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メディアの機密暴露が175年の刑になる、 Wikileaks アサンジュ氏をスパイ罪で起訴

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

米司法省は5月23日、告発サイト「ウィキリークス」創設者のジュリアン・アサンジュ氏を、新たにスパイ防止法違反の罪で追起訴した。

By DAVID HOLT (CC BY 2.0)
By DAVID HOLT (CC BY 2.0)

ウィキリークスは、米国のイラク戦争、アフガニスタン戦争に関する秘密資料、さらに外交公電など数十万件に及ぶ政府の内部文書をネット上で公開してきた。

司法省はすでにアサンジュ氏を不正アクセスの共謀の罪で起訴している。

だが今回の追起訴では、米政府の機密情報を暴露したことが罪に当たる、としてスパイ防止法違反による17もの罪状が挙げられている。

これが有罪となった場合、アサンジュ氏は最大で禁固175年となる可能性があるほか、調査報道によって政府の内部情報を暴露するあらゆるメディア、ジャーナリストが、スパイ防止法による訴追の対象となる可能性がある。

つまり今回の追起訴は、憲法が保障する「表現の自由」に直接影を落としているのだ。

米国ではこれまで、メディアがこれによって有罪になった事例はないとされ、この追起訴の問題を各メディアが一斉に報じている。

●17件のスパイ防止法違反

米司法省は23日、アサンジュ氏に対し、新たに17件のスパイ防止法違反の罪でバージニア東部地区連邦地裁に追起訴した、と発表した

37ページに及ぶ起訴状によれば、アサンジュ氏は、2009年11月から2011年5月にかけて、米陸軍元情報アナリストのチェルシー・マニング氏と共謀し、イラク戦争、アフガニスタン戦争、さらに国務省の外交公電などの機密文書を、米国に損害を与え、他国を利すると知りながら不正に入手し、ウィキリークスのサイト上で公開。さらにアサンジュ氏は、これらの文書にあった米国政府への現地協力者の実名を削除せぬまま公開したことで、これらの人々の生命を危険にさらした、などとしている。

司法省はすでに2018年3月、アサンジュ氏がマニング氏による国防総省のネットワークへの不正アクセスに共謀したとして、コンピューター詐欺・不正利用防止法違反の罪で同連邦地裁に起訴している。

ウィキリークスは2010年、4月にイラク戦争中のバグダッドで米軍ヘリが民間人を殺傷する動画を公開。7月にはアフガン戦争に関する米軍などの機密文書9万件、10月にはイラク戦争に関する米軍の機密文書約40万件を公開。さらに11月末からは、国の外交公電25万件の公開を開始している

今回の起訴は、前回の「不正アクセス」という情報漏洩の”入口”での起訴に加えて、ウィキリークスの一連の政府機密文書入手と暴露そのものを「スパイ行為」として罪に問う”本丸”の内容だ。

●機密文書の暴露は「スパイ」

アサンジュ氏はスウェーデンでの性的暴行容疑により、2010年8月にロンドンで逮捕。保釈中の2012年6月に亡命を求めてエクアドル大使館に駆け込んでいた。

以後7年にわたってこの在ロンドンのエクアドル大使館を拠点としていたが、エクアドル政府との関係悪化もあって亡命認定が取り消され、今年4月11日にロンドン警視庁によって逮捕されていた。

逮捕容疑は2件。一つは保釈中のエクアドル大使館への逃亡に関するもので、これについては5月1日に禁固50週の判決がロンドンで言い渡されている

もう一つの逮捕容疑が米国政府による身柄引き渡し要請に基づくものだ。そしてその内容が、2018年3月に起訴されていた国防総省ネットワークへの不正アクセスの共謀罪だった。

アサンジュ氏の逮捕時にも、これが他のメディアの調査報道にも適用される危険性がある、との懸念の声は上がっていた。

※参照:「アサンジュ逮捕」がメディアにとって他人事ではないこれだけの理由(04/12/2019

その一方では、あくまで不正アクセスへの加担というジャーナリズムの一線を踏み越えた行為への起訴であり、他のメディアへの影響はない、との指摘もあった

だが今回は、機密文書の入手と公開という、まさにメディアが調査報道において行う行為そのものが、「スパイ」として訴追の対象になっており、そのインパクトははるかに大きい。

アサンジュ氏は不正アクセスで最大禁固5年、さらにスパイ防止法違反では、17の罪状それぞれについて最大で禁固10年、合わせて175年の刑を科せられる可能性もある、という。

