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ウクライナ侵攻「難民ヘイト」煽るフェイク動画、その隠された狙いとは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ポーランドとの国境で入国を待つウクライナ難民の少女=3月31日(写真:ロイター/アフロ)

ロシアによるウクライナ侵攻から1カ月が過ぎる中、400万人を超す難民へのヘイトを煽るフェイク情報が、ソーシャルメディアに拡散されている。その裏に隠された狙いとは?

ウクライナ難民が「暴行」という根拠のないフェイク情報やフェイク動画がソーシャルメディアで拡散していることが、ドイツやイタリアなど欧州各国で確認されている。

各国のメディアによれば、いずれも根拠がなく、発信者について捜査機関が立件したケースもある。

和平への先行きが見えないウクライナ侵攻。「難民ヘイト」の拡散から見えてくるものとは何か。

●「16歳が暴行死」

現在、インターネット上で、オイスキルヒェン地区で16歳の青年が暴行を受けたとする動画が出回っている。彼はウクライナ人の集団に殴り殺された、とされている。動画の言語はロシア語だった。

地元ボン警察は3月20日午後9時過ぎ、プレスリリースフェイスブックツイッターの公式アカウントで、そんな投稿をしている。舞台となっているオイスキルヒェンボンは、ボン南西20キロほどの町だ。

投稿では「所管のボン警察には、このような暴行や、まして死亡事件の情報は一切ない」と表明。これはヘイトをかき立てるための意図的な「フェイク動画」であるとの専門家の見解を紹介し、同署の公安部門が捜査を開始したという。

ワシントン・ポストAFP通信、米ファクトチェック団体「リードストーリーズ」などによると、ボン警察の投稿と同じ日に、「暴行死」について話す女性の自撮り動画がティックトックに投稿されていた。

その動画は、フェイスブック、ツイッター、テレグラム、さらに“ロシア版フェイスブック”「フコンタクテ」へと拡散。偽情報発信を繰り返す親ロシア派アカウントが投稿したテレグラムでは、十数万回の閲覧があったという。

自撮り動画の女性は、その後、ティックトックに別の動画を投稿。その中で、「暴行死」は知人から聞いた話だと釈明し、謝罪をしているという。

ロシアによるウクライナ侵攻によって、周辺国への難民の数は400万人を超えている(3月30日現在、国連難民高等弁務官事務所[UNHCR]調べ)。

そのウクライナ難民に対するソーシャルメディア上のヘイトが、各国で広がっている。

●「地下鉄で暴行」

「ウクライナからの“難民”が家主であるイタリア人に説教をする」

ロシア国営の宇宙開発企業「ロスコスモス」社長で元ロシア副首相、ドミトリー・ロゴジン氏の公式ツイッターアカウントは3月16日、そんなイタリア語の書き込みとともに、地下鉄車内で男性たちが言い争う様子の動画を投稿した。投稿の中で、ロゴジン氏はさらにこう述べている。「欧州は今、ウクライナだ!」

イタリアのファクトチェックメディア「ファクタ」によると、ロゴジン氏が投稿した動画は、2018年に起きた、酔ったウクライナ人とインド人のトラブルの模様を撮影した動画だった。

その4年前の動画が今回、同時多発的に拡散した。

スペインのファクトチェックメディア「マルディタ.es」によると同じ動画は同日、「ウクライナ人に欧州に来てほしくなかった? マイダン(革命)の教育を受けた第1波がもうここに」などの書き込みとともに、スペインでも拡散していた。

さらにAFP通信によると、ブルガリアでもその翌日、この動画が「同じことが起きてもいいのか」などとする書き込みとともに、フェイスブックで拡散したという。

●エストニアでは警察が立件

エストニアでも、ウクライナ難民に対して「万引きをした」などのフェイク情報によるソーシャルメディアでのヘイトが問題化。警察国境警備庁(PPA)が捜査を行っている。

エストニア公共放送(ERR)の3月24日の記事によると、警察国境警備庁は少なくとも6件のネット上のヘイトを特定し、うち2件を立件したという。

ロシア系住民が大半を占めるロシアとの国境の町、ナルヴァでは、「ウクライナ難民」になりすました地元住民が、商品をタダにするよう要求するケースもあったという。

ウクライナと国境を接するモルドバには38万8,837人(3月30日現在、UNHCR調べ)のウクライナ難民が避難している。そして、難民へのヘイトを煽る複数のフェイク動画が確認されている。

ファクトチェックメディア「ストップファルス」の3月8日の記事によると、ウクライナ難民が「ガソリンスタンドで銃をかざし、食料と燃料を要求した」と主張する自撮り動画がティックトックで拡散した。地元市長は、そのような事件はなかった、と否定しているという。

ウェブメディア「ニュースメーカー」がティックトックなどに拡散するヘイト動画をまとめている。

●「社会を分断させる」

ワシントン・ポストの3月22日の記事によると、ドイツのテロ対策当局者は、「16歳暴行死」のフェイク動画拡散について、「ロシア政府関係者もしくはロシアの立場を代弁する非政府関係者」による偽情報拡散の特徴がある、と指摘している。

記事の中で、英シェフィールド大学講師、イリヤ・ヤブロコフ氏はこのフェイク動画について、「ロシア人が海外で不当な扱いを受けているという考えを強調するための、ロシア国内のオーディエンスを対象にした偽情報だ」と見る。

その背景には、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、欧州に在住するロシア人に対するヘイトが実際に起きているという状況もあるようだ。

だが、そこには別の狙いもうかがえる。

ラジオ・ヨーロッパ・リベラ・モルドバによると、モルドバ大統領のマイア・サンドゥ氏は3月4日の記者会見で、ウクライナ難民へのヘイトの拡散について、「難民問題で社会を分断しようとする連携した組織的な取り組みだ」と指摘し、ヘイト動画の拡散を止めるよう呼びかけた。

移民へのヘイトは、欧州を長く悩ます社会分断のくさびであり、社会の分断を狙うフェイクニュースの主な標的となってきた。

サンドゥ大統領はヘイト動画への警戒を呼び掛けた前日の3月3日、ウクライナ難民急増の中で「モルドバ共和国は明確に欧州への道を進まねばならない」として欧州連合(EU)加盟申請書に署名していた。これに対して、国内の分離独立派は反対の意を表明し、独立を承認するよう、国連と欧州安全保障協力機構(OSCE)に求めている。

対ロシアで足並みを揃える欧米などの西側各国。ウクライナ難民へのヘイト動画の拡散は、そのアキレス腱に狙いを定めた、揺さぶりのようにも見える。

(※2022年4月1日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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