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SNSから収集、30億枚の顔データベースが主張する「権利」

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
By Brian Snelson (CC BY 2.0)

ソーシャルメディアへの投稿写真30億枚を自動収集して顔認識データベースをつくることは、憲法が保障する正当な権利なのか?

米国のベンチャー「クリアビューAI」が膨大な顔写真を収集し、構築した顔認識AIは、米国やカナダ、欧州で、訴訟、法規制、違法判断による勧告など、様々な批判が集中している。

だがその一方で、法執行機関などによる同社の顔認識AIの使用は急速に拡大。当初は600件ほどだった使用は、すでに5倍以上にのぼっている。

批判の集中砲火の中で「クリアビューAI」は、同社の取り組みが「表現の自由」として憲法が保障している正当な権利だと主張している。

その主張を支えるのは、ペンタゴン・ペーパーズ裁判でニューヨーク・タイムズを勝訴に導いた「表現の自由」の歴史的な"闘士"だ。

ソーシャルメディアに日々投稿される膨大な日常の画像と、それらをもとに拡大を続ける巨大顔認識データベース。

プライバシーと「表現の自由」を巡る議論の行方は、混沌としている。

●「最も危険なデータベース」

クリアビューは、30億人を超す何も知らない個人の写真を違法に収集し、米国の最も危険な顔認識データベースを構築した。(中略)その大規模監視テクノロジーは、移民と有色人種のコミュニティに多大な危害を与える。

移民問題の人権団体「ミヘンテ」「ノーカル・レジスト」と4人の原告が3月9日、「クリアビューAI」によるデータ収集の停止と収集済みデータの削除を求めて、カリフォルニア州アラメダ郡の上位裁判所に提訴。訴状の中でこう指摘している

原告の弁護団長、セジャル・ゾタ氏は提訴のリリースの中で、こう述べている。

街を歩くたびに、その画像が捕捉され、永久に保存され、将来にわたっていかなる時でも照合に使われてしまう。「クリアビューAI」によって、そんな恐怖を感じることになる。世の中にプライバシーというものが存在しなくなる可能性があるのだ。

●30億枚のデータベース

「クリアビューAI」が大きな注目を集めたのは、2020年1月にニューヨーク・タイムズがその実態を報じたことがきっかけだ。

同紙のカシュミール・ヒル氏の報道によると、ニューヨークに拠点を置くベンチャー「クリアビューAI」は、オーストラリア人エンジニアのホアン・トンタット氏と、ニューヨーク市長時代のルドルフ・ジュリアーニ氏の顧問だったリチャード・シュワルツ氏が設立。ペイパルの創業者でフェイスブックへの投資、トランプ前大統領支持でも知られる投資家のピーター・ティール氏が20万ドルを出資している。

「クリアビューAI」はこの時点で600の捜査機関が使っていたが、2021年3月18日のヒル氏の記事によると、その数は3,100にまで急増。顧客には、米陸軍、空軍、不法移民摘発を行う移民税関捜査局(ICE)も含まれ、「ものすごい成長率」(トンタット氏)だという。

「クリアビューAI」の特徴は、フェイスブックやユーチューブ、さらにウェブサイトなどから自動収集してきた30億枚という顔認識のための画像データベースの規模だ。

これは連邦捜査局(FBI)が持つ顔写真データベースの7倍超の規模にあたる。

※参照:SNS投稿30億枚から顔データべース、警察に広がるAIアプリのディストピア01/19/2020 新聞紙学的

※参照:IBM、Amazon、Microsoftが相次ぎ見合わせ、AIによる顔認識の何が問題なのか?06/10/2020 新聞紙学的

●相次ぐ訴訟と法規制

「クリアビューAI」にはプライバシー侵害を指摘する様々な批判が集中。訴訟や法規制が相次いでいる。

グーグル、ユーチューブ、フェイスブック、ツイッターなどは、利用規約違反を理由に、停止通告書を「クリアビューAI」に送付している。

また、当初は「クリアビューAI」の使用は法執行機関に限定されていると説明していたが、顧客リストが流出した結果、司法省などのほか、メイシーズやウォルマートなどの民間にも幅広く使われている実態が明らかになった

また、米自由人権協会(ACLU)は2020年5月、「誰でも瞬時に身元が特定されてしまうことで、追跡や人権侵害的な監視につながる」とし、これが同意なき生体情報取得を禁じるイリノイ州の生体情報プライバシー法に違反するとして、クック郡の巡回裁判所に提訴している

同法では違反に対し、1件あたり最大5,000ドルの過料が科される。

同州の生体情報プライバシー法を巡っては、フェイスブックの顔認識による写真へのタグ付けサービスをめぐり集団訴訟が起こされ、同年1月に5億5,000万ドル(約600億円)で和解が成立している。

この集団訴訟を手がけた法律事務所、エデルソンPCもACLUの訴訟に参加している。

また同法違反を理由とする訴訟は、同年1月にもイリノイ州の連邦地裁で起こされているなど、合わせて11件に上るという。

「クリアビューAI」に対しては、このほか、2月にバージニア州ニューヨーク州カリフォルニア州の連邦地裁などでも集団訴訟が起こされている。

ニュージャージー州の司法長官は1月に警察が「クリアビューAI」を使用することを禁止。バーモント州司法長官は3月、同州の消費者プライバシー法違反などで「クリアビューAI」を提訴している。

