックのアカウントが、2022年の米中間選挙期間中に両党の候補者をターゲットにした、と報じられた」と述べている

この事例は、フォーブスが2022年12月1日付で掲載した報道指しているようだ。

さらに年次脅威評価では、「中国は2024年の米国の選挙に何らかの影響を与えようとするかもしれない」としている。

米国家情報長官、アブリル・ヘインズ氏は3月12日の米下院情報委員会の公聴会で、「(米大統領選で)中国共産党がティックトックを利用する可能性は排除できない」と述べた

その懸念に現実味を与える動きもあった。

ニューヨーク・タイムズワシントン・ポストなどによれば、ティックトックは下院への規制法案提出に先立ち、ユーザーに「ティックトック閉鎖を止めて」とのプッシュ通知を一斉に送信。ユーザーの地元議員の名前を表示し、法案反対の電話をするよう呼びかけたのだという。

実際に議員事務所には電話が殺到し、パンク状態になったという。

規制法案の提出者で下院中国特別委員会委員長のマイク・ギャラガー氏(共和)と共同提出者で同委員会民主党トップのラジャ・クリシュナムルティ氏は、これを受けて動画の声明を公開。ギャラガー氏はこう述べている。

奇妙な形で、我々がここで主張していることが証明されたようなものだ。

ティックトックのユーザー動員によって何が起きるのかということをまざまざと見せつけられ、この一件は議会にインパクトを与えた。

ただギャラガー氏が指摘するように、バイトダンスの思惑とは裏腹に、賛否を決めかねていた議員を賛成に押しやった可能性が指摘されている

●「憲法違反」の指摘

我々はこの数年間、みなさんのデータを安全に保ち、このプラットフォームが外部からの操作を受けないように投資をしてきた。(中略)あなたのストーリーを共有し続けてください。あなたの友達と、あなたの家族と、あなたの地元の上院議員と。あなたの憲法上の権利を守ってください。あなたの声を届けてください。

米国現地法人ティックトックのCEO、周受資(チュウ・ショウジ)氏は、法案可決を受けて、こんな動画コメントを公開している。

憲法上の権利とは、憲法修正1条が保障する表現の自由を指す。

周氏は動画の中で、法案が1億7,000万人のユーザーと700万社のビジネスに影響を与えると主張。同社は、米経済に242億ドルの寄与をしているとの、コンサルタント企業「オックスフォード・エコノミクス」のデータも公表している。

データ監視の懸念への対策として、同社は15億ドルを投じ、オラクルとの提携で同社のテキサス州のデータセンターに米国ユーザーのデータを移管。また、影響工作や選挙介入について、アルゴリズムのソースコードの検証や、ファクトチェックの強化など透明性の取り組みをうたう。

中国外交部は、下院の規制法案可決を「盗賊の論理」と非難している。一方で中国では検閲制度のもとで、長くグーグルやフェイスブック、Xなどのソーシャルメディアがブロックされている

今回の規制法案を巡っては、米人権擁護団体も、表現の自由を保障した憲法修正1条違反を指摘している。

下院の採決前日、米自由人権協会(ACLU)、電子フロンティア財団(EFF)など24の人権団体は、下院議長のマイク・ジョンソン氏らに宛てた公開書簡で、この法案を「単純明快な検閲である」と断じている

司法判断も出ている。

モンタナ州は2023年5月、州内でのティックトック利用を禁止する州法を成立させた。だがモンタナ地区連邦地裁ミズーラ支部は11月末、企業とユーザーの表現の自由を侵害しているとの違憲判断で仮差し止めの命令を出した。モンタナ州は控訴している。

今回の規制法が成立しても、法廷闘争は続く。

●トランプ氏の翻意、バイデン氏の思惑

前大統領のドナルド・トランプ氏は、「ティックトック脅威論」の旗振り役だった。

トランプ氏は、在任中の2020年8月、ティックトックを売却しなければアプリストアでの配信を禁止する大統領令に署名している(連邦地裁の差し止め判断が示され、バイデン政権で取り消しとなった)。

しかし今回の規制法案に、トランプ氏は一転して「反対」を表明した。

「ティックトックがなければ、フェイスブックがより大きくなるのが気にいらない。フェイスブックは多くのメディアと同様、人民の敵だ」。トランプ氏は3月11日のCNBCのインタビューでそう述べ、自身のソーシャルメディア「トゥルースソーシャル」でも、3月8日に同様の投稿をしている。

トランプ氏が翻意した背景には、バイトダンス株の15%を保有し、共和党の大口献金者でもある投資会社、サスケハナ・インターナショナル創業者、ジェフ・ヤス氏との接触が指摘されている。

ジョー・バイデン大統領は法案提出の翌日、3月8日に「議会が可決すれば、私は著名する」と述べている

バイデン氏はすでに2022年12月には、連邦政府機関の端末でのティックトック使用を禁止する法律にも署名している。

だがそのバイデン氏も2024年2月12日、大統領選に向けた選挙運動の一環としてティックトックアカウント開設した

両氏の微妙な立ち位置は、法案の行方にも影を落とす。

各メディアは、上院では採決に時間がかかりそうだとの見立てで一致する。

●ニュースの窓口に

米ピュー・リサーチセンターが2024年1月31日に発表した2023年のソーシャルメディアの調査によると、米国の成人によるティックトックの利用率は33%に上る。

最も高いのがユーチューブの83%で、フェイスブック(68%)、インスタグラム(47%)、ピンタレスト(35%)がこれに続き、ティックトックは5位だ。ただ、ティックトックは2021年の9位(21%)から急速に利用率が伸び、この2年間でリンクトイン、ワッツアップ、スナップチャット、X(旧ツイッター)を上回った。

また、18歳から29歳のZ世代で見るとティックトックの利用率は62%に上昇する。ユーチューブ(93%)、インスタグラム(78%)、フェイスブック(63%)、スナップチャット(65%)に続く5位だ。

さらにティックトックは、ダンスやおもしろ動画の閲覧に加えて、ニュースの窓口になりつつある。

同じくピュー・リサーチセンターが2023年11月15日に発表した調査では、米国の成人の14%は日常的にティックトックでニュースを閲覧しているといい、その割合は、18歳から29歳までの世代では32%に上る。

各ソーシャルメディアのユーザーによる、それぞれのサービスでの日常的なニュース閲覧の割合では、ティックトックは43%で、フェイスブックと同率。これらを上回るのはXの53%だけだ。

大統領選関連の情報の窓口としても、ティックトックの存在感は無視できない。

●綱渡りの途上

トランプ政権時代から続いてきた「ティックトック脅威論」は、「中国脅威論」と「ソーシャルメディア脅威論」が合体した内容だ。

ジャーナリスト監視や、ユーザーによる電話攻勢の一斉動員など、ティックトック自身の振る舞いが、脅威論に暗い現実味を帯びさせ、その後押しをする。

だが上院司法委員長で民主党ナンバー2のディック・ダービン氏は、規制法案の扱いを巡って、報道陣に「多くの若い有権者を切り捨てることは、再選にとっていい戦略とは言えない」とコメントしている。

民主、共和両党は大統領選を控え、脅威論の旗を掲げながらも、ティックトックの勢いと若者層を中心とした人気には、抗えない。規制法案の扱いによっては、自分の足元を撃ち抜くリスクを抱える。

ティックトック規制法案は、そんな綱渡りの途上にある。

(※2024年3月18日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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