メディアが掲載するニュースのコメント欄が、情報工作の標的になり、大がかりな拡散ネットワークに組み込まれている――。

英カーディフ大学の研究チームが9月初め、そんな報告書を公表した。

情報工作を展開している、と名指しされるのはロシアだ。

16カ国、32の大手メディアのコメント欄を標的に、親ロシアの「読者コメント」が書き込まれ、ロシアの政府系メディアの「まとめ記事」を通じて拡散されていく実態が明らかになった、という。

特に繰り返し標的になっていたのは、英国や米国などの主要メディアだ。

コメントを書き込むユーザーの中には、アカウント名を500回以上も変更しているケースもあった、という。

標的となった件数が多かったのは米国、英国、ブルガリア。ただ、その次に多かったのは、日本のメディアだった。

このネットワークに、すでに日本のメディアも組み込まれているようだ。

●16カ国、32メディア、242本

影響工作(Influence Operation)の手法は、少なくとも16カ国、32のメディアの、2021年2月から4月中旬にかけて掲載された242本のコンテンツをめぐって検知された。この影響工作で繰り返し標的とされたメディアは、英国のデイリー・メール、デイリー・エクスプレス、タイムズ、米国のFOXニュース、ワシントン・ポスト、フランスのフィガロ、ドイツのシュピーゲル、ウェルト、イタリアのスタンパだ。

英カーディフ大学犯罪セキュリティ研究所が9月6日に公表した42ページの報告書のタイトルは「ロシアが関与した影響工作はいかにして西側メディアを組織的に操作して偽情報の作成と流通を行ったか」。

英国外務・英連邦・開発省(FCDO)の資金で調査が行われ、今回公表分は第1部。今後、さらに詳細な分析の第2部が公開されるという。

タイトルに「西側メディア」とあるが、中国の「環球時報」やニュースサイト「観察者網」、香港の「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」も、調査対象に含まれている。

報告書が浮き彫りにするのは、各国のニュースメディアのコメント欄を舞台として、ロシアが展開する、「影響工作(IO)」と呼ばれる情報戦の実態だ。

欧米などの大手メディアのブランドと「読者コメント」をセットにすることで、「西側の世論」を装うことを狙っている、と研究チームは指摘する。

報告書は、この流れを「影響媒介(Influence Vector, IV)」と呼ぶ3つのステージに分けて整理している。以下の3段階だ。

  1. 欧米などのメディアのニュースのコメント欄に、親ロシア(反西側)の立場を反映したコメントが書き込まれる(IV1)
  2. ロシアメディアが一斉に、親ロシアのコメントとメディア名を軸に、「西側メディアの読者の声」として、その内容を取り上げる。中核となるのがロシア政府系メディア「イノスミ(inoSMI)」(IV2)
  3. これらの内容がツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディア、さらにプロパガンダサイトなどを経由してさらに拡散する(IV3)。

その拡散の中核を担う「イノスミ」は海外メディアのアグリゲーション(まとめ)を行っており、ロシアの国営メディアグループ「ロシア・セゴドニア(Rossiya Segodnya)」の傘下にあるという。ノーボスチ通信、RT、スプートニクなども同じ傘下だ。

●「読者コメント」を一斉に拡散させる

研究チームが調査対象とした32メディアの中で、特に繰り返し標的とされていたのが英デイリー・メールだ。調査期間の2カ月半で、同紙のコメント欄が舞台となった事例は22件にのぼった(※最も多かったのは仏フィガロの27件)。

デイリー・メールは4月13日、ウクライナ情勢の緊張をめぐる米ロ首脳の電話会談について、「バイデン氏、プーチン氏にウクライナ国境からの撤退求める」との記事を掲載している。記事には7,300件を超すコメントが書き込まれた。

翌14日、ロシアメディア「イノスミ」に、こんなタイトルの記事が掲載される。「デイリー・メールの読者:米国がロシアを警戒する必要があると本気で思っているのか?」

記事の中では、デイリー・メールの記事のまとめとともに、コメント欄から27件のコメントを掲載。

その一つが、見出しにも取られた「米国がロシアを警戒する必要があると本気で思っているのか? 冗談じゃない。ロシアは核を持っているだけのならず者国家だ」というコメントで、米国のウクライナ情勢への介入は過剰反応だ、との主張だ。

