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新型コロナ:「殺菌剤を注入」デマの裏でうごめく人々

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

「殺菌剤を体内に注入してみるのはどうだ」。新型コロナウイルスをめぐってトランプ米大統領が口にしたデマの裏には、「殺菌剤」を"万能薬"と称してネット販売にうごめく人々がいた――。

ドランプ米大統領が23日の記者会見で口にし、専門家らが一斉に警告のメッセージを出した「殺菌剤注入」。

荒唐無稽なこの話は、10年以上前からネットなどで出回る「MMS」と呼ばれる液体の存在が背景にあるようだ。

英ガーディアンは、「MMS」を新型コロナに効く“万能薬”として販売していた人物が、大統領にその効能をアピールするため、手紙を送付していた、と報じている。

米食品医薬品局(FDA)は10年前からこの「MMS」が人体に有害な「漂白剤である」と警鐘を鳴らし続け、フロリダの連邦地裁はトランプ氏の会見の前週に、販売差し止めの仮処分命令を出したばかり。さらに司法省も、販売差し止めの延長を求めた申し立てを行っている。

新型コロナがおさまる気配も見えぬまま、命に関わる深刻なデマが、大統領も巻き込んで拡散を続けている。

●「殺菌剤注入」の波紋

殺菌剤はあっという間に(ウイルスを)やっつける。あっという間だ。そんなことができる方法はないか。体内に注入したり、まるごと洗浄するようなことはどうか。

トランプ大統領が23日、ホワイトハウスでの記者会見でそう言いだしたのは、国土安全保障省の科学技術担当、ウィリアム・ブライアン氏が、新型コロナ感染対策の説明をした後のことだった。

ブライアン氏は、新型コロナへの温度や湿度、日光の影響などを説明。

そして、漂白剤やイソプロピルアルコールなどの殺菌剤を新型コロナに使った実験も行ったとして、こう述べている。「漂白剤なら5分、イソプロピルアルコールなら30秒でウイルスは死滅します」

「殺菌剤注入」は、これを受けての発言だ。通常は食器や家具などの表面の殺菌に使う薬剤を、体内に注入してはどうか、と確かに話している。

この時、専門家として会見に同席していたホワイトハウスの新型コロナ対応コーディネーターで、エイズ対策のコーディネーターなども務めてきたデボラ・バークス氏は、いたたまれない、といった表情で顔を曇らせている。

CNNによれば、FDA長官でホワイトハウスの新型コロナ・タスクフォースのメンバーでもあるスティーブン・ハーン氏も同日、「殺菌剤を体内に注入することは、決して勧めない」と発言。医師や専門家らから、「極めて危険」との批判が殺到する。

メリーランド州危機管理庁は、公式ツイッターで「いかなる場合でも殺菌剤を体内に投与すべきではない」との声明を公表している。

また、「ライゾール」「デットル」などの殺菌製品を扱う英メーカー「レキットベンキーザー」も、「我々の殺菌製品を体内に投与すべきでない」との声明を発表している。

これらを受け、トランプ大統領は24日の会見では一転、「記者たちへの皮肉のつもりだった」と述べ、軌道修正を図っている。

だが、新型コロナと「殺菌剤注入」は、この会見で突然飛び出した話ではなかったようだ。

●大統領への手紙

英ガーディアンは24日、「殺菌剤」を新型コロナに効く“万能薬”として販売してきた人物が、トランプ氏にその効能をアピールする手紙を記者会見の数日前に送付していた、と報じている。

ネット上では「MMS(ミラクル・ミネラル・ソリューション)」などと呼ばれる液体が、“万能薬”として10年以上前から販売されてきた。

※漂白剤は新型コロナウイルスの“特効薬”ではない(02/02/2020 新聞紙学的

その販売元の一つが「健康と癒しのジェネシスIIチャーチ」と名乗るフロリダの団体。トランプ大統領に手紙を送ったのは、その責任者、マーク・グレノン氏だ。

手紙の中でグレノン氏は、「MMS」の成分である二酸化塩素が「体内の病原菌の99%を死滅させる素晴らしい解毒効果」があるとし、「新型コロナも除去できる」と主張。「MMS」も合わせてトランプ氏に送付したようだ。