また、顔認識の使用に関しては、「クリアビューAI」が問題化する以前からプライバシー侵害の懸念が高まっており、法規制の動きも広がっていた。

※参照:顔認識AIのデータは、街角の監視カメラとSNSから吸い上げられていく04/21/2019 新聞紙学的

※参照:「コンピューターが間違ったんだな」AIの顔認識で誤認逮捕される06/25/2020 新聞紙学的

州レベルでは、イリノイ州のほか、2020年1月施行のカリフォルニア州のカリフォルニア消費者プライバシー法に加え、同年3月にはワシントン州でも顔認識規制の州法が成立している。

また2019年5月にサンフランシスコ、2020年6月にボストン、9月にポートランドが顔認識の使用を禁止している。

●データ収集と「表現の自由」

これらの批判に対して、「クリアビューAI」が主張しているのは、憲法が保障する「表現の自由」だ。

公開されている情報には憲法修正1条の「表現の自由」が適用される。我々は、一般公開されている情報を使い、それをインデックス化してシステムを構築しているだけだ。

トンタット氏は2020年2月5日のCBSニュースのインタビューでそう述べ、さらにこう主張している。

グーグルはあらゆるサイトから情報を収集することができている。それらが一般に公開されていて、グーグルの検索エンジンに収容することができるのなら、我々のデータベースでも同じことが可能なはずだ。

「表現の自由」を主張する「クリアビューAI」の代理人を務める弁護士が、84歳のフロイド・エイブラムズ氏だ。

エイブラムズ氏は50年前、ニューヨーク・タイムズがベトナム戦争に関する政府文書「ペンタゴン・ペーパーズ」をスクープしたことに対して、司法省が記事差し止め請求をした訴訟で、同紙の代理人を務め、勝訴に導いた歴史的な人物だ。

(「クリアビューAI」に対する訴訟は)21世紀におけるプライバシーの主張と「表現の自由」の保護との関係について、重要な判断につながる可能性がある。

エイブラムズ氏はタイムズのヒル氏のインタビューに、こう答えている。

エイブラムズ氏は、プライバシーは「極めて重要な価値がある」とし、最高裁判事、ルイス・ブランダイスが示した「ひとりにしておいてもらう権利」に触れながら、こう述べている。

(ブランダイスはまた)プライバシーの主張と確立された「表現の自由」の規範が直接衝突した場合、プライバシー保護のために適切な手段であったとしても、「表現の自由」が規定する憲法上の制約には道を譲るべきだとしている。

ニューヨーク・タイムズの「表現の自由」を守ったエイブラムズ氏が50年後、プライバシー問題を指摘する同紙のスクープに対し、「表現の自由」で反論するという巡り合わせになっている。

同種の事件をめぐる判例もある。

2019年9月、リンクトインのデータを自動収集したベンチャーに対し、コンピューター詐欺・不正利用防止法(CFAA)違反が問われた訴訟で、連邦第9巡回控訴裁判所は違法性を認めなかった

ネット上の公開情報の自動収集について、研究者やジャーナリズムの活動を支える判断だ。だが同時に、「クリアビューAI」の主張の後押しにもなる、とニューヨーク・タイムズのヒル氏は述べている

●カナダでは違法

「クリアビューAI」の影響は米国内にとどまらない。

カナダのプライバシーコミッショナーは2021年2月2日、ケベックなど4州のコミッショナーとともに「クリアビューAI」に対する調査報告を公表

同国コミッショナーのダニエル・テリエン氏は、報道陣にこう述べている

「クリアビューAI」の行為は大規模監視であり、違法だ。個人のプライバシー権への侮辱であり、社会のすべての人々が絶えず警察の面通しに並ばされるという、広範な危害を与えている。

ただ、テリエン氏らは「クリアビューAI」に対してサービスとカナダ人の画像収集停止、データベースの画像削除を勧告しているが、強制力は限られているという。

スウェーデンのプライバシー保護庁も2月11日、同国の警察官が「クリアビューAI」を正式な承認なしに使用していた、と発表している

顔認識のための生態認証データ処理や、データ保護影響評価を行っていなかったことが、同国の犯罪データ法に違反するとして、警察庁に対し、250万スウェーデンクローナ(約3,200万円)の過料を科した、としている。

●侵害への懸念、広がる需要

「クリアビューAI」の使用が米国の政府機関などで急速に広がっている背景には、このようなサービスを明確に禁止する連邦法が存在しないことも挙げられている。

また、犯罪捜査などへの効果が指摘されることは、この問題をスクープしたニューヨーク・タイムズのヒル氏も紹介している。

「クリアビューAI」は1,700万ドルの資金を投資家から調達し、同社の市場価値は1億900万ドルに上るという。

大規模なプライバシー侵害への懸念と急速に広がる需要。

その判断は、いずれ最高裁に持ち込まれると見られている。

(※2021年3月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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