さらに27件の中には、米国の撤退を主張する次のようなコメントもあった。

バイデンは軍艦を黒海から撤退させるべきだ。スリーピー(寝ぼけた)・ジョーは、ロシアの国境でのプーチンの行動に指図などできない。状況は急速に悪化する恐れがある。

そしてこのコメントが、「デイリー・メールの読者コメント」として他のロシアメディアに一斉に拡散する。

報告書によれば、このコメントは「イノスミ」と同じ14日、同じ「ロシア・セゴドニア」傘下のノーボスチ通信とラジオ・スプートニクが配信する。

さらに民間メディアにも広がる。「プーチンの料理人」の異名を持つロシアの実業家、エフゲニー・プリゴジン氏に関連する複数のメディアが、やはり14日の3時間のうちに、この「デイリー・メールの読者コメント」を次々に配信していった、という。

プリゴジン氏は、2016年の米大統領選へのロシア介入疑惑をめぐり、フェイクニュース発信の拠点とされた「インターネット・リサーチ・エージェンシー」への実質的な資金供給元と認定され、米特別検察官のロバート・ムラー氏によって2018年2月に起訴されている。

※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的

研究チームによれば、ウクライナ関連で「イノスミ」が取り上げたデイリー・メールからの「読者コメント」記事は、4月前半だけでも、下記のようなものがある。

  • 米国によるウクライナへの“揺るぎない”支援にデイリー・メールの読者:米国はウクライナで何を扇動しようとしているしているのか?(4/2)
  • 英国人のコメント:ウクライナの問題でロシアと戦いたくはない...(4/7)
  • 英国の読者:ロシアへの挑発は最善策とはいえない(4/10)
  • デイリー・メール(英国):ウクライナ危機は“戦争まであと一歩だ”と英国人の声(4/13)

「読者コメント」の、戦略的な位置づけが浮かび上がってくる。

ただ、「イノスミ」が取り上げるコメントには、親ロシアばかりでなく、一般的な内容のものもかなり含まれていた、という。それによって、「読者コメント」記事の信憑性を担保する狙いがある、と研究チームは見ている。

上述のように、同様の手法は米FOXニュース、仏フィガロ、独ウェルトなどでも確認された、という。

●投稿アカウントの特徴

研究チームは、これらロシアメディアに取り上げられた親ロシアの「読者コメント」に、いくつかの共通点を発見する。

まず、コメント用のアカウントのプロフィール情報を頻繁に変更している点だ。

デイリー・メールに親ロシアのコメントを書き込むアカウントの一つは、2020年6月に登録。1年足らずの間にアカウント名を549回、所在地を69回変更し、5652回のコメント投稿、16万5,765回の「いいね」をしていたという。

また、「イノスミ」が取り上げる親ロシアの「読者コメント」は、ロシア関連で議論を呼びそうな記事の配信直後に書き込まれ、多くの「いいね」がつくのが特徴だという。これに比べると、一般的なコメントにはさほどの「いいね」は集まらず、書き込みのタイミングも比較的遅い、としている。

研究チームは、記事配信直後のコメントについては「フレーム(議論の枠組み)の主導権獲得(frame and prime)」の狙いが、また「いいね」の集中については「組織的投票(vote brigading)」の可能性があると見ている。

これら親ロシアのアカウントやコメント投稿について、研究チームは、メディア側のコメント欄管理の課題も挙げる。

「身元確認はなく登録は簡単」「登録後すぐに投稿可能」「アカウント名変更も簡単で投稿ごとに別人に成りすませる」「特に地政学が絡むニュースのコメント管理が欠落している」などの問題点だ。

この管理の緩さが、コメント工作の一端を担っているとの見立てだ。

ただし、研究チームの調べた範囲では、情報拡散はロシア語によって、主にロシア国内向けを中心に行われており、海外への影響は現時点では限定的だという。

また、メディアのコメント欄のデータからは、親ロシアの「読者コメント」の発信元を特定することはできなかった、という。つまり、ロシアによる影響工作の疑いはあるが、個々のアカウントとロシアとの直接のつながりまでは立証できていない、ということだ。

だが研究チームは、このような影響工作によって、「読者コメントを世論の指標として利用し、西側メディアへの詳細な監視ができることを示している」とし、こう警告している。

これらの手法によって、世界の多様なメディアユーザーの考え方や感情、行動の方向づけを行う可能性がある。

●日本の事例

研究チームによる調査では、「イノスミ」が取り上げた「読者コメント」記事242件のうち、国別で英国の41件、米国の35件、ブルガリアの33件に次いで多かったのが、日本の29件だ。

最も多かったのがヤフーニュースの11件、次いで毎日新聞の6件、現代ビジネスの3件、東洋経済オンライン、時事通信、読売新聞がいずれも2件、その他3件。

だが、名前が挙げられた各メディアとも、自社サイトの各記事にコメント欄は置いていない。一方でヤフーニュースは、ロシア関連で多くのオリジナルコンテンツを扱っているわけではない。

