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ウクライナ侵攻「フェイク動画・画像」が“感動”を集める、その狙いとは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ポーランドへの避難のために乗車を待つ子どもたち=3月5日、ウクライナ・リヴィウ(写真:ロイター/アフロ)

ロシアによるウクライナ軍事侵攻をめぐって氾濫する「フェイク動画・画像」は、“感動”の拡散にも照準を当てている――。

今回の軍事侵攻の「フェイク動画・画像」は、戦闘や攻撃による被害にまつわるものが多く目につく。

だがその一方で、ソーシャルメディアユーザーの“感動”のスイッチに照準を当てた「フェイク動画・画像」も少なくない。

「兵士と妻の別れ」「父娘の涙の抱擁」「砲撃現場から救出された少女」――“感動”を集める「フェイク動画・画像」の、その狙いとは?

現実の情勢が深刻さを増す中で、メディア空間の混迷も深まっている。

●「兵士と妻の別れ」

ウクライナの兵士が戦争のために妻たちを残していく。帰宅できない兵士も確実にいるだろう。

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した2月24日、ツイッターやフェイスブックでそんな書き込みとともに、15秒ほどの動画が広まった。

動画では2人の兵士が、それぞれの妻と見つめ合って、抱き合い、別れを惜しむ様子が映し出される。

インドのファクトチェックメディア「ニュースチェッカー」やシリアの「ベリファイ-Sy」の2月25日付の記事によると、これは今回のウクライナ侵攻の状況を撮影したものではなかった。

2017年にウクライナで制作された「キメラの戦争」というドキュメンタリー映画の一場面を抜き出した、ミスリーディングな「フェイク動画」に仕立てたものだった。

この動画は、インド、シリアだけでなく、英ロイター通信、米ファクトチェックメディア「ポリティファクト」などで検証が行われるなど、広い範囲で拡散が確認されている。

この「フェイク動画」で特徴的なのは、戦争による兵士と家族の別離という“感動”の場面が抜き出されている点だ。

今回のロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐって、各国のファクトチェックメディアが行った検証記事を、国際連携組織「インターナショナル・ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)」が「#ウクライナファクツ」というサイトにまとめている。運営は、スペインのファクトチェックメディア「マルディタ.es」が担当し、検証結果は440件以上にのぼる。

その検証結果には、このような“感動”や“共感”をポイントにした「フェイク動画・画像」が少なくない。

●「子どもと戦争」

ウクライナ人の父親が、ロシアの侵攻から祖国防衛に向かうため、娘に別れを告げている――。

そんな説明とともに、45秒の動画が、やはりロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった2月24日、ツイッターなどで広がった。

動画では、バスの乗降口で父親らしき男性と少女が、別れを惜しんで泣きながら抱き合っている。拡散したツイートの中には、動画の再生回数が2,000万回を超えるものもあった。

セルビアのファクトチェックメディア「イスティノメル」(2月25日付)とスペインの「マルディタ.es」(2月26日付)が検証した記事によると、これもミスリーディングな「フェイク動画」だった。元動画はロシアによる軍事侵攻前、親ロシア派支配地域で撮影されたものだという。

元動画がツイッターに投稿されたのは軍事侵攻の3日前の2月21日、場所は親ロシア派支配地域「ドネツク人民共和国」のゴルロフカ。同地域では2月18日、住民に対してロシアへの避難指示が出されている。動画に写されているのは、この避難指示によって別れることになった父娘の様子だという。

このような、子どもが登場する「フェイク動画・画像」も目につく。

激しい戦闘の中で、兵士の1人が戦車の陰から走り出し、仲間の援護射撃を受けながら、少女を抱きかかえて駆け戻る――29秒の動画が、勇敢な兵士の行為をたたえるコメントとともにフェイスブックなどで拡散した。

だが、インドのファクトチェックメディア「ザ・クイント」や「ビシュバス・ニュース」の3月3日の検証記事などによると、これもまた「フェイク動画」だった。元動画は2017年にイラク北部のモスルで撮影されたもので、過激派組織「イスラム国」支配地域での戦闘中、米特殊部隊の兵士が6歳の少女を救出する様子を捉えていた。

