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PS5が“携帯ゲーム機”に 条件付き新デバイスの狙いと背景

河村鳴紘サブカル専門ライター
「PlayStation Portal リモートプレーヤー」

 ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が、家庭用ゲーム機「PS5」の周辺機器「PlayStation Portal リモートプレーヤー」(コードネーム Project Q)を2万9980円で年内に発売すると発表しました。ポイントは、条件付きながら携帯ゲーム機のような遊び方ができること。さらに任天堂の家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」のように、テレビのモニターで遊ぶ「家庭用ゲーム機」と、テレビのモニターが不要な「携帯ゲーム機」のように二つのモデルを使い分けられます。SIEが一度は撤退した「携帯ゲーム機」。そのエッセンスを取り込んだ新デバイスを投入する狙いについて考えてみます。

◇条件付きで携帯ゲーム機のように

 新商品「PlayStation Portal」は、PS5のゲームをテレビモニターなしで遊べるリモートプレー専用のデバイスです。8インチの液晶ディスプレーがあるので携帯ゲーム機のように見えますが、通常の携帯ゲーム機のように商品単体では遊べません。PS5本体(4万9478円)とWi-Fi(最低5Mbps、推奨15Mbps以上のネット環境)が必要です。

 ただし裏返せば、PS5本体とネット環境があれば、携帯ゲーム機のように使えるのも確かです。SIEに問い合わせたところ「(PS5本体からの)遠隔地でも、ネット環境があればプレーできます」との回答がありました。ネット環境の問題があるので移動中のプレーは無理でしょうが、帰省先や出張のホテル、合宿先でWi-Fiにつなげれば、緻密なグラフィックのPS5のゲームが遊べてしまうわけです。

 同時に、個々のプレーヤーごとの環境下で実際に試してみるまでは、評価ができないのも確かですが、その点は開発側も理解しているでしょう。「リモートプレー」といっても、購入者がどういう環境と用途で使い、それを受けて評価するかは、分かりません。外に持ち出しての使い勝手も含めて目の肥えたユーザーの期待に沿っているかが評価の分岐点になると予想します。

 そしてPS5本体を持ってない人には、新商品(PlayStation Portal)と合わせれば約8万円の高い買い物です。一方で既にPS5を持つ人からすると、約3万円の追加出費で、PS5のゲームを携帯ゲーム機のように遊べることに価値を見出す人はいるでしょう。少なくともそういう選択肢が増えるわけです。

◇一定の需要ありと判断

 気になるのは、SIEがあたかも「携帯ゲーム機」のような使い方のできるデバイスを出した狙いです。理由は、高品質のゲームを携帯ゲームのように手元に持って遊びたいという需要が一定数ある……と判断したからですね。

 普通の携帯ゲーム機にすると、高い製造コストや、機器のサイズの問題が出てきます。しかし、モニター付きのコントローラーにすれば、部品も減らせてコストも抑えられますし、既存のPS5用ソフトがあるためタイトルのラインナップ不足はありません。

 SIEは2019年に携帯ゲーム機「PS Vita」の生産を中止し、ソニーの携帯ゲーム機の“血脈”は絶えただけに、喜ぶ人もいそうです。新商品「PlayStation Portal」は、厳密な意味での携帯ゲーム機ではありませんが、携帯ゲーム機のようにして遊べれば良いと考える人もいるでしょう。むろん、全ゲームファンの期待を満たすものではありませんが、それはどんな商品でも言えることです。

 そして、携帯ゲーム機を単独で展開するビジネスをやめたのは、任天堂も同じです。2020年に「ニンテンドー3DS」シリーズの生産を終了。その代わり、現行機の「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」は携帯ゲーム機として遊ぶこともでき、「Nintendo Switch Lite(ニンテンドースイッチライト)」という携帯の専用機もあります。

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◇家庭用ゲーム機と携帯ゲーム機を一体化

 任天堂とソニーの手法は違うものの、家庭用ゲーム機を主に据えて、携帯ゲーム機を従にし、一体化させた点では共通しています。

 共通化するメリットは、ゲームソフトのラインナップが充実することです。昔は、家庭用ゲーム機向けにソフト作り、別に携帯ゲーム機向けにもソフトを作る必要がありました。ソフト開発に費やす人的資源を、一本化できる点は魅力的でしょう。どの会社も優れた人材はどれだけいても足りないでしょうし、経営的な効率化の意味でも当然の流れと言えます。

 携帯ゲーム機が衰退した理由は、もちろんスマートフォンの出現です。基本利用料無料で遊べるゲームアプリが充実し、携帯ゲーム機はあおりをうけて衰退します。この流れは、2000年代初頭には大手ゲーム会社の経営陣らが、携帯電話の高性能化と共に「携帯ゲーム機は不要になるのでは」と予想していました。