●ウィキリークスとニューヨーク・タイムズの違い

ウィキリークスは機密文書の公開に際して、各国の大手メディアとの連携を行っている。

アフガン戦争の文書公開では英ガーディアン、米ニューヨーク・タイムズ、独シュピーゲルと連携。イラク戦争の文書公開ではこれらに加えて仏ルモンド、米外交公電ではさらにスペインのエルパイス、日本の朝日新聞などとも連携。ウィキリークスが機密文書を提供し、各メディアが検証の上で報じるという形をとっていた。

ウィキリークスは一方で、2016年の米大統領選に絡み、ロシアのハッカーグループによるとされる米民主党全国委員会やクリントン選対本部長らへのサイバー攻撃によって奪われた内部文書を、ネット上で暴露している。

今年4月に公表された「ロシア疑惑」の特別検察官による報告書では、直接的な関与の認定はなされていないものの、その影は尾を引いている。

ただ、機密文書の入手と公開という行為を罪に問うなら、ニューヨーク・タイムズとウィキリークスに、明確な違いは見当たらない。

アサンジュ氏の弁護士、バリー・ポラック氏は今回のアサンジュ氏の追起訴について、メディアにこう述べる

(前回の起訴が)あくまでコンピューターへの不正アクセスの罪だ、という(司法省の狙いを覆い隠していた)”いちじくの葉”も取り払われた。今回の前代未聞の起訴は、ジュリアン・アサンジュ氏に対する刑事責任の追及が、米国政府の動きを社会に伝えようと取り組むすべてのジャーナリストにとっての重大な脅威になることを示している。

ジャーナリストへの迫害救済に取り組む国際NPO「ジャーナリスト保護委員会」の事務局長、ジョエル・サイモン氏は声明でこう指摘する

ジュリアン・アサンジュ氏による機密情報の公表を、スパイ防止法で起訴するのは、「表現の自由」に対する攻撃であり、政府が秘密にしておきたい情報を公開するあらゆる国のすべてのジャーナリストに対する脅威だ。この起訴によって、米国および世界中の報道の自由が危機に瀕している。

同様の見方は、人権擁護団体などにも広がる。

全米自由人権協会(ACLU)もディレクターのベン・ウィズナー氏が声明を発表した

米国史上初めて、真実の情報を公開したメディアに対して、政府が刑事訴追を行った。これはトランプ政権によるジャーナリズムへの攻撃が急激にその勢いを増していることを示すものであり、「表現の自由」への直接的な攻撃だ。この起訴は、政府の機密を公表することでその説明責任を果たさせようとするすべての報道機関を標的にできる前例となる。

スパイ防止法は、第一次世界大戦中に制定された法律。ベトナム戦争に関する内部報告書「ペンタゴン・ペーパーズ」のニューヨーク・タイムズによる公表をめぐる米政府の差し止め訴訟でもスパイ防止法が根拠法とされたが、裁判所は政府の訴えを退けている

米司法省はこれらの指摘に対し、ウィキリークスの暴露によって米国への現地協力者の実名が公開された、という点を強調している。バージニア東部地区連邦検事のザッカリー・ターウィリガー氏は、会見で「アサンジュはただのメディアとして訴追されているわけではない」と述べている

アサンジュは(国防総省の)データベースから膨大な機密情報を入手するという違法行為の共謀、さらにコンピューターへの不正アクセスによってそれらの機密情報を入手することに合意、扇動したことによって訴追されている。アサンジュは機密情報を受動的に入手、受領したわけではない。それが連邦政府の訴追の認定だ。

ターウィリガー氏は、さらに現地協力者の実名公開を重く見た、とも指摘している。

生命や自由の危険をおかして米国や同盟国に情報を提供してきた無辜の人々の、実名が掲載されている機密情報を、そのままの形で公開したのだ。

ただ従来の政権は二つの懸念から、スパイ防止法によるメディアの訴追に慎重だった、とオバマ政権下でエリック・ホルダー司法長官の広報担当を務めたマット・ミラー氏はワシントン・ポストの取材に答えている

一つはそれが正しいことなのか、そしてそれが危険な前例にならないか、という懸念。そしてそれとは別に、その訴追が(表現の自由への侵害だとして)裁判所に退けられるのではないか、という懸念だ。

そんな歴代政権の懸念を、トランプ政権はものともしなかった、ということかもしれない。

「あらゆるメディアにとっての脅威」という指摘は、とても誇張とは思えない。

(※2019年5月24日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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