またグレノン氏の支持者30人も、同様の手紙をトランプ氏宛に送っているという。

ガーディアンはホワイトハウスに対し、グレノン氏の手紙がトランプ氏の「殺菌剤注入」発言に影響を与えたか、との問い合わせをしたが、回答は届いていないとしている。

●「漂白剤を飲むということ」

「MMS」は長くその深刻な健康被害が指摘され、新型コロナ禍の最中、まさに連邦政府のFDA、連邦取引委員会(FTC)、司法省がタッグを組んで、その販売元の締め出しに本腰を入れたタイミングでもあった。

トランプ氏の発言の前週の4月16日、フロリダ南部地区連邦地裁は、「ジェネシスIIチャーチ」とグレノン氏ら関係者に対し、5月1日まで「MMS」の販売を停止せよ、とする仮処分決定をした

これに先立ちFDAは4月8日、FTCと連名で「ジェネシスIIチャーチ」に警告書を送付している。新型コロナ治療などへの効能をうたう「MMS」が、連邦食品・医薬品・化粧品法違反だとして販売停止を求めるものだったが、従わなかったため、仮処分申請に至ったとしている。

さらに司法省は、5月1日までの販売停止期間をさらに延長するよう、フロリダの連邦地裁に申し立てを行っている。

米食品医薬品局(FDA)は10年前からこの「MMS」に警鐘を鳴らし続け、2019年8月にも「MMS」と類似品についての警告を発表。

「MMS」を服用することで「深刻で命にかかわる副作用の可能性がある」と指摘していた。

FDAの警告によれば、「MMS」の実体は28%の亜塩素酸ナトリウムを含んだ水溶液。レモンやライムジュースなど、クエン酸と混ぜて服用するように、と説明されているという。

だが、これらを混ぜると強力な漂白作用のある二酸化塩素となり、通常は殺菌や繊維の漂白など工業用途に使われるものだという。

FDAは、「MMSの服用は漂白剤を飲むということ」と指摘。「MMS」の服用により、嘔吐、猛烈な下痢、脱水症状による命にかかわる低血圧、急性肝不全などの症状が報告されている、という。

「MMS」について、FDAは2010年に最初の警告を発表したが、なおネット上での販売は続いているという。

販売業者は「MMS」が抗細菌、抗ウイルス、抗バクテリアの効果があり、自閉症、がん、エイズ、肝炎、インフルエンザなどの治療薬になる、と喧伝。

新型コロナの感染が拡大し始めた今年1月からは、その効用に「新型コロナ治療」もうたうようになっていた。

これに対してFDAは、新型コロナのQ&Aの中でも、「(MMSは)命に関わる危険な副作用のある漂白剤」と指摘している

グレノン氏らのトランプ氏への手紙は、FDA、FTC、司法省のタッグによる「MMS」締め出しが強まる中での、“陳情”の意味合いがあったようだ。

そして「殺菌剤注入」発言は、少なくとも「ジェネシスIIチャーチ」と「MMS」にとっては、追い風と受け止められているようだ。グレノン氏は、トランプ氏の会見を受けて、フェイスブックにこう書き込んでいる。

トランプ氏はMMSのこともあらゆる情報もわかっている。事態は動いているぞ、みんな! 神は真実に目を向ける者たちを助ける!

●抗マラリア薬でも

世界で300万人に迫る感染者、20万人を超す死者を出しながら感染拡大を続ける新型コロナ。

その中で、デマの拡散「インフォデミック」は感染拡大をさらに悪化させ、命の危険に直結する点で、特に深刻さが指摘されてきた。

トランプ氏は、「殺菌剤注入」発言以前にも、抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」を新型コロナ対策の「ゲームチェンジャー」と発言し、物議をかもした経緯がある。

だが、米国では3月下旬、アリゾナ州の男性が新型コロナ対応のつもりで「リン酸クロロキン」を服用して死亡する事例が発生

FDAは「殺菌剤注入」発言の翌日の4月24日、「ヒドロキシクロロキン」「クロロキン」を新型コロナ治療に使わぬよう警告書公表している

新型コロナと同様、命を脅かす情報も、止む気配は見えない。

(※2020年4月26日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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