「イノスミ」のサイトを見てみると、各メディアの記事もすべて、ヤフーニュースに掲載された際のコメントとともに取り上げられているようだ。

そして、ヤフーニュースとして分類されているのは、大手全国メディア以外のコンテンツプロバイダーから配信された記事だった。

カーディフ大の報告書が扱った時期のものは、ヤフーニュースからは削除されてしまっているため、最近の記事を確認してみた。

関西の新聞社などが運営するサイト「まいどなニュース」の9月25日付の記事「クリミア半島併合…鉄道事情の変遷から感じられる『ロシア支配のリアル』」は、同日付でヤフーニュースにも掲載されている。

そして「イノスミ」でも翌26日付で、これをヤフーニュースの記事として、15件のコメントとともに取り上げている。記事は「ヤフーニュース・ジャパン:日本人はクリミアにおけるロシアの現実に驚いている」との見出しで、前文では「『クリミアはずっとロシア領だった』と読者」などと述べている。

ヤフーニュースでは27日現在、67件のコメントが書き込まれており、いくつかは「イノスミ」が取り上げたコメントと一致している。

また、時事通信は9月13日に「ロシア機航空侵犯に抗議 加藤官房長官」という記事を配信しており、ヤフーニュースにも掲載されている。

そして、この記事は12件のコメントとともに、「イノスミ」に取り上げられている。

そのいくつかは、ヤフーのコメント欄でも確認できた。

やはり時事通信の9月12日の配信記事「米同盟システム不安定に アフガン敗北、中ロに漁夫の利―元米高官」もヤフーニュースに掲載され(*27日は削除)、「イノスミ」が取り上げている。

「イノスミ」に掲載されている8件のコメントも、ヤフーニュースのコメントと、いくつかは一致した。

毎日新聞が9月20日に掲載した「ロシア下院選、与党『統一ロシア』の勝利確実 『不正横行』の指摘も」の記事も、ヤフーニュースに掲載されている。

この記事を取り上げた「イノスミ」は、17件のコメントを掲載。「ロシアには民主主義がある。中国より優れている」「米国の民主主義も完全ではない」「プーチンはいまだ健在だ」との「読者コメント」を紹介している。

だが、27日現在でヤフーニュースに掲載されているコメントは9件。少なくとも、「イノスミ」が取り上げたようなコメントは見当たらず、コメントの件数も合致しない。

記事掲載から時間もたっており、ヤフーによってコンテンツ管理が行われている可能性はある。

カーディフ大の報告書が指摘するように、「イノスミ」の記事では、影響工作とは関係のない一般的なコメントを取り上げるケースも多いようだ。「イノスミ」が取り上げたからといって、直ちにそのコメントに問題があるわけではない。

ただ、日本のメディアもコメント欄も、かなり細かく見られているのは、間違いなさそうだ。

●「コメント欄」の闇

フェイクニュース問題の端緒となった2016年米大統領選で、影響工作の主な舞台として注目されたのはフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアだった。

※参照:米社会分断に狙い、ロシア製3,500件のフェイスブック広告からわかること(05/14/2018 新聞紙学的

※参照:ソーシャル有名人「ジェナ」はロシアからの“腹話術”(11/04/2017 新聞紙学的

※参照:サイバー攻撃と偽ニュース:ロシアによる米大統領選妨害は、いかに行われたのか?(01/07/2017 新聞紙学的

これらのソーシャルメディアのフェイクアカウントを使い、偽情報などの拡散を行うという手法だ。

ただ、フェイクアカウントの投稿に対しては、ソーシャルメディア各社も検知や削除などの対応を強めている。そこで新たに課題が指摘されるのが、コメント欄を通じた情報氾濫だ。

フェイスブックのコメント欄を舞台に、新型コロナウイルス禍での反ワクチン接種の書き込みが氾濫し、社内でも問題視されていたことが、米ウォールストリート・ジャーナルのスクープで明らかになっている。

※参照:反ワクチンが「コメント欄」に氾濫し、接種呼びかけを覆っていく(09/21/2021 新聞紙学的

調査にあたった同大犯罪セキュリティ研究所所長のマーティン・イネス教授は、英BBCの取材に対し、プラットフォームに比べて、メディアのコメント欄には十分なセキュリティ対策が取られていないと指摘し、こう述べている。

影響工作はこれまで、フェイスブックやツイッターといったソーシャルメディアのフェイクアカウントを中心に行うもの、と見られがちだった。今回の調査結果が示す重要な点は、それ以外のメディアも、ほぼ業界規模で操作の対象になり得るし、現になっているということだ。

今回の調査は、コメント欄を舞台にした、さらなる闇の広がりを示している。

(※2021年9月27日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)