「ビシュバス・ニュース」によると、ソーシャルメディアの投稿では、この「フェイク動画」が「ウクライナ軍兵士」だとして、その勇敢さをたたえるものや、一方ではこれが「ロシア軍兵士」であるとして賞賛するものが混在している、という。

また2月24日には、顔にけがを負った少女の画像が「ロシア/ウクライナ戦争の心痛む画像」としてツイッターなどに投稿されている。

だが、AFP通信の26日の検証記事によると、これは2018年、シリア内戦での政権軍による東グータ空爆の被害を、ドイツの報道写真通信社「EPA通信」が配信した画像だった。

侵攻開始翌日の2月25日には、地下鉄に避難する人々の画像とともに、男性ががれきから傷を負った少女を助け出している画像がツイートされた。

マルディタ.es」の同日付の検証記事によると、元画像は2021年5月のイスラエルによるガザ地区への攻撃の被害を捉えたもので、スペインのEFE通信が配信していた。

●「戦争のミーム化」

今回のウクライナ侵攻では、ロシア側によると見られる、武力行使の口実となるような「偽旗作戦」の「フェイク動画」が複数公開されていたことが、調査報道メディア「ベリングキャット」などの指摘で明らかになっている。

※参照:ウクライナ侵攻で氾濫する「フェイク動画・画像」の3つのパターンとは?(03/04/2022 新聞紙学的

※参照:ウクライナ侵攻「フェイク動画」を見抜くためのポイントは、こんなところにあった(02/28/2022 新聞紙学的

さらにロシア側は、侵攻開始から2日後の2月26日、下院議長のヴャチェスラフ・ヴォロジン氏がメッセージサービス「テレグラム」に、ウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキー氏が「慌ててキエフを去った」と投稿するなどの情報戦も展開している。

軍事力で劣勢に立つウクライナは、このような情報戦にも対応を迫られる。

ゼレンスキー氏はヴォロジン氏の投稿の前夜から翌朝にかけて、キーウ(キエフ)での自撮り動画を、1,500万人近いフォロワーを持つインスタグラムやツイッターに公開。3月1日にはCNNロイター通信のインタビューをキーウで受けるなど、ソーシャルメディア、マスメディアを通した巧みコミュニケーションスキルを見せ、国際世論の注目を集める。

ソーシャルメディアに拡散する“感動”の「フェイク動画・画像」の多くは、ウクライナ情勢への国際的な注目を集め、支援を広げることを意図しているように見える。

だが、これらの動画・画像は事実ではない。「フェイク動画・画像」で使われているのは、過去のコンテンツの流用や改ざんなどの手法だ。その点では、ロシア側によると見られる「フェイク動画・画像」と変わらない、情報戦の応酬の一端だ。

米メディア「ヴァイス」のクリス・ストーケル・ウォーカー氏は、ソーシャルメディアにおけるウクライナ情勢のコンテンツの氾濫に、「戦争のミーム化」という側面があることも指摘する。

ゼレンスキー氏を映画「アベンジャーズ」のヒーローの1人、キャプテン・アメリカに擬したり、プーチン大統領を映画「スター・ウォーズ」の悪の化身、パルパティーン皇帝になぞらえたり、といった「ミーム(口コミコンテンツ)」としての拡散が、その実例だ。

これらもまた、ウクライナ情勢への注目を意識したものだ。だが、ヒーロー映画に重ねた拡散は、「フィクション」として消費されてしまう懸念もつきまとう。

ウクライナ情勢には、継続した、より一層の国際的な注目が必要だ。

だがどのような内容であっても、「フェイク動画・画像」が氾濫することで、ユーザーは事実とフェイクの見分けがつきにくくなる。メディア空間は混乱の度合いを増し、情報への信頼は薄れていく。

●事実に基づく注目

「フェイク動画・画像」の氾濫の一方で、ファクトチェックメディアなどによって、事実と検証されたソーシャルメディア上の動画や画像が多数ある。

英NPO「情報レジリエンスセンター(CIR)」による「ロシア・ウクライナ・モニターマップ」は、検証済みの動画や画像などの投稿、570件以上を地図上に表示している。

ウクライナ情勢への世界の注目は、事実に基づいている必要がある。

(※2022年3月7日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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