 さらに、携帯ゲーム機と専用ソフトが欧米で売れないことも大きいでしょう。大手や中堅のゲーム会社社員らに話を聞いても「日本では売れるが、欧米ではとにかくダメ」とそろって嘆いていました。実際、PS Vitaは日本市場には最後まで供給したのですが、欧米の見切りは早かったのを覚えている人もいるでしょう。

 複雑なのは、日本と欧米の消費者の好みにズレがあることです。「2023 CESAゲーム白書」で、2022年に遊んだことのあるゲーム機について日本在住者に尋ねると、ニンテンドースイッチの22.8%、PS4の6.6%に対して、ニンテンドー3DSは10.2%もありました。そのため、「携帯ゲーム機は日本で売れるのに生産を中止したのはおかしい」と考えるファンが一定数いることです。

 ただし、任天堂とソニーは両社とも、世界規模でビジネスを展開しています。そして結果として、両社とも携帯ゲーム機のビジネスを単独で展開してないことが、すべてを物語っているといえます。ガラパゴス化し、欧米と比べて市場規模の小さい日本に合わせてビジネスを展開するのは大変です。

◇携帯ゲーム機の「形」にこだわらず

 ソニーや任天堂が、単独の携帯ゲーム機事業をやめてから数年が経過した今になって分かるのは、携帯ゲーム機の“境界”をあいまいにしたことです。「形」にこだわらず、携帯ゲーム機のエッセンスを抽出し、経営的なリスクを減らした上で、消費者に新しい選択肢を用意した点がポイントです。

 スイッチのユーザーは、老若男女を問わないファミリー向けなので、欲しい人の用途に応じてゲーム機がシンプルに選べるようになっています。

 PS5はコア・ミドル向けで、ゲームに予算をかける人が多いと考えられます。VR機器「PSVR2」もそうですが、欲しい人が予算に応じて追加の機器として買うというスタイルになります。

 意地悪な言い方をすれば、携帯ゲーム機の要素を加えるのは、経営面のリスクヘッジの意味合いが見え隠れするのは確かです。携帯ゲーム機の単独ビジネスであれば、売れない場合、ゲーム機そのものはもちろん、専用ソフトを出したソフトメーカーも、大きなダメージを受けます。しかし、人気の家庭用ゲーム機に、「携帯ゲーム機の使い方『も』できます」という選択肢をぶら下げる方法であれば、上記のリスクを避けられるのです。もちろん、携帯ゲーム機ならではの凝った「仕掛け」などは難しくなりますが、売れないリスクが低いというのは、ソフトメーカーからは特に歓迎されるでしょう。

 振り返ると、2017年のニンテンドースイッチの発売当時、「ニンテンドー3DS」が生産中だったため、「家庭用ゲーム機と携帯ゲーム機のすみ分けをどうするのか」というのは、業界内でも議論になりました。今であれば「家庭用と携帯の一本化」の道を描いていたことは察しがつきますね。

 そもそもゲーム機などのエンタメ商材は、意見も積極的に言わない、欲しいものが潜在的にしかわからない、大多数の消費者の心をとらえられるかが勝負です。ゲームファンや関係者の予想はもちろん、開発した会社の予想通りにいかないことすらもありえるわけです。

 前評判の高かったPS3は思わぬ苦戦をし、PSVitaは最初こそ一部で品不足になるほど人気だったものの失速。ニンテンドー3DSも大幅な値下げをして営業赤字を招き、裸眼3Dの機能を外したニンテンドー2DSを出すことになり、前世代機(ニンテンドーDS)から世界累計出荷数がほぼ半減しました。

 逆に初代PSは予想に反して売れに売れ、新機軸の操作を打ち出して批判の多かったニンテンドーDSやWiiは、成功を収めました。PS4は出る前に経営陣から苦戦覚悟の発言があったのに1億台を突破。ニンテンドースイッチの発売当初も、反応はいま一つでしたが、ご存じの通り大ヒットとなりました。改めて振り返ると、「逆張り」をしているような結果です。

 ビジネスは、今のヒットにおごらず、常に挑戦をすること、さらに間口を広げて、次の手を打ち続けることが大切です。繰り返しますが、成功か失敗かは「やってみないとわからない」のです。もちろん失敗を織り込んでおくのも大切です。

 2022年には、米ValveのPC用ソフトが遊べる携帯ゲーム機「Steam Deck」も登場しました。近年「携帯ゲーム機」を意識するような動きが目立っているのは興味深いといえます。

 ただし各社の本音は商品の出荷数よりも、自社のゲームサービスの会員数、特にアクティブユーザー(積極的に遊ぶゲームファン)の動向ではないでしょうか。そう考えると、携帯ゲーム機や携帯ゲーム機のように遊べるデバイスは、総合的なゲームサービスの一環という位置づけにすぎないとも考えられます。

 ともあれ、衰退したと思われたはずの携帯ゲーム機が、家庭用ゲーム機の中で今後もやっていけるのかが試されます。個人的には、ぜひ生き延びるだけでなく、巻き返してほしいと願いつつ、今後も注視したいと